矢臼別

2017年8月11日 (金)

2017年8月11日 「オスプレイ反対 上富良野要請行動」に50名

【8/12情報一部追加】

日米共同訓練「ノーザンヴァイパー」が始まって翌日の8月11日、上富良野演習場での訓練も開始されているかもと隣接する上富良野駐屯地に防衛大臣および駐屯地司令宛要請書を出すべく、アポをとり、下記のように「オスプレイ反対 上富良野要請行動」を計画しました。主催は「日米合同演習反対道北共闘会議」。

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朝9時45分集合でしたが、現地到着は9時10分ごろ。事前の予測では10名程度で細々と要請を行うつもりでしたので配布資料も15部しか印刷しませんでした。ところが昨夜、共闘会議の主要加盟団体に聞いたところ、その時点で全体20名を超えていました。そこで今朝、あわてて増刷し30部資料を用意。ところが9時45分、現地に集まったのは約50名。遠くは札幌からのほか、名寄や比布、富良野市からも参加頂きました。

デモ申請をしていなかったため(10人くらいと思っていましたから)、横断幕やのぼり旗をたたみ、駐屯地正門に徒歩で移動。7名が代表して要請団として面会室に入り、残るメンバーは駐屯地正門で整然と待機。要請の1時間ほど前に、「防衛省が飛行自粛要請を撤回」との信じられないニュースに衝撃を受けました。

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要請団は上富良野駐屯地の広報室長に要請書を手渡し、30分に渡り要請を行いました。要請の詳細は後日詳報。要請の全文は次の通り。

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要請後、駐屯地正門前で要請団による報告がなされ、7名(道北共闘会議・守屋代表委員、旭労連・口田事務局長、新婦人旭川支部・帰山支部長、共産党道6区国政事務所長・おぎう和敏氏、共産党・真下紀子道議会議員、共産党・米沢義英上富良野町議会議員、旭川平和委員会・由井事務局長)からそれぞれ報告がありました。

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マイクを握る真下道議

真下道議は10日に北海道大演習場で行われた「訓練開始式」にも参加。その内容なども報告がありました。

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A.F.M.A.の若者らも参加

要請行動は、北海道新聞とHTBの取材を受けました。
ご協力頂いたみなさん、ありがとうございました。

※8/12追加情報※
この日の取材をもとに作られたHTBニュースが、同局公式チャンネルで視聴できます。
【HTBニュース】オスプレイ 上富良野で反対
(リンク切れの際はご一報くださると助かります)

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解散後、有志で上富良野演習場を見渡せる高台に行きました。

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この日、見渡せる範囲で訓練は行われていなく、静かなものでした。

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左上のあたり

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右下あたり

射撃訓練ができる広さ、とはいえ、203mm自走りゅう弾砲を思いっきり撃てる距離は無い、と説明をされた米沢町議。以前、兆弾が営林署の林に入り、破片が木々に刺さっているのを見たことがあるなど、長い町議生活に裏打ちされた解説に耳を傾けました。

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米沢義英・上富良野町議

そのため(兆弾対策)もあり、2008年には演習場拡張のため国立公園用地を林野庁から購入していたことが明らかになりました。

その辺の詳細は、当ブログ「上富良野演習場外の国立公園散策フィールドワーク」(http://peace-asahikawa.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_7eac.html)をご参照ください。

さて帰り道、上富良野町内の大手コンビニに立ち寄りましたが、この店だけではなく、あちらこちらの店先、玄関脇にこの張り紙。

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2017年3月に第120特科大隊が廃止され、新たに第3施設団隷下の第14施設群が新編されたそうで、商工会あげての取り組みに。以前、上富良野を訪れた際も、「縮小反対」のポスターがあちこちに貼られていましたが、隊員需要に依存しているせいか一生懸命です。

演習場を見に行く前、駐屯地裏手をぐるっとまわったのですが、第14施設群の新設にともない、新たに訓練場が設置されていました。

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同行していた地元の女性達に聞いたのですが、隊員が増えるのは町としてはよいのだろうけど、特に演習時は夕方以降、町内唯一のふじスーパーに自衛隊車両がたくさん停まり、レジの前は迷彩服の隊員が並び、肉も魚もすっからかん。できればスーパーをもう1軒誘致できないか、などの雑談がありました。

町民の3分の2が自衛隊家族や自衛隊関連の業者で恩恵を受けているため自衛隊関係のことは一切口を開かない。残る3分の1はいろいろと思うことがあっても口に出すと…とのことで、そういう点が「物言えぬ雰囲気」なんだとか。

町の経済は自衛隊依存で、人口が減っても「自衛隊員を増やすよう要望すればよい」と安易。町の基幹産業は農業にもかかわらず、オスプレイが来ると言われても情報収集して公開するなどの独自活動をほとんど行わない町当局、と口々に。その結果、畜産関係者の不安は高まり、「共産党北海道委員会に地元畜産業者から直接電話があったらしい」と米沢町議。不安を払拭する積極的活動が町当局に求められています。

