政教分離

2016年8月16日 (火)

2016年8月15日 平和祈祷会でスピーチ

8月15日の夜、日本基督教団が呼びかけ旭川市内および上川管内のキリスト教会などが共同で開催している「平和祈祷会」にお招きいただき、パネリストの一人として当会事務局長が12分間のスピーチと、全体ディスカッションでの質疑応答に参加しました。

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会場の日本基督教団旭川豊岡教会には47名が集まりました。
第1部で賛美歌や牧師さんのお話などがあり、第2部で4名のパネリストが平和について12分スピーチ。質疑応答の後、第3部でお祈りをして閉会、という流れ。

パネリストの一人目はA.F.M.A.メンバーのあみさん。91歳の祖母から聞いた戦争の話。A.F.M.A.との出会いや、活動を通じて今まで出会ったことのない人たちとの交流を通じての自らの成長。その原点でもある教会での活動。印象的だったのは「みんな自分らしく。幸せを叫べる世の中に」と願い、そのために様々ぶつかる事があっても「(自分に)何ができるか、祈って、答えを求めたい」との決意。一直線に前を見てすすもう、という若者らしいスピーチでした。

二人目に当会・由井事務局長がスピーチ。平和委員会の活動を通じて出会った現元自衛官の方々との交流を通じて学んだことや支えることができた内容なども紹介し、「まじめな自衛官の方々の声を受け止め、一緒に考えることのできる活動が基地の町に必要」と呼びかけました。

三人目は美深の酪農家の女性。原発事故を機に「おかしい」と疑問を持ったことを自分なりに調べ、周りにも知らせながら活動してきたと紹介。「一人の母親として安倍政権の国づくりは怖い」「自民党改憲草案はおかしい」と指摘。経済効率ばかりが優先される世の中を子どもの世代に渡したくない、と行動しているそうです。でも小さな町では発言しづらいこともある、と。自分の言動が誤って他者に伝わったり曲解されてしまい怖いとも思う、と。欧米では家族間で議論することもしばしばで、それでも「意見が違うだけ」と尾をひかない。日本では意見が違えば人格自体否定されるよう、だと。まず家庭のなかから、と子どもと向き合うことに頑張っている素敵なお母さんでした。

最後に日本聖公会旭川聖マルコ教会の広谷牧師さん。被爆者の平均年齢が80歳を超え、戦争体験にも共通することですが「記憶の継承」が課題だと指摘。高橋哲也さんが紹介している英語圏で活発になりつつある「ポストメモリー」という動きが大事ではないか、と発言されました。若い世代が戦争体験者から聞き取りや映像を通じてなど記憶を受け止め、伝える。ポストメモリー自体が今後10年20年、100年と続き、しっかり取り組まれれば、よりはっきりとした輪郭の記憶が継承できるのではないか、と指摘されました。

その後、質疑応答で3人の方が質問され、交流がなされました。

宗教者の方々が継続して取り組まれているこれらの取り組みは貴重な活動蓄積と交流になっていて、今回のように私ども平和委員会やA.F.M.A.など他者の取り組みに学ぼうとされる姿勢は尊敬の一言です。

なお上記パネリストのスピーチ概要は参加した由井事務局長の個人メモによるもので、省略の仕方や受け止め方によるニュアンスの違い、発言者の意図と異なる表現もあるかもしれません。あくまでメモとして紹介させていただきますので、その旨ご了解ください。

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2015年1月 9日 (金)

2015年1月5日、自衛隊旭川地方協力本部が北海道護国神社を集団参拝

年始の仕事はじめの1月5日、自衛隊旭川地方協力本部の職員ほぼ全員に相当すると思われる人数の陸海空自衛官および防衛事務官が北海道護国神社を集団参拝しました。これは昨年も報告されており、以前からずっと続いているようです。情報提供いただいた「しんぶん赤旗」社会部・山本記者の取材に同行し、現場を確認しました。

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この日、午前9時ごろには陸上自衛隊第2師団の師団長・副師団長・幕僚長らが「休暇をとり私的」参拝したと第2師団公報が山本記者に答えたそうです(記事参照)。この参拝を北部方面総監部は「第2師団の計画として承知している」と答えたそうで、いくら休暇中とはいえ、そういう計画を師団でもち、上級機関も把握して実施される参拝が「私的」というのは理屈でしかなく、実態は部隊レベルの幹部集団参拝といえます。憲法違反、政教分離原則違反です。

同日9時半には自衛隊旭川地方協力本部の隊員・職員らが続々と集まり、本殿で安全祈願を行っているようでした(扉は閉められ、お祓いの音だけが聞こえたので)。隊員・職員らは黙々と足早に旭川地本庁舎に歩いて行き、昨年の帰り道であったような職員同士のおしゃべり(みなさん、明るくよくしゃべっておられた)は皆無。「私語禁止」の指示があったかのような、何らかの統制をうけた雰囲気でした。

