地方自治関係

2009年7月28日 (火)

2009年7月20日、日韓共同報告会に130名

2009年7月20日、旭川に隣接する東川町の町農村環境改善センター・大ホールにて「忠別川周辺地域の朝鮮人強制連行・強制労働―日韓共同報告会」が開かれ、会場いっぱい130名の参加がありました。主催は「江卸発電所・忠別川遊水池 朝鮮人強制連行の歴史を掘る会」(以下、掘る会)。地元、東川町と東神楽町が町として後援し、調査に協力しました。

P7200090 ■会場全体の様子

Sn3d0466 ■北海道新聞から

この地域では中国人強制連行については慰霊碑(中国人強制連行事件殉難烈士慰霊碑:東川町東14号共同墓地)も建てられ、毎年7月7日に慰霊祭が行われる(上の北海道新聞記事参照)一方、朝鮮人強制連行については公式には「未確認」の段階とのこと。よって慰霊碑の建立などは今後の課題になっています。

P7200063 ■近藤さん

P7200061 ■塚田さん

この日は「掘る会」代表の近藤伸生さんが司会を務められ、最初に3月に行われた訪韓聞き取り調査の報告が「掘る会」事務局長の塚田タカヤさんからされました。映像も交えながら、現地で行われたことの生々しい証言が紹介され、特に「(高給を得られる、と)騙されて連れてこられた」とか「無理やり」など本人の意思とは別に日本まで連れてこられたことの証言。また、厳しい労働実態の一方で、文句を言わずよく働いたものだけに旭川で休みをとる権利が与えられるなど、労働者「管理」の実情が語られました。それらの工事は地崎組や荒井組など、いまも残る企業が受注していたことも明らかになっています。

P7200065 ■鶴間さん

次いで、この間の「掘る会」の活動でわかったことを鶴間松彦さんから報告されました。ここでは特に、逃亡した朝鮮人労働者の「給与」が法務局に供託されている事実などが明らかにされ、驚きました。これらのデータは個人情報は黒塗りされていますので、今後政府間の交渉により解明がすすむものと思われます。

韓国側からは韓国政府・日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会第3課のメンバー6名が来日。大方の予想(?)を覆して、若い女性が過半数を占める若き調査団でした。

P7200068 ■許さん

P7200078 ■李さんと尹さん

韓国側報告の冒頭は第3課長の許光茂(ホ・グァンム)さんが同委員会の沿革を含めた経過、組織内容、業務概要や調査の進行状態など全体像を報告。次いで、尹智炫(ユン・ジヒョン)さんと李宣姈(イ・ソンヨン)さんのお二人が「上川地方及び旭川市の朝鮮人強制動員の実態」と題して詳細な報告をされました。これによれば上川・旭川で5ヵ所の事業場に強制動員がなされ、実数は不明ながら少なくとも3000人以上が動員されたのではないか、とのことです。今回「掘る会」が様々調べられた東川町及び東神楽町以外でも旭川市の「旭川飛行場」や「東旭川上遊水池」「東旭川下遊水池」などへ動員されていたことが証言などからわかっているそうで、現在裏付け調査が求められています。

「旭川飛行場」といえば想起するのは陸上自衛隊旭川駐屯地に斜めに走る「旭川飛行場」。これがいつ建設されたのかが問題となるのですが、調べたところ昭和13年9月に民間用(民生用?)として着工開始、昭和18年6月21日に(軍用に?)転用工事開始し、昭和20年4月に完成しています。しかしながら、これらの工事がどのように行われたか?については詳しい史料が残されていません。ウェブ上を探すと「愛国飛行場」として建設され、その作業には「三浦綾子が女子青年団の指導員として動員されていた」との記述が確認できますが、その元となる史料は明らかではありません。ですが年代的には符合しますし、戦前のこの地域の飛行場とは愛国飛行場のみとのことですので動員されたのは明らかだと思われます。今後の調査に期待されます。なお、陸上自衛隊北鎮記念館にも問い合わせましたが、愛国飛行場に関連する史料は無い、とのことでした。その際、いくつかアドバイスをいただきました。この場で、対応いただいたH准尉さんにお礼申し上げます。

これら日韓の調査は今が「スタート」です。地域に埋もれている証言や史料を掘り起こし、この地域で何が行われたのか?を事実に基づいて明らかにし、犠牲者の足跡を明らかにし、お詫びすべきをお詫びし、日韓友好連帯増進に寄与できればと考えます。ブログ読者の方でも、何かご存知の方か又は知っておられそうな方を紹介いただける場合は当会青年部までメールでご連絡ください。