畜産業者は年々減り続けているそうです。豚サガリで有名な上富良野ポークは旭川の私たちもよく食しています。オスプレイの影響で上富良野ポークに影響が出ないよう、心配しています。上富良野演習場周辺には畜産関係の施設が多くあるそうです。関係者のみなさん、ぜひ声を聞かせてください。

あなたの声を電子メールで聞かせてください。
peace_asahikawa@yahoo.co.jp

私たちは引き続きオスプレイ訓練に反対し、中止を求めます。
8月15日「終戦記念日」には終戦記念日宣伝「赤紙配布」を行い、あわせてオスプレイ訓練反対をすべての弁士が市民に呼びかけます。声を上げ、声を広げて行きましょう。

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2017年7月24日 (月)

2017年7月19日 オスプレイ来るな!稲田辞めろ!街頭スタンディング

安保法制が成立強行された2015年9月19日以来、「安保法制廃止まで、19日を忘れない」と旭川市一条平和通で毎月19日に街頭スタンディングが行われています。昨年夏ごろまで安保法制廃止めざす若者グループ「A.F.M.A.」が主催していましたが、現在はA.F.M.A.メンバーを中心とした市民有志が各々路上に立っています。

2017年7月19日は「オスプレイは北海道に来るな!沖縄を飛ぶな!アメリカに帰れ!」「稲田防衛大臣は虚偽答弁の責任とり辞任せよ」とアピールしました。

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3人がスピーチ。旭川平和委員会から事務局長がマイクを握り、オスプレイが北海道の空を飛ぶことの問題性、沖縄での横暴勝手ぶりなどを詳しく訴えました。また布施祐仁・平和新聞編集長が発端をひらいた南スーダン「日報」問題をきっかけとした稲田防衛大臣の一連の不祥事を挙げて大臣即時辞任と議員辞職を求めました。

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SNSを見て駆けつけた人など、10数名が参加。本稿写真は参加した有志カメラマンから提供いただきました。感謝。

追記:7月24日には国会で集中審議が行われています。稲田防衛大臣に改めて辞職を求めると共に、任命責任をとり安倍内閣は総辞職すべきです。

ご意見・ご感想はメールでお願いします。

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2017年7月17日 (月)

米海兵隊オスプレイは北海道に来るな、沖縄を飛ぶな、米国へ帰れ!

2017年7月15日付「北海道新聞」一面で、「オスプレイ広域訓練検討」「北海道大演習場・矢臼別・上富良野」「来月初実施」として、8月10日から2週間程度予定されている陸上自衛隊と米海兵隊との日米共同演習が北海道を幅広くオスプレイを中心とした演習地として「利用」する計画であることを報じ、その3つの拠点となる演習場の一つに、上川管内上富良野町の「上富良野演習場」が含まれて検討されていることが明らかになりました。

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旭川平和委員会は予てから米軍オスプレイの北海道飛来反対、沖縄でも、関東でも、岩国でも、国内どこでも飛ぶな!アメリカに帰れと訴えてきました。また自衛隊のオスプレイ購入も反対し、佐賀空港配備強行反対、道内での訓練反対を訴えてきました。

今回、改めて道北も含む北海道の空をオスプレイが飛ぶことに断固反対を表明し、アメリカに帰れ!と言いたい。

旭川平和委員会の上部団体・北海道平和委員会は6月2日、安保破棄北海道実行委員会とともに北海道防衛局に対し、「オスプレイ参加による日米共同訓練の中止を求める要請」を行いました。詳細はこちら参照。

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オスプレイの騒音、とりわけ低周波音は人々だけでなく家畜・動物への健康被害が報告されており、墜落の不安だけでなく、酪農王国・農業王国北海道にとって深刻な影響を与えかねません。また、これを機にオスプレイ訓練の固定化を狙っていると見るべきです。

新防衛大綱・中期防衛力整備計画によれば、北海道は全国の自衛隊部隊の演習場として活用すべしと述べられていますが、自衛隊オスプレイ導入後はその訓練の多くが北海道で行われることも予想されます。

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【2014年7月 防衛省主催 第27回防衛問題セミナー資料から】


上記、防衛省資料の地図を見れば、訓練部隊が全道を「移動訓練」「実働訓練」を繰り返すことは明白です。これにオスプレイが加われば、北海道の観光・産業・自然・生活に多大な影響を及ぼします。

そうなってしまってからでは遅いのです。事故が起きてからでは遅すぎます。いま、まず米軍オスプレイ訓練反対の声を広げ、自衛隊オスプレイ導入も訓練も反対の世論を広げましょう。

ご意見・ご質問はメールでお願いします。

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2012年12月30日 (日)

自衛隊のオスプレイ導入に反対!