「赤旗」山本記者が幹部らしき隊員にインタビューすると、何人かは固く口を閉ざしましたが、一人はポツリポツリと答え、「休暇とっての私的参拝だ」とのこと。

しかしながら、年頭の行事を連絡する業務文書に安全祈願が明記され案内されているとの情報もあり、しかもこれだけ多数の隊員・職員が一斉に休暇を取得して庁舎を離れる行為が容認されるなど疑問点もあり、業務の一環として実施されたと解するほうが自然ではないか?との声が広がるばかりです。

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2013年10月27日 (日)

2013年7月21日、上川神社例大祭神輿行列+「市民パレード」に自衛隊車両今年も提供され旭川市長が乗車

参院選挙投票日の7月21日、旭川市中央部では上川神社例大祭の本祭一日目ということで「御神幸式」=神輿行列が行われていました。毎年7月20-22日までの3日間が例大祭で、市内中心部では3条本通が通行止めとなり、露天営業が行われます。

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21日朝、上川神社から出発した神輿が市内各所(上川神社の「氏子地域」とされるエリアのみ)を巡り、数箇所で「神事」を行い、最終的には常磐公園内の上川神社頓宮へ。翌22日は逆戻り。これは戦前から行われていた「神事」だそうです。
いつからなのかはわかりませんが、この神輿行列の後半部分(というか後部3分の2)が「市民パレード」と称され「神事ではない市民行事」だと言い張られ、旭川市を通じて自衛隊に「地域協力要請」され、第2特科連隊が車両・人員等を提供するようになりました。この際の隊員日当や減価償却費、燃料代をだれが負担しているかは不明です。
第3者からみれば明らかに神道行事への自衛隊協力です。政教分離原則に反し憲法違反です。すぐやめるべきです。しかも今年は動画1分00秒あたりに明瞭ですが、自衛隊車両に「上川神社例大祭」の「旗」が立てられています。

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2013年6月12日 (水)

6月9日、第2師団創立63周年記念行事(旭川駐屯地開放)見たまま、聞いたまま

2013年6月9日、旭川駐屯地において陸上自衛隊第2師団創立63周年・旭川駐屯地開設61周年記念行事(駐屯地開放)が行われました。例年同様、見に行ってきましたので、あまり手を加えず「見たまま、聞いたまま」を写真で紹介して行きたいと思います。

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晴天のなか、駐屯地前の国道40号線には入場しようとする長蛇の車列。しかしながら、来場者の言葉を借りれば「ブルーインパルスが来たとき程ではない」と。これは筆者も同感。車こそ多かったものの、なかでの来場者人数の感触は例年通りと思いました。

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観閲行進が始まるのを待つ99式自走155mm榴弾砲。

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家族に連れて来てもらった子どもたちは、直射日光があたる暑い中、一心不乱にDS(携帯ゲーム機)やってました。こういう姿は小学生以上の大きい子たち限定でしたが。たくましいというか、なんというか。

ところで余談になりますが、観閲行進のあと、「日の丸」が退場したあとに旭川市のゆるキャラ「あさっぴー」がパレードしました。

「あさっぴー」のパレードをYouTubeでみる

人が集まるところに「あさっぴー」を出かけさせることは現場が旭川駐屯地であっても百歩譲ってヨシとして、軍用ジープに乗って観閲行進同様に旭川市の旗たててパレードするのはやりすぎではないでしょうか。しかも、中の人は自衛隊員だそうです。「あさっぴー」の着ぐるみ貸し出し基準はどうなっているのでしょう?

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訓練展示(いわゆる模擬戦闘)が終わった後、撤収する隊員。なんというか、こういう姿はのんびりさを感じてしまいます。

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装備品展示コーナーの90式戦車(うしろから)。ミリタリーマニアな方々に囲まれていました。

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退役する車両の前で記念撮影、だそうです。

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さて問題の「武器操作体験」の「中止」が守られているかどうか、についてはきちんと中止されていました。練馬駐屯地の写真よりエリアは小規模ですが、ロープで囲まれて触らないよう隊員がいました。

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これを昨年までは自由に子どもたちがさわって構えていた、と思うと、本当にぞっとします。コメントに「重さを体験させるべき」という趣旨の発言をいただきましたが、何でも体験させないと危険性を理解させられないわけではないと思います。しかも、この場で持たせて構えさせても周囲の大人からは武器に対して肯定的な発言しかかけられません。憲法の視点を学ぶ場こそ、未来の担い手=子どもたちには必要と思います。

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この間、自衛隊広報の全国傾向ではありますが装備品展示でもスペースの多くを震災支援時に活用した装備展示に割いていました。上は「除染車3形(B)」というもの。

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こういうものや…

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自衛隊の線量計も展示されていました。

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昨年は落下傘試着体験コーナーがありましたが、今年は防弾チョッキ試着コーナーでした。こういうものは列ができています。一番の長蛇は携行糧食の試食コーナーでしたが。

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ヘリの体験搭乗には人が集まっていました。旭川駐屯地に所属していない戦闘ヘリも飛来してきていました。帯広駐屯地からでしょうか?