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2009年6月30日 (火)

2009年旭川駐屯地開放:師団長式辞、市長・今津衆議挨拶

2009年6月14日に豪雨の中開催された旭川駐屯地開放(正式には「第2師団創立59周年、旭川駐屯地開設57周年記念行事」)を見てきました。今号では観閲式での佐藤師団長式辞、西川市長と今津寛衆院議員の挨拶をそれぞれ文字起こししましたので、全文をご紹介します。

3名とも「脅威」「危機」を真正面に据え、それへの即応体制の整備を焦眉の課題として訴えていたことが印象的でした。また西川市長は少なからず災害への備えのため自衛隊の役割ということに触れていましたが(地方自治体の長としては、やはりその点の心配が大きいことは理解できます)、師団長も今津衆議も災害救助には触れず、国防一本やりの挨拶だったことが、【災害救助⇒国防・海外任務へ】との自衛隊の任務の転換点に来ていることを印象付けられました。とりわけ今津衆議は「国内外でのご活躍」を述べ、海外でのさらなる任務貢献を求めました。まさに本人言うとおり次期防衛大綱自民党案の先取りともいえます。

以下の文字起こしは山田の責任で行っており、細部の表現違い等が含まれている可能性を指摘しておきます。また今津衆議の挨拶では聞き取り不能個所が2ヵ所あり、その部分は●●文字で標記しておきます。

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第2師団長式辞

Sn3d0441 ■敬礼する佐藤師団長

本日ここに、多くのご来賓のご臨席を仰ぎ、また多数の皆様のご参加を賜り、第2師団・旭川駐屯地の創立記念行事を盛大に挙行できますことは、全隊員にとって喜びであり、心からお礼を申し上げる次第であります。
改めまして軍都といわれるここ旭川をはじめとする各地の皆様、歴代師団長、駐屯地司令をはじめとする諸先輩のご尽力に、そして、ご家族の皆様の日頃からのご支援に対し、深く感謝と敬意を表するところであります。
さて、今日の自衛隊はいつ何が起こっても不思議ではない時代の中にあります。現実の脅威・危機に対してはただちに行動し、結果を出すことが求められ、まさに今日の脅威に即応し明日に備える自衛隊が求められているといえます。
第2師団も今まで、そして将来的に変わらない「北鎮」という任務と、全国唯一、将来の陸上自衛隊の新しい戦い方を検討する部隊実験を担当する「先進」という2つの任務があります。
ここに改めまして第2師団の全隊員が皆様方の期待に応えるよう、厳正で精強で即応する武装集団であること、より志高く目線は低く、常に地域に密着した自衛隊になることをお誓い申し上げます。
また隊員諸官に対しては、誇り、感動、感謝の心を減ることなく、さらなる精進訓練をつみ重ね、多様な任務を遂行するに足る気構えと実力を涵養することを期待するものであります。
本日はこの雨模様の中、かつお忙しい中、遠路早朝からご臨席を賜りありがとうございます。皆様方に重ねてお礼申し上げると共に今後とも第2師団並びに旭川駐屯地に対し、より一層のご支援、ご協力をお願い申し上げ、式辞とします。
平成21年6月14日
陸将佐藤修一

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旭川市長挨拶

Sn3d0446 ■西川将人市長

本日は陸上自衛隊第2師団創立59周年、並びに旭川駐屯地開設57周年を記念いたしましての式典に、大勢のご来賓がお集まりになり、このように盛大に開催されますことを心からお祝いお喜び申し上げたいと思います。管内の首長またはご来賓を代表し、一言ご挨拶を申し上げさせていただきます。
第2師団の皆様方には日頃より、日本の安全並びに国民の生命の安全の為に、大変なご尽力を頂いていることに感謝を申し上げます。また北海道の北の守り、「北鎮」という役割を担っていただいており、またそのためには日頃から大変厳しい訓練に邁進されている事に敬意を表したいと思っています。
いま国におきましては21年度末をめざして、新しい防衛大綱並びに次期中期防衛力整備計画が、いま準備をして策定中でございます。私どももいろんな機関・団体を通じ、国・機関に対しては、この北方の守りをこれ以上削減して頂きたくない、そういう要望をこれまでも出してきておりますが、引き続きまだ予断を許さない状況が続いております。私どもも、管内そして北海道が一丸となりまして、この北海道地区の陸上自衛隊を含め、兵力または皆さんの人員がこれ以上削減されることがありませんように一生懸命頑張って参りたいと思っております。
また北海道という土地柄は、津軽海峡を隔てて本州と離れて一つの島となっております。万が一の災害時には、皆様方の日頃の訓練、そういった機動力が大変重要になってきます。また地域におきましても、これまで旧第七師団以来から含めて、大変地域と密着して、これまでも街づくり、地域づくりを一緒に行ってきたということもございます。地域に対しての経済的な役割も大変大きなものがございます。
また極東の脅威、国際的な不安定環境は未だ解消されぬ中、皆様第2師団におかれましては、今後も引き続きこの北方の、北海道の守りの要として、この旭川の地に、この道北の地にしっかりと根付いて頂けますように心からお願い申し上げ、大勢のご来賓、大勢の首長を代表いたしまして一言お祝いのご挨拶に代えさせて頂きます。