在日米軍のオスプレイ配備が検討されていた頃から懸念していましたが、やはり自衛隊がオスプレイを導入したいと言い出したようです。東京新聞の本日(12/30)付一面トップ記事からご紹介します。

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事故も多いV-22オスプレイ。それどころか航続距離が伸び、侵略型の装備といっても過言ではありません。日本国憲法と相容れません。導入は断固反対。調査・研究費も予算措置すべきではありません。防衛省はオスプレイ導入を諦めてください。

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2010年8月23日 (月)

北海道全体が演習場に:北部方面隊、総合戦闘力演習が始まる(~9月14日)

陸上自衛隊北部方面隊の総合戦闘力演習という大規模・長期間の演習が今日8月23日始まりました。以下は産経新聞からの記事紹介です。

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「最大限の能力を発揮」 陸自北部方面隊の総合戦闘力演習がスタート

2010.8.23 11:53

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訓練開始式で訓示を述べる千葉徳次郎北部方面総監=23日、北海道千歳市の北海道大演習場東千歳地区第2滑走路(藤井克郎撮影)

 陸上自衛隊で最大の方面隊である北部方面隊(北海道)の総合戦闘力演習が23日、北海道千歳市の北海道大演習場などで始まった。午前10時半からは、東千歳駐屯地の第2滑走路で訓練開始式が行われ、千葉徳次郎・北部方面総監は「相好戦闘能力をいかに最大限発揮するかが重要」と演習の意義を強調した。

 この演習は、北部方面隊が平成18年度から5カ年計画で行っているもので、今年度が最終年の総仕上げとなる。演習名は「玄武2010」と命名され、陣地などを構築する「防衛作戦準備」と、防勢によって敵を阻止した体制から攻勢作戦に転移する「攻勢作戦」の2つの場面で実施する。北部方面隊の第2師団、第7師団、第11旅団など約1万5千人の隊員、約120両の戦車、約40門の野戦砲、約50機の航空機が参加。北海道大演習場のほか、別海町の矢臼別演習場、上富良野町の上富良野演習場などで繰り広げられる。

 演習に先立って行われた訓練開始式には、北海道大演習場に約4千人、矢臼別厰(しょう)舎(しゃ)ヘリポートに約2千人の隊員が出席。千葉総監の「やるべきことをやる、という一言に尽きる」との激励に、真剣な表情で聞き入っていた。

 演習は9月5日まで「防衛作戦準備」、同11日から14日まで「攻勢作戦」が実施される。

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100823/plc1008231157007-n1.htm

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で、どんな演習か?というと自衛隊作成のビデオがあったのでご紹介します。なんとなくわかるような、わからないような?

どうです?わかりましたか?

んでもって、山田思うには正規の演習自体は23日からスタートですが、既に数日前から事実上始まっているんだと思います。というのも、演習の舞台となる各演習場にむけて数日前から大規模な移動がはじまっています。昼夜問わない移動で、例えば21日には「名寄方面から旭川方面に向って20台以上の自衛隊車列が移動していた」との報告もきています。17日には旭川駐屯地から夜に出発する第2特科連隊所属の99式自走155mmりゅう弾砲(トレーラーに積載)を2台見かけたとの写真付レポートも届いています。

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■99式自走155mmりゅう弾砲を積んだトレーラー

こうなってくるとまさに、全道が演習地域だなーと思うわけです。ただ実際の演習の場面場面は全て演習場のなかで行われるのでしょう。千歳市の公式サイトによれば、9月11-14日に実弾射撃が集中して行われるようです(記事中の「攻勢作戦」なんですね)。

上富良野演習場はどうなんでしょうか?旭川市内から上富良野演習場を眺められる(という噂の)石狩川に架かる旭川大橋で眺めてみることにしましょうか。

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2009年4月21日 (火)

訃報:川瀬氾二さん

根室管内別海町など4町にまたがる陸上自衛隊矢臼別演習場内に住み続け、移転を拒否し自分らしく生き続けられた川瀬牧場主の川瀬氾二(かわせ・はんじ)さんが2009年4月20日午前6時1分、入院先の釧路市内の病院で亡くなられました。82歳とのこと。

Photo ■在りし日の川瀬さん

岐阜県出身の川瀬さんは1952年に原野だった矢臼別へ入植。苦労して開墾してこられたそうです。1962年に矢臼別原野の開発計画が撤回され、演習場設置が諮問されました。同年、反対共闘会議設置。翌63年供用開始。64年用地買取交渉すすむなか川瀬さんら2氏が拒否。65年第1回平和盆踊り。68年矢臼別平和委員会結成。97年米海兵隊移転訓練開始。2005年イラク派遣差し止め請求訴訟(箕輪訴訟)の原告に加わる。07年「平和会館」完成。08年脳出血で手術。療養生活に入る。以上、矢臼別と川瀬さんの関わりをパンフレット『演習場のどまん中から・第9集・08-09年矢臼別の四季』(発行:矢臼別平和委員会)の「略年表」から抜粋しましたが、とても書ききれないドラマやたたかいが記録されています。

平和運動の大先輩の川瀬さん。苦労して開墾した大切な大地に住み続けたい。その思いから買取を拒否され、反戦地主と言われながら自然体でコツコツと人生をすすめられた川瀬さん。その姿から、私たちが学び受け継ぐべきものはたくさんありすぎて…。川瀬さんの人生とたたかいに思いをいたし、遺志を受け継ぐべくさらに歩みをすすめる所存です。自然体で、コツコツと。

川瀬氾二さんのご冥福をお祈りします。今頃は、先だって亡くなられた盟友ともいうべきアレン・ネルソンさんと彼の地で再会されているでしょうか。

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