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真新しい師団司令部庁舎。昨年の駐屯地開放のとき完成直後でした。まだ全然新品です。今年は(去年はわかりません)1階部分を開放していました。トイレと自動販売機の利用のため、でしょうか。

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普段、なかなか入れない場所ですね。

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以前から気になっていましたが、平成23年度の復興予算を使っての庁舎建設現場がこちら。庁舎だけで38億円です。平日は大きなクレーン車が4輌、国道からも見えます。

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その現場であることの証に、施工は受注した五洋建設さんです。

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現在、基礎工事をしているようです。

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子どもむけ広報コーナーでは、お馴染み自衛官なりきり写真撮影コーナー。

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南極の氷さわってみようコーナーには暑いことも手伝って子どもたちが群がっていました。

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サンダーバードファンとしては、自衛隊とサンダーバードのコラボは、全く許しがたし。サンダーバードを汚さないでほしい!ブルーレイ売るためとはいえ、権利保有者は魂売るべからず。しかも便乗して「世界が自衛隊を求めている」とは何事ですか!海外派遣、でる気満々ということですか。

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相変わらず曹友会による子どもたち対策はしっかりなされています。こちら、ふわふわドーム。

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ストラックアウトには少年たちが群がっています。

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今年はじめて見かけました「金魚すくい」。これは元自衛官、旭川市議会防衛懇話会事務局長の佐藤さだお市議の影響でしょうか。金魚すくい全道大会が道路向かいの北海道護国神社を会場に行われるそうなのです。自衛隊駐屯地開放と護国神社が、金魚すくいを橋渡しにつながっている現場です。複雑な胸中です。

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音楽演奏ステージでは各駐屯地の太鼓演奏のあと、旭川農業高校吹奏楽部が登壇。名探偵コナンのテーマ等、演奏しましたが、コナン君を演奏したのは防衛省全面協力の劇場版コナンは関係ないですよね…。この後、第2音楽隊が演奏し、さらに合同演奏をしたそうです(暑くて途中で帰りました)。

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出店でなかなか興味深い広島焼きの店を発見。こういうのはアイデア満載で普通に面白いです。長蛇の列でなかったら一枚買って帰ろうかと思ったくらい。

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しかし、子どもたちに人気なのはオモチャくじ引き。あちこちでオモチャの鉄砲もった子どもを見かけました。なんというか。

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景品も最新鋭。ヒトマル式戦車がありました。駐屯地開放は子どもたちに何を伝えようというのでしょうか。全体として「武器、かっこいい」「災害派遣、だいじ」に尽きるような気がしています。そう単純ではないと思うのです。もっと日本国憲法の平和主義の考え方をこういう機会に伝える努力をすべきではないでしょうか。

ちいさい子どもたちは正直です。訓練展示の最中、周りの未就学児たちは「あれ火が出てるの?」「本当に撃ってるの?」「こわい、こわいよう」「ねえ、帰ろう、帰ろうよ」「(出口を指差して)あっち行く、あっち行くの!」と素直な反応。それを親が「かっこいいねえ」「大きい音したねえ」と肯定的に声かけるものですから、子どもたちは何年も経るうちにだんだんと耐性を身につけ、そのうち親の仕事だと理解し、「将来は自衛隊へ」となり「担い手育成完了」なのでしょうか。

対立することではなく、対話して通じ合うことこそ子どもたちには伝えてほしい。

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2013年6月11日 (火)

6月5日、北海道護国神社慰霊大祭への幹部自衛官玉串奉納

今年も6月4日から6日まで北海道護国神社慰霊大祭が行われ、全道から遺族会のお年寄りが参集するとともに、地元住民にとっては「常磐公園に出店がでるお祭」となりました。

2日目午前中に行われた神事に制服着用の幹部自衛官が参列。

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2013年の特徴として、全員が陸上自衛隊のメンバーだったことです。もちろん自衛隊旭川協力本部の隊員もいましたが、その方も陸上のかた。海上・航空からはどなたも来ていませんでした。一方で、例年代理出席だった北部方面総監本人が参列されていました。
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祭典の雑務、交通整理や案内などを一手に担当するのはこれまでと同じく自衛隊のOB組織である隊友会。

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会場でのアナウンスによれば、祭典準備のための清掃活動に陸上自衛隊第2師団のボランティア組織が参加したとあり、改めて安倍首相が「外では軍隊と呼ばれる」自衛隊と戦死者を神と祀る護国神社の有機的結びつきが露になった「慰霊大祭」だったといえます。

誤解なきように一言しますが、先の大戦で家族のため故郷のため戦地に赴き、結果、命を落とした方々に対しては心から哀悼の意を表明しますし、その方々をご遺族が思う気持ちには異論ありません。宗教活動そのものに異を唱えているわけではありません。