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今津寛衆院議員挨拶

Sn3d0447 ■今津寛衆院議員

59年と57年のお祝いを心から申し上げたいと思います。雨の降る中、式典が粛々と行われておりますが、「さすが」という言葉しかありません。精鋭の皆様方のお姿に、先ほどから感動を覚えています。今日この会場に来ておられる隊員諸官のご家族も、諸官のことを誇りに思って見ていると思います。
さて私は防衛庁副長官を務めましたが、いま我が党の防衛政策検討小委員会の委員長も務めています。今日わざわざお越し頂きました参院議員佐藤正久先生は事務局長を務めております。次期防衛大綱がどうあるべきか、10年後の日本の防衛がどうあるべきか、ということを真剣に議論させて頂きましたが。、その中で集団的自衛権の解釈の問題、あるいは敵ミサイル基地の●●●●●の問題、あるいは武器輸出3原則の見直しの問題などいくつかの提案をさせていただいておりますが、その中でも一番大きな問題は、我が国の防衛勢力のあり方という原点にかえった問題であります。07大綱、16大綱をはじめ、ずっと我が国の防衛は抑制の中にありますが、北朝鮮の地下核実験あるいは弾道ミサイル発射さらには中国の非常に大きな防衛費の増大など、周辺諸国の状況に比べこのままではいかに自衛隊の諸君が優秀であるといえども、我が国極東の安全を守ることができないというこの考え方にたって、今回は考え方を改めて、骨太の方針あるいは●●●●●をうけ、防衛については適切なる人員、適切なる予算の獲得する、と明記させて頂きました。
まだまだ予断は許しませんが、先ほど西川市長からもお話がありましたが、道民の願いでもあり、それは我が国国民の願いでもあることを確信とし、その事の実現のために邁進させて頂きたいと思っております。
いよいよ我が国をとりまく状況は非常に厳しい状態になると思います。我が国は国際社会の中で名誉ある地位を占めたいと思う、この考え方にたって国内外で皆様方のご活躍に、心からご期待を申し上げるものでございます。
皆様方が私たちの防衛の任についておられる、その事に誇りを感じております。どうかこれからも益々ご精錬されご活躍されますことを心からお祈り申し上げます。
佐藤師団長、富樫司令をはじめ、皆様方のご活躍、心から申し上げお祝いの言葉にかえさせていただきます。おめでとうございました。

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2009年4月 8日 (水)

自衛隊ヘリコプター、連続して夜間訓練で苦情来る

4月6日~7日の両日、陸上自衛隊第2師団第2飛行隊のヘリコプターと思われるヘリ2機が夕方6時過ぎから8時過ぎまで2夜連続の夜間飛行訓練を行いました。春になって飛行訓練が頻発してきたと過日書いたばかりでしたが、平穏な夜を打ち破る上空の爆音に、複数の市民から当会に「苦情」というか「情報提供」の声が寄せられました。

確認しているのは両日とも2機(一部に3機?との声もあったが、明確に確認したのは2機)のヘリコプター(OH-6か?)が陸上自衛隊旭川駐屯地から旭川市末広と東鷹栖あたりまでのエリア上空を周回飛行していたこと。赤い点滅灯は昼間の飛行時より低く見えたものの、それは確かかどうかは不明。

末広在住のある男性は「自宅上空を10分間隔で飛んでくる。真上を通るらしく定期的な爆音は耳障り」と話しています。

大町在住の男性は「6日夜7時30分に2台(2機)飛んでいる。TVの音も聞こえないくらい」とわざわざ連絡をいただきました。

実はブログの記事を書いている今も市内上空を飛んでおり、定期的に飛行音がやってきます。居住者にとってみれば昼間も飛んで、夜も…となれば強度のストレスとなることは間違いありません。