例え「休暇をとり私人として参加している」と説明しても制服姿の極めて上位の幹部自衛官が連なって、アナウンスでも肩書きを付して来賓席上位に身を置いて参列し、玉串を奉納するということは、一般参列者からみれば「自衛隊が公式参拝している」と受け止め、それこそが護国神社に利する行為となるわけです。政教分離原則に抵触しているのではないか、と申し上げたい。

蛇足ながらもう一言すると、かの幹部自衛官の「お付き」なのか「運転手」なのか「副官」なのかわかりませんが、同行してきた制服自衛官たちは参拝することもなく駐車場にわらわらとタムロし、世間話に花を咲かせていました。それは神事後の「打ち上げ」「宴会」でもある「直会」のときもそうでした。これは私人として参列する意思のない自衛官が、幹部に付き従ってきた、ということになりませんか?あくまで幹部が私人であるというなら、ご自分の判断で私服にて一般参拝されたらいいと思います。

なお今回、参列したとある旭川市議会議員のI市議が参列後、ご自身のFaceBookにて旭川市長が参列せず公務欠席したことを批判し「召集令状は自治体職員が配った。市が招集者だ。それを市長が参拝しないのはおかしい」という趣旨の発言をされていました。しかしながら、天皇の統帥権によって行われる召集令状の招集者は各連隊区司令部であり、確かに自治体の兵事係が届けていましたが、自治体にも責任はあると思いますが理屈としてはおかしいことを持ち出して市長欠席を批判しています。

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上記「召集令状」は毎年8月15日に配布しているチラシ版に作り変えた(原版は本物)もののコピーです(なので赤くない)。

この市議さんは旭川市議会防衛懇話会の幹部で、自衛隊や護国神社とは密接な関係にあると報じられていますが、だからといって事実とは異なる根拠を持ち出して批判するのは公職にあるものとしていかがかと思います。

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2010年7月22日 (木)

市有地に建つ宗教施設がさらに発見される

少し前の記事ですが、5月末に「政教分離を守る北海道集会実行委員会」が行った旭川市への要請からご紹介します。

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■2010年5月28日:北海道新聞

6月の護国神社祭と7月の上川神社祭に対する政教分離の徹底を求めた同実委の要請は毎年積み重ねられ、昨年迄も市有地に建つ宗教施設の実態を明らかにするなど貴重な成果をあげています。今年は1月に砂川政教分離訴訟の最高裁判決があったばかりで、これに対し西川市長がどう応えるか注目されています。

6月5日付北海道新聞では、さっそく新たに3件の宗教施設が市有地に建てられ権利関係は曖昧になっていることがわかりました。

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■2010年6月5日:北海道新聞旭川版

新たに確認されたのは
●旭川神社の鳥居(東旭川の市道用地)
●上川神社の石碑(1条通16丁目の市道用地)
●旭山寺のお堂(東旭川倉沼の公園用地)
の3ヵ所。いづれも前回調査では確認できなかったもので、市の担当部署は反省を表明しています。

このうち、上川神社の石碑を実際に見てきました。

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この通り「雨分・新旭川通線」と呼ばれ、いまは工事中でそのまま神居町雨分(うぶん)までは行けませんが以前はまっすぐ進んで神楽橋を渡れば上川神社の前を通って神居町雨分まで到達する道路でした。

これは鳥居と同様、どう見ても宗教施設であり市道上に建っているのも一目瞭然。なぜ市側が「神社そのものではない」と対象から外していたのか疑問に思いつつ、こうやって市民団体の指摘により明らかとなり、現在有償貸与の方向で調整しているとのこと。せっかく明らかになったのですから、可能な限り遡って賃貸料を徴収できるよう交渉してください。

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余談ながら今日7月22日は上川神社祭の最終日。御神幸(いわゆる神輿行列)の2日目で市内中央部を神輿行列と「市民パレード」(と称する自衛隊車両をくり出しての続「神輿行列」)が練り歩きました。

今年は例年のように記録しませんでしたが、たまたま遭遇したお稚児さんを乗せる自衛隊車両を撮影。

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■2010年の自衛隊車両

今年は無地の青い幕なんです。去年と違いました。例えば、(1)初日のパレードで雨に濡れて干している、(2)例年、2日目は無地である、などの事情があればわかりますが、例えば去年ですと下記のようでした。

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■2009年の自衛隊車両

神社の紋入りの紫幕がかけられています。この幕は前部の正規「神輿行列」の車両にかけられているものと同じで、これこそ「御神幸」と「市民パレード」の一体性の証拠の一つである(証拠は他にもある)と述べてきました。

事情を知る関係者のかたのコメント歓迎します。ご教示ください。

なお何度も述べますが当会としては神輿行列自体には何ら異議ありません。問題は政教分離に関わる点であり…
●第一に車列後半を「市民パレード」として名目だけ分離し、「市民パレード」は市民行事であるとの理由をこじ付けて実行委員会⇒旭川市⇒自衛隊と車両協力要請を行い公然と宗教行事に自衛隊車両+要員を無償供与している点
●第二に、この「市民パレード」に旭川市長が上川神社の「名誉総代」として公に乗車している点
以上2点が大きな問題点であろうと考えます。ですから市民がどのように神輿行列を楽しもうと、または不愉快に思おうと、その評価には関与しません(全市民が氏子であるとの主観的判断を押し付ける神輿行列のあり方には若干の不愉快さがありますが、それは山田の個人的な意見です)。

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2010年3月 2日 (火)

砂川政教分離訴訟の余波(3):公有地無償貸与は全道195ヶ所

今日2010年3月2日付の北海道新聞に、「政教分離を守る北海道集会実行委員会」の全道調査結果が報道されていました。改めて同実行委員会のご活動に敬意を表します。ニュース紹介として北海道新聞ウェブ版から以下に転載。

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公有地上の宗教施設 無償貸与は道内195カ所 市民団体調査 (03/02 11:05)

 【旭川】政教分離を守る北海道集会実行委員会(事務局・旭川)は1日、公有地上の宗教施設の有無などについて、道内全市町村(179)を対象に行ったアンケート結果を発表、神社など宗教施設への公有地の無償貸与は計195カ所に上ることが分かった。

 同委は仏教やキリスト教関係者、平和運動団体などでつくる市民組織で、砂川市有地神社訴訟の原告を支援している。アンケートは、最高裁が1月20日の判決で、神社への市有地の無償貸与を違憲と判断したことを受け、2月6日付で道内179市町村と、道、開発局にも発送、2月末までに回収した。

 回答があったのは1日現在で113市町村(回答率63%)。このうち公有地上に宗教施設が「ある」と答えたのは52市町村で、「ない」と答えたのは32市町村、「調査中」は29市町村。

 「ある」とした52市町村の宗教施設は計244カ所あり、うち有償貸し付けは49カ所、無償は195カ所だった。

 同委事務局によると、道は未回答で、開発局は調査中という。

http://www.hokkaido-np.co.jp/news/donai/218384.html

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それにしても北海道の6割の自治体だけで有償貸与も含めると244ヵ所というのは驚かされます。いくら北海道が大きいとはいえ、全国になれば何ヶ所に広がるのでしょうか。この際、しっかり調査して将来に問題を残さぬよう、手立てを講じるべきです。

今後、道や開発局の回答にも注目したいところです。ところで他の省庁はどうなのでしょうか?例えば防衛省は道内に広大な土地を保有していますが、それは開発局(国土交通省)の管轄とは異なるかと。防衛省が管理する国有地に、そのような宗教施設はないのでしょうね。

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2010年2月16日 (火)

2010年2月例会:「平和を守る『信教の自由』~砂川政教分離訴訟・最高裁判決」

旭川平和委員会青年部は「砂川政教分離訴訟」をテーマに2月例会を開催しました。この例会には同訴訟弁護団の主任弁護士である石田明義弁護士(北海道平和委員会理事長)を講師にお招きし、訴訟の概要とポイントなどを詳しく聞きました。この例会には青年部メンバーの他、ご案内していたゲスト3名が参加。学びあいました

Sn3d1122 ■全体の様子

石田氏は空知太神社と富平神社のそれぞれの成り立ちから詳しく説明しました。

空知太神社は戦後、ある個人から「神社にすること」を条件に寄付された土地で、寄付後の市有地に神社を建てることを当時の市長も市議会も容認しました。「そもそもその時点で問題がある」と石田氏。建物は町内会のものですが、何度も補助金を出し建物増築、土地買い増しを行っています。「神社として使うのは正月と春・秋のお祭りの年3回だけ」との理由で使用料として氏子が年6万円を支払っているそうです。

富平神社は戦前、富平小学校の教員住宅建設のため神社境内地を当時の砂川町に無償譲渡されました。しかし、必要に応じて(住宅が不要になる等)神社に土地を返還するとの口約束があったそうです。戦後、教員住宅はなくなりましたが市の土地所有はそのまま継続。住民監査請求を機に砂川市は、町内会に「地縁団体」をつくらせ法人化、そこに無償譲渡しました。

この訴訟は2人の地域住民の疑問から生じたものですが、お2人ともそれぞれ戦争体験があり、その苦い思いから立ち上がる決意をなさったこと、住民監査請求あたりまではもっと仲間がいたものの、やはり裁判となると(事を構えるとなると)一人去り、二人去っていくなか負けじと立ち上がったことなども紹介されました。

それぞれの判決については下記をご覧下さい(リンク切れの際はご容赦ください)。
空知太神社訴訟・最高裁判決PDF
富平神社訴訟・最高裁判決PDF

Sn3d1126 ■石田明義氏

石田氏は、富平は明らかに不当判決だと指摘。空知太について原告は悩んだ末「最高裁は憲法を守った」との垂れ幕を出しました。確かにあいまいになっていた神社と町内会、自治体の関係をめぐり、自治体が「地域慣行」や「習俗的」を理由にあいまいさを正当化するのは間違いだと判示したことは評価しつつ、一方でなぜ札幌高裁に差し戻したのかと批判されています。とりわけ町内会との関わりについて判断を回避したことは、「機が熟してないとみたのか」と今後の地域での積極的な取り組みを提起していました。町内会が積極的に「祭り」や「慣習」の名目で宗教活動を担い、それを自治体が支援する構図は多く残されており、今後「町内会と神社」「町内会と宗教団体」の問題は大いに告発されるべきと石田氏。