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これにたいし、特定の意図を持っていると思われる人から「抗議」とも「中傷」とも、または単なる「鬱憤晴らし」とも思える匿名メールが届いています。その内容は「自衛隊のヘリだけとりあげて騒音を言うのは単なる反自衛隊。千歳空港や旭川空港周辺の住民は?騒音を言っているのは極少数ではないか」との意見。他には一部野党に対する誹謗中傷を並べ立て、いかにも私たちがそれら一部野党そのものであるかのような攻撃をなさっています。勘違いも甚だしい。私たちはあくまで一致点で共同している平和活動グループなのに。

基本的にまともな論争でない限り個別回答はしませんが(以前から申しあげていますが、立場は異なっても建設的対論ならばコメントを開示しますし、個別メールへの返答もしています)、多くの市民にとっても有用な情報になると思われるのでここで一言したいと思います。

新千歳空港の騒音問題にかかわる地元住民や自治体の困惑の声と道議会とのやりとりはメディアでも相当報道されていますからここでは省きますが、旭川空港の場合、使用航空機のジェット化にあたっては騒音被害が懸念され、地元住民の声を反映して昭和55年度以降、継続して「航空機騒音測定業務」が実施されています。これは空港設置にあたり騒音被害をうける東神楽町との協定によるものです。ですが、自衛隊ヘリコプターに関しては騒音測定調査が行われているとの情報は確認できていません。直接、第2飛行隊に苦情を述べても「法律で訓練できることになっていますから」の一点張り。設置主体が自衛隊だと闇のベールに包まれてしまいます。

その「闇のベール」は訓練の実情にも反映しています。以前にもご紹介しましたが、総務省旭川行政評価分室の事情聴取結果によれば、自衛隊は飛行訓練に対する自主ルールを持っているとか。そのルールから今回の夜間飛行訓練をチェックすれば、「自主ルール」というのがいかに無意味であるかということがわかります。即ち、(1)飛行訓練は午前8時~午後5時までを原則とし、夜間訓練は週一回程度午後8時まで行うとのこと。すでに7日夜で2夜連続であり、原則を逸脱しています。(2)飛行訓練は郊外の山間部で行っており、住宅地上空は行き帰りに通過するとのこと。ですが前回も書きましたが実際は住宅地の真上を旋回飛行しています。騒音ばかりか、住民は墜落の不安にも覆われているのです。

では、このような「不安」は「極少数」の声なのでしょうか。私たちのもとに寄せられるメールでの市民世論はもちろん数名の方々で「極少数」と思えるかもしれませんが、実際は声なき声がたくさん存在します。例えば旭川市ウェブサイトから次の市民の声を紹介します。

■平成19年旭川市民アンケート調査報告書より:「自衛隊の基地も街の中心に近くヘリコプターが飛び回り騒音がひどいですね。それに敵の標的にされて危険です。自衛隊の方々には申し訳ないのですが、基地を千歳などに統合していただき、跡地は公園にしてください」(神居地域・男性・40代)

■平成19年6月20日まちづくり対話集会での西川市長挨拶:「地域のみなさんから『市長への手紙』などでご意見を頂いておりますが、春光地区から頂いたご意見では、例えば自衛隊のヘリコプターが飛行しているがもう少し周囲に配慮願えないでしょうかというようなご意見を頂いていたり…(後略)」

前者の「千歳に統合」というのは私たちの意見ではありませんが、もし自衛隊がどうしても訓練が必要だというならば離島とか真に山間部の奥深くなどにヘリポートを建設して訓練するのも一案かと思います。また後者の市長挨拶ですが、第2師団創立記念行事の来賓挨拶で自衛隊を天まで持ち上げる挨拶をして、とても「反自衛隊」とは思えない西川市長がわざわざ春光地区での対話集会でそのような例をあげるということは、背景に相当の苦情があると推察せざるを得ません。

私たちは35万都市上空での危険な飛行訓練を恒常的に行われ、市民生活の平穏を崩されることに反対です。ですがその思いを脇に置いたとしても、まずは自衛隊には自ら原則としたルールは守ってほしいですし、そもそもどういう訓練をするかということは地元自治体および住民と話し合って大枠を決めていってほしいと思っています。そういった歯止めが無ければ、際限なく訓練が拡大していってしまいます。