札幌高裁は原審で空知太神社の解決方法として「祠(ほこら)、鳥居、神社名、地神宮の収去」を提起しました。これに対し砂川市は「祠、神社名、地神宮」は応ずるが「鳥居」は困難(なぜかは不明)との態度を示したそうですが、それならば差し戻し審で富平のように「地縁団体つくらせ無償譲渡」とは単純にならないと推察します。この点では「地縁団体つくらせ無償譲渡」方式が蔓延するのではないか?との危惧が提起される一方で、石田氏は「富平には元々神社であったり返還の約束があったなど歴史的経過があった。各地の事例で単純にあてはめることはできないだろう」と推測されています。

町内会と神社の関わりでは当会も以前から関心を持って調べてきた経過もあり、この日の質疑応答のなかでも「町内会が神社との関わりを強め、会員への『抑圧』を強めれば強めるほど町内会が空洞化し、本来必要なコミュニティー機能が失われるのではないか」「すでに旭川市中心部では『神社委員のなり手が居ない』『町内会自体が解散した』などの事例は多いと市民委員会幹部から聞いている」などの声もありました。

宗教団体は個別の意義をもち自立的に活動しています。そのために必要な諸活動は各宗教団体独自に行っています。山田が知るキリスト教会も仏教のお寺も天理教もみなそうです。これを機に町内会は神社の下働きのような仕事から手をひき、本来強めるべき地域の支えあい、助け合い、活性化に力を注ぐときではないでしょうか。神社の宗教活動は信者である氏子団体が行えばよいことであり、一般論としてそのような力が失われた宗教団体はそのレベルで存続するしかないのではありませんか(私見です。例会の結論ではありません)。

市民的自由の危機と宗教―改憲・靖国神社・政教分離 市民的自由の危機と宗教―改憲・靖国神社・政教分離

著者:菱木 政晴
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2010年2月15日 (月)

2010年「2・11平和集会inあさひかわ」に参加して

旭川のキリスト者のみなさんが毎年続けられている「2・11平和集会inあさひかわ」に、今年も参加してまいりました。

この集会は「建国記念の日」が復活された折、これは「天皇中心の神の国に戻す動きではないか」との危機感、「戦前、国民も戦争の担い手となり、宗教者も例外ではなかった」との反省もあり日本キリスト教団は反対し反対署名を集約・提出したそうです。しかし「建国記念の日」は復活、そこで1968年に日本キリスト教団は2月11日を「信教の自由を守る日」と定め、現在も全国約90ヶ所で集会を続けてこられています。会場となった日本キリスト教団旭川六条教会では毎年、2月11日は休日では無く平日と変わらぬ通常業務を続けておられるそうです。

同教会の西岡昌一郎牧師の司会進行ではじまった集会は最初に礼拝が行われ、第二部で講演がありました。「砂川政教分離訴訟が訴えるもの」と題した講演を、日本キリスト教団岩見沢教会の佐藤幹雄牧師が約45分間話されました。

Sn3d1117 ■講演する佐藤氏

佐藤氏は「空知太神社事件」と「富平神社事件」の両ケースについて詳細に説明され、判決の特徴を解説。空知太神社を「憲法違反」としつつ、解決例として、合憲とした富平神社のケースを紹介し「そのようにすれば合憲になるから…」とさも奨励しているかのような親切さがおかしいと批判。空知太神社の撤去を例示していた高裁判決に対し、「氏子集団の構成員の信教の自由」が守られないとする最高裁の意見に対し、「守られるべきは誰にとっての信教の自由なのか」と問う佐藤氏。「氏子集団はこれまで特権を与えられていたにすぎない。それ(特権付与)を解消することは『信教の自由』の否定ではない」と訴えました。その上で佐藤氏は、アメリカの公立学校が朝礼で「主の祈り」を唱え聖書を朗読することに対し、非キリスト教徒の信仰の自由を侵害するとして合衆国憲法修正1条違反だとの判決があることを紹介。「守られるべきは少数者の信教の自由である」と強調しました。

その上で佐藤氏は「朝日新聞までが社説で神社を『伝統的な習俗』と呼ぶなど、神社を伝統習慣化させようとする戦前の動きが復活されてきている」と危機感を表明。町内会などが神社支援の別組織をつくり形式的には線をひきつつ、実質は変わらない状況がつくられようとしていると指摘。「どこでよしとするかの線引きが難しい」と問題提起されました。

佐藤氏の講演後、質疑応答の後に最高裁大法廷の判決公判傍聴報告を、地元の日本キリスト教会旭川教会の千葉保牧師(政教分離を守る北海道集会実行委員会事務局長)が行われました。

Sn3d1120 ■報告する千葉氏

Sn3d1119 ■傍聴券で座席指定

この日の集会には旭川市内7教会および1団体(当会)から38名が参加。席上献金が募られ、集った2万数千円は旭川の政教分離運動に使われるとのことです。

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2010年2月13日 (土)

紀元二六七〇年(平成22年)建国記念の日奉祝の集い:見たまま聞いたまま

2010年の旭川「建国記念の日奉祝の集い」を見学してまいりました。

Sn3d1122 ■案内看板

今年もロワジールホテル旭川で開催されました。会場に着くと一般受付で「参加してもいいですか?」とこちらが質問する前に「アンケートにご記入下さい」と言われ、即座に記入。年齢と性別、この集会を何で知ったか?を書き、アンケートを渡すと資料と記念品が入った袋を渡され、「どうぞ」と。

Sn3d1132 ■配布資料

Sn3d1128 ■紅白餅

Sn3d1129 ■いつもの業者

Sn3d1130 ■開けてみると…

紅白饅頭を楽しみに帰宅後に開けてみたところ、今年は紅白餅。去年は饅頭ではなかったですか?(違っていたらごめんなさい)。そのせいか消費期限が去年より1日短い。空けたらそこに写真右のような紙片があって、「建国記念の日」「紀元節」についてアピールされている。

Sn3d1131 ■紀元節について

もちろん文中には、明治6年の最初の紀元節が1月29日であったこと(2月11日に大した根拠はない)などの記載はありませんでしたが…。

入場するとイス5席のテーブルがタテに10列、ヨコに4行で計200席。去年より入っているなーとの印象はありましたが司会席逆サイドの左側前方にポッカリ空席ゾーンが。全部で150名程度でしょうか。ほとんどが70-80代の男性。女性と青年の姿はポツポツ。みなスーツ姿ですから私のような私服姿は目立つ目立つ。最後列に着席すると、両隣のおじいさんたち、酒臭いったらありゃしない。既に一席終えてきた感。酒の勢いか私語や独り言も多い。彼らにとって厳粛な祝いの場ではなかったか?

集会の式次第は例年と同じ。以下にご紹介。

1開式の辞
2国家斉唱
3紀元節の歌
松式辞
5祝辞
6祝電披露
7来賓紹介
8聖寿万歳
竹閉式の辞

不吉な数字の「4」と「9」を松と竹に置き換えてます。私のような局外者が困ってしまうのは「国歌斉唱」と「聖寿万歳」。一応、見学に来たのであって祝いに来たのではないですが、場の空気を乱すのはいくら何でも失礼と思い起立拒否はしませんでした(まあ当然か)。

Sn3d1123 ■田下昌明氏

式辞は実行委員長で豊岡中央病院の理事長(だったか?)の田下昌明氏。長いので全部は紹介しませんが、印象的な部分を少しかいつまんで。
自民→民主への政権交代したが「然し乍ら只今、新政権はいたずらに迷走を続けているとの感が否めません」「そして夫婦別姓、外国人参政権など、国民が望んでもいないわが国を内部から崩壊させるような政策がすすめられようとしています」。
→望んでいる国民は多いです。何をもって「内部から崩壊」なのか抽象的でわかりません。
「わが国が如何なる国であるか、わが国はどういう歴史を辿ってきたのかを再確認するのが、かつては紀元節と称された今日の建国記念の日であります」。
→しかしその歴史とは「神話」なのですね。

祝辞には3人の方が紹介され発言していました。以下は山田メモなので省略等あります。

祝辞1人目:旭川商工会議所副会頭・松野和彦氏(旭薬調剤センター代表取締役)
会議所としての正式な祝辞はパンフレットにあるとおり。参照してください。私見ですが明治政府が明治5年に建国記念の日を紀元節として定め、欧米と交渉していった。そのおかげで今日がある。実に英断だったと思う。その結果、資源のない日本が世界に列することができた。
第2次世界大戦、東京裁判などあるが日本は決して悪くなかった。戦争に引き込まれたのだ。当時資源のなかった日本が強大になりすぎた。
戦後、これまで培ってきたことをすべて否定された。渡部昇一さんの2月10日発売の近著。渡部氏は右翼だが事実は事実としてもっともな記述。いま日本はあるけど日本人の心を持っている人が少なくなっているのではないか。これまでずっと培ってきた日本人の心、これを失うな、と。