そのような地域住民の切なる願いを「反自衛隊」とレッテル貼ることは、まるで自衛隊情報保全隊がフツウの市民運動を「反自衛隊活動」と規定して違法に情報収集・蓄積をしていたことと似ているように思えてなりません。

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2008年12月 1日 (月)

鷹栖町で武装自衛官による徒歩行軍、との情報

11月14日、鷹栖町に居住・勤務されているW氏からの連絡によれば、「鷹栖町で自衛隊が武装行軍を行っている」とのことで、概要でいえば大筋以下の情報提供がありました。
・2008年11月12日、鷹栖町の路上で完全武装の自衛隊員約60名の行軍を視認。
・〈1回目〉朝9時30分頃、鷹栖町9線4号~5号付近、北野⇒鷹栖(西⇒東)に向けて歩行行軍。
・〈2回目〉同日午後3時前頃、鷹栖町9線7号~9号付近を逆方向に行軍。
・隊員らは迷彩服にヘルメット、小銃(89式小銃か?)の装備で10名×6部隊。
・「ロケットランチャー」(詳細不明)をリヤカーで牽引。
・兵員輸送車が朝1台、午後4台伴走。

Type_89_assault_rifle_jgsdf ■89式5.56㎜小銃

800pxjapan_ground_self_defense_forc ■89式小銃を構える武装自衛官

W氏によれば鷹栖町ではこれまでも15名前後の自衛隊員の姿を目撃したことはあるものの、近文台分屯地方向から「鷹栖基本射撃場」(陸上自衛隊の射撃訓練場)に向けてライフル銃のようなものをもち行軍している内容で、今回のような大人数はW氏もはじめて見るそうですし、移動方向も全く別方向です。この情報をもとに地図を作ってみましたのでご覧ください。地図を見れば行軍コースのすぐ近くに「たかす円山幼稚園」があることがわかります。他にも「鷹栖養護学校」もあります。

Pb220001 ■鷹栖町北野周辺図

さっそく11月14日午後、山田が陸上自衛隊第2師団広報室に電話。事実関係の有無等質問をしました。応答した師団広報担当者は「確認の上、駐屯地広報から返事をさせます」とのことで待っておりました。10日以上経過するも音沙汰がなかったので、11月27日午後、第2師団公式ウェブサイトの「ご意見」メールから返事をほしい旨送信しました。すると翌日11月28日朝、「自衛隊の山田」と名乗る男性から電話があり、以下の回答がありました。山田がお聞きした内容の骨子を以下に紹介します。
・その行軍は行進訓練で、20キロ行軍とか50キロ行軍とかの徒歩行軍の訓練です。
・12月には予定はありません。2009年1月以降については未定(計画が定まっていない)です。
・警察に「道路使用許可」と「武器携行許可」を申請し、許可を得て行っており問題ありません。
・このような行軍訓練は夏場(非降雪期)だけであり、冬場は上富良野演習場でスキー訓練となります。その際、上富良野駐屯地付近の公道を使用することもあります。
・徒歩行軍はどうしても必要な訓練なので理解していただきたい。

そこで山田からいくつか質問をさせていただきました。
■平和委「ルート付近に幼稚園があったが、せめてそれは回避できないか?」
□自衛隊「ルートは目的地との最短距離を設定したと思います。担当者は幼稚園とかそういうことは頭に無かったのではないかと思います。担当者に伝えます。」
■平和委「武器携行もどうしても必要か?武器は子どもや市民からみて異様であり、持たないとか、せめて代替品で応用してほしいが検討してもらえないか?」
□自衛隊「代替品ですね。担当に伝えます。いただいたご意見は参考にしますのでご理解ください。」

このときの電話では聞きそびれましたが、随分以前から行っているのではないかと思います。そういう口ぶりでした。どの部隊が実施していたのかは明らかにはなっていませんが、推測のひとつとしては第2師団公式サイトによれば第2施設大隊が11月10日~12日で野営訓練をしています。もしかするとその一環かもしれません。
今後も実施する予定とのことです。先ほども述べましたが鷹栖町北野は鷹栖養護学校もあり、特に昨今個人住宅が集中的に開発されつつある市街地です。新たに家を建てる若い世帯が多く、子どももたくさん住んでいます。繰り返しますが武器を携行しての行軍は行うべきではありません。

今回の事例をどう思うか?何人かの方に意見を聞きました。
●鷹栖町北野在住のご夫婦「私も妻も『とんでもない!!!!話だ』と怒っています。おっしゃる通り、この辺は養護学校、幼稚園、保育園、そして住宅が広がっている地域です。午後3時前だとすると、ちょうど子どもたちの下校時間にもなります。(下校時間というのが)なんだか「確信犯」的な動きに感じますね。16年前、私達が紋別に住んでいた時、自衛隊の90式戦車の射場を紋別「鴻之舞地区」に作ろうという動きがありました。その反対運動集会で、美唄専修短期大学の先生が講演をしました。彼は「自衛隊はプロパガンダのためにわざと制服で出勤・退勤したり、青年は定時制高校へ制服を着て登下校する。」などと言っていました。そんなことと重なりますね(※1)。ここ北野地区にはかなりの数の自衛隊員の世帯が暮らしてもいます。当たり前ですが皆さん昼夜、迷彩服で出勤・退勤していますし、バス通勤の私も時々迷彩服で乗車する自衛隊員を見ます。あまりいい気持ちはしませんね。」
●鷹栖町出身で現在道外の大学生「鷹栖でそんなことやられてるんですね。率直に、やめてほしい。もちろん全国どこでやられてもやめてほしいけど、鷹栖は特にそう思います。私の帰る(帰省する)1月にやろうもんなら、座り込みをしてでも止めさせたい。」
(※1)上記ご夫婦のコメントには誤解も含まれていますので訂正しておきます。自衛官は「自衛官服装規則」で通常制服の着用を義務付けられています。ですから自衛官の一人一人の意思によらず、着用せねばならないことは理解せねばなりません。しかし一方で、このような駐屯地・演習場外での迷彩服・「軍服」の着用に強い違和感を覚えることも事実です。そのような声は決してこのご夫婦だけではありません。同規則は例外規定を設けていますので自衛隊は組織として施設・区域外での制服着用については自粛するように考慮いただきたいと思います。

今後もこの問題を取材すると共に、当会青年部として市街地行軍の中止、すくなくとも武器携行の中止やルート設定の改善等を求めていきます。この問題での市民のみなさんからの情報提供を呼びかけます。

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2008年8月13日 (水)

ヘリ騒音問題 番外:「第5回をみての感想」が届きました

旭川市在住のNさんからブログを読んでの感想メールをいただきました。ヘリ騒音問題の第5回のデータを見ての感想です。Nさんの許可をえて、そのまま転載します。

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Nです。ブログ記事見て思ったので一言コメントです。東京にいたときのことです。

>訓練コース下の住民にとってはいかに昼間だろうと、うるさいと思うのも仕方ないはずです。実際に訓練コース直下(大町)の住人から、「ノイローゼになりそうだ」と飛行時間等を記録したメモが届いています。

実家が空港に近く、YS-11の飛行コースのほぼ真下にありました。空港が近いとは言っても5kmくらいは離れているし、短距離着陸のYS-11だから「ブーン」てな感じで音そのものはたいしたことないけど、テレビは朝の連続ドラマ最中に必ず乱れてけっこう「イラっ!!」としてました。
あと、市民プールがジャンボジェットの着陸コースの直下で、こちらは本気の爆音でしたよ。まあ、こちらについては埋め立て地の遊び場所でしたから飛行機がかっこよかったという記憶ですけど、音はすごかったです。
それから、職安に行ったときに丁度着陸するところに出会ったことがあります。年500回あれを聞きたくはないなぁ。ヘリとは言っても通常は飛行機と同じように徐々に高度を落として着陸するわけだし、発着陸は航空機にとってはもっとも危険な状態にあるわけだから、あんな街中に飛行場があるなんて異常以外の何者でもないと思います。
騒音レベルの測定とか、大町界隈で測定まで行かなくても体験してみるとかできないかなぁ。

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2008年8月12日 (火)

ヘリ騒音問題 第5回:「年間504回890時間」―旭川駐屯地のヘリ訓練詳細が判明

この問題の第4回で直撃させていただいた共産党のおぎう和敏氏から、「旭川駐屯地のヘリ訓練の詳細を取り寄せたので一部提供します」との連絡を頂きました。これまで私たちが自衛隊に問い合わせてもなかなか出てこなかった資料ですからぜひ一度見てみたいと、さっそく受け取りに行きました。そして見せていただいたのはこちら。

P8090001 ■提供受けた資料3点

提供されたのは次の3点。〔1〕平成17年度~19年度の旭川駐屯地における飛行訓練関連のデータ(17-18年度は訓練計画からの抽出、19年度は訓練実績)、〔2〕飛行訓練コース図と思われる線入りの旭川市北部および鷹栖町北野周辺の地図、〔3〕旭川駐屯地所属ヘリの写真。これら資料をざっと見た結果感じたことをいくつか書きます。

第一:19年度飛行訓練実績⇒規定内でもすさまじい回数・時間。規定外はないのか?これだけなのか?

P8090002 ■19年度の資料(一部)

以前「ヘリ騒音問題第1回」でご紹介したA夫妻が行政評価分室を通じて確かめた自衛隊の飛行訓練「内規」によれば、自衛隊は概要次のルールで飛んでいるそうです。

〔1〕原則8-17時、例外で週1回程度21時まで

〔2〕原則2機編隊。3機以上の編隊は組まないようにしている(騒音のため)

〔3〕訓練は郊外の山間部上空で行う。市街地上空は行き帰りのみ

訓練での総飛行回数が504回、飛行時間は890.5時間。第一印象は「規定時間内であっても多いなー」というものでした。平均すると一日1.4回、2時間半弱の計算。訓練コース下の住民にとってはいかに昼間だろうと、うるさいと思うのも仕方ないはずです。実際に訓練コース直下(大町)の住人から、「ノイローゼになりそうだ」と飛行時間等を記録したメモが届いています。

さらに規定外については平成19年度の飛行実績一覧を見る限り「無い」ことになっているのです。2回だけ2夜連続して20-21時までの飛行訓練をしているときがあり、厳しく言えば「週1回程度21時まで」に反しますが、年間を通じて平均すれば週1回以下です。とくに気になるのは早朝訓練の記載がまったくないことです。

もちろんこのデータは「飛行訓練実績」を記しているのであって、きっと急病人緊急搬送や行方不明者の捜索等は加味されていないのだと思います。訓練内容の項目にも「編隊飛行」「戦技操縦」「基本操縦」「試験飛行」「計器訓練」「夜間飛行」などの項目はありましたが「災害出動」などはありませんでした。

だとしても旭川駐屯地(第2飛行隊)では災害出動以外で早朝6時台からの訓練飛行を行っているはずです。以下の2例によってそのことは明らかです。

第一は前述A夫妻の問い合わせ結果。A夫妻が自ら記録した早朝訓練時間メモに基づく2度目の問い合わせに対して、自衛隊は平成16年3月~10月までの間に6回の午前6時~7時台の訓練飛行を認めています。

第二は上記大町在住Mさんから寄せられた今年の記録メモです。

P8050010 ■Mさんの手書きメモ

寄せられたメモは合計6枚。上記写真のようにヘリ飛行のたびにメモしていました。Mさんは日中も気づいたらメモっていましたが、このうちこちらで赤線を引いた部分は規定外の飛行訓練です。例としてあげた上記部分だけでも相当の飛行をしているのは明らかです。

残念ながら平成19年度の記録は手元に届いていませんが、平成16年やっていて、平成20年もやっていて、平成19年度は「やってません」ということがあるでしょうか。訓練計画では「0300-1230」といった時間指定もありました。これは午前3時から昼の12時30分までの間で○時間訓練しますよ、という計画だそうです。だとしたら3時から8時までの間にやらない保証はないのです。19年度、本当にやってませんか?

第二:飛行コース⇒「郊外の山間部」といいながら半分は市街地上空

提供された飛行訓練コース?と思われる地図はこちら。

P8090003 ■原図

これに場所等がわかるように赤ペンでメモを書き加えてみました。「自」と書いた部分が旭川駐屯地です。

P8090004 ■メモつき

自衛隊は高度500メートルを心がけている、と説明しています。航空法の最低飛行高度は150メートル。「配慮しています」とのアピールです。ですが上昇と下降ではそれ相応の低い高度となります(あたり前ですが・・・)。実は飛行コースの市街地部分のかなりの部分が上昇と下降にかかるのではないか?と思うのです。ですから高度500メートルで飛ぶのはあまり人の住んでいない山間部(それでも住んでいる人はいるので500メートルは必要です)。駐屯地が市街地にある限り、飛行ルート直下の住民は騒音に悩まされるのです。

P8090005 ■重なる「ルート」と「騒音苦情」

P5190005 ■騒音苦情地点

私たちとしては「郊外の山間部で訓練」というのは飛び立ったヘリが遠くまで飛んでいって、そこで訓練をして帰ってくる。だから行きかえりとはいえ、市街地上空を飛ぶのはごく僅か、と受け止めていました。でも実態は違います。おかしいなと思っていたら、実際は郊外も含め、駐屯地周辺の市街地も含めた周回コースで訓練しているのですし、小さな周回コースは市街地の上空ばかりをまわっているのですからそれこそ騒音は撒き散らされているのです。

以上を踏まえて考えたこと。自衛隊に率直に提起します

ようやく明らかになった飛行訓練ですが、それでも実態は不明瞭な部分が多く、聞きたいことも山ほどあります。また住民サイドとして要請したい事柄もあります。

そこで自衛隊第2師団または第2飛行隊に提起したいのですが、一度ヘリ飛行訓練に関する住民説明会を開いてはどうでしょうか?その場で住民からの意見なども募り、今後の市街地での飛行騒音の軽減、住民生活の向上に結実させていってはいかがでしょうか?ぜひ検討していただきたいと思います。

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2008年8月 1日 (金)

ヘリ騒音問題 第4回:「苦情」には「配慮」と防衛省

「苦情があれば」「配慮します」と防衛省担当官。先に夕張の「市街地戦闘訓練施設」問題の報道でも紹介した共産党北海道の政府交渉団。この防衛省交渉で旭川駐屯地のヘリ騒音問題と上富良野演習場の国立公園への拡張問題が話題になったそうです。

「赤旗」7月31日付北海道のページによれば旭川等で活動するおぎう和敏氏が「うるさかったという言葉があいさつがわりに交わされている」と実態を告発したそうです。これに対し防衛省担当官が「苦情があればパイロットに伝え、帰航ルートを別コースにするなど配慮する」と答えたそうです。記事ではさらにおぎう氏が「駐屯地の移転を考える時だ」と対策を迫ったとあります。また、上富良野演習場問題では国立公園への拡張計画の中止を求めたそうです。

Photo ■7月31日付「赤旗」より

防衛省の回答や「駐屯地の移転」というおぎう氏の迫った内容をもう少し知りたいと思った山田は、共産党旭川地区委員会事務所におぎう氏を直撃しました。

■山田「ヘリ騒音に対して防衛省はどう言ってますか?」

○おぎう「訓練はやらねばならん、の一点張りで話にならない。少しでも住民の願いを考え、訓練や自衛隊・駐屯地そのものの廃止は脇に置き、ヘリ騒音にどう対処するかを迫りました」

■山田「防衛省が具体的に述べたことは?」

○おぎう「記事にもあるけど、苦情が来たときうるさい場所を聞く。管制塔はリアルタイムにヘリとつながっており、苦情地域をよけてコースを変えて飛行するよう指示することはできる、という話でした。対処療法で、必要以上の怒りを広げないように、というだけの対処ではあるがまずは一歩前進だと思います」

■山田「記事のなかで『駐屯地の移転』と述べられていますが、真意は?」

○おぎう「駐屯地、というわけでなく飛行隊、ヘリ訓練の移転を提起しました」

■山田「記事では『市と駐屯地が隣接した歴史的な経過』とも書いていますが、どういう意味ですか?」

○おぎう「第七師団ができた頃、師団のまわりに市街地はありませんでした。当時、旭川の市街地は石狩川以南にありました。ところが今では駐屯地の周囲は住宅密集地です。少なくともヘリ訓練するには相応しくないのでは?ということを提起しました」

■山田「移転という場合にどこへ・・・?」

○おぎう「それは具体的にはよく考えないといけませんが、例えば名寄駐屯地は市街地から離れたところにあります。同じく上富良野もそうです。検討をすすめるなかで、具体的な候補地が浮かぶと思います。もちろん訓練自体の廃止が私たちの願いですが」

■山田「なるほど、わかりました。ありがとうございます」

以上のやりとりから次の諸点についてわかりました。

(1)ヘリ騒音があった場合、自衛隊側はコース変更などできうる何らかの対応をするので苦情を伝えたほうがよい。その際、「末広○条○丁目」程度の住所は場所特定のため必要なので伝えるべきだ。

(2)自衛隊は名前も聞くが、それはどうかと思う。苦情情報を蓄積し、個人特定のために名前を聞いていると思われるので言わずともよいのでは?

(3)第2飛行隊の移転、という可能性もあるわけで、世論喚起の意味でも苦情は駐屯地とともに市役所にも伝えるべき(ただし市役所は情報蓄積していない、とのこと)。

余談ながらおぎう氏によれば