Sn3d1124 ■今津寛氏

祝辞2人目:元防衛庁副長官・元衆院議員・今津寛氏
派遣切りされた人たちの問題、東京では派遣村に集った580人の半数が、支給された2万円を受け取ったら行方不明になったという。とても残念。日本人は本当は自分のためでなく人のために何かをなす。
いま旭川冬まつりにたくさんの客で会場は一杯。その雪像作りをあたりまえのように自衛隊がやっている。本来は国民を守る任務の自衛隊が、まつりのためにがんばっている。
政権が代わり自民党に厳しい批判がある。事業仕分けなど話題だが、同じことは自民党もやっていたが宣伝が民主党ほど上手ではなかった。その民主党、小沢幹事長に連れられて中国に143人の国会議員が行ってきた。北京で国家主席に面会するときの卑屈な姿、日本人として耐えられない。昨年の副主席来日の際のルール破りについても「構わない」との姿勢。その他にも外国人参政権の推進や夫婦別姓。護国神社のある街ですが、靖国神社参拝をやめて無宗教の施設をつくろうとの動きも。これらは日本人であることを根底から覆す。今の政権は日本人であることと相容れない。
自民党は謙虚に反省をしながら、懸命に努力をします。ぜひ叱咤激励してください。

Sn3d1127 ■冨樫勝行氏

祝辞3人目:陸上自衛隊第2師団副師団長兼旭川駐屯地司令・冨樫勝行氏
先人の知恵である礼儀正さなど、世界で高く評価されており、日本の誇りです。日本ならではの価値、日本の強さを忘れずにいたい。

ところで自衛官は皆、制服でこられていましたが、公務中ですか休暇中ですか?質問状を出す前にコメント欄に書き込んでいただけると助かります。

予定していた旭川市長西川将人氏の祝辞は公務欠席のためメッセージを司会者代読でした。ちなみに今津氏の祝辞中に出てくる派遣村の話は明らかに産経新聞の受け売りですが、あの報道には事実誤認があって確かに行方不明になった人もごく少数いたものの、他の人々は職を探していて門限(しかも早い!)までに施設に戻れなかっただけと後日判明したことまではフォローできていないようです。

祝電は3名の自民党国会議員からのみ。3名とは伊達忠一、山谷えり子、佐藤正久の各自民党参院議員。

Sn3d1136 ■パンフレットより

来賓紹介では参加している来賓が全員紹介されました。ここで興味深かったのは人数が昨年より一気に増えていることです。ここに参加者数微増のトリックが隠されているような気がしてなりません。というのも昨年まで来賓には加わっていなかった肩書きの方が加えられているのです。例えば「新しい歴史教科書をつくる会」の事務局を担うカルト団体として一部に有名な「キリストの幕屋」も加わっていました。学校法人桜岡学園名誉理事長とか自衛隊父兄会、陸士61期生会、桜会、日本女性の会とかわけのわからんものまで。そして見過ごせないのが自衛隊第2師団および駐屯地の各最先任上級曹長、そして駐屯地曹友会長。高級幹部のみならず、曹士クラスにまで触手を伸ばそうという靖国派の延命大作戦とみました。会場には制服姿の自衛官が何人かいましたが、みな来賓のひとがたでしょう。来賓にせねば来ない、ということでしょうか。

毎年なんですが、自民党や保守系議員ばかりがずらずら並ぶ中、民主党市議会議員・岩崎正則前議長が来賓参加しています。今年も名前を呼ばれて、立ち上がって挨拶していました。市政通の知人に聞いたところ、岩崎氏は根っからの「そういう人」みたいです。

一つ疑問もありました。昨年まで「聖寿万歳」を行っていた旭川ペインクリニックの的場光昭氏が来賓として参加していない様子。これは驚きました。きっと的場氏ならば、何を置いても予定を空けることでしょう。もしかすれば出席はしていたのかもしれませんが、それなら更に疑問です。来賓ではなかったということですから。

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例えば今津寛氏が来賓として参加していることは関係していないでしょうか。国会でのアイヌの先住民族決議で今津氏がとりまとめをしたことに、的場氏は相当噛み付いています。この問題では的場氏、田下氏、比布神社の鎌田告人宮司の3名が歩調を同じくしています。田下氏は実行委員長として今津氏を招かないわけにはいかない。しかし的場氏は…、そんな構図でしょうか。「思い込みも甚だしい」と笑われるかもしれませんが(苦笑)

式は2時に開会し、予定をオーバーして2時40分に終了。10分休憩の後に2時50分から記念講演があったのですが、残念、山田、欠かせない用向きのため講演部分は欠席いたしました。今年は「日本地雷処理を支援する会」(JMAS)理事の出田孝二氏がカンボジアにおける平和構築について講演する予定でしたので、本来の意味で楽しみだったのです。自衛官OBでつくるNGOだとしても、外から見る限りJMASの地雷除去活動は意味のあるものと見受けられます。例えば小松製作所との単独協力体制になっていることなどから背後に何かあるのか、とか、自衛官の天下り先になってやしないか、とか、勘ぐるべきではない(苦笑)と思ったり。現地の人に役立つ支援ができていれば一定の評価はあってよいと思います。なので聞きたかったのになー。

ちなみに講師の出田氏、最終階級は陸将補で陸上自衛隊施設学校長まで昇った陸自幹部でした。パンフレットに掲載されている写真を見て、友人は「作業服に大工刈だね」と言ってました。人となりばかりはわかりません。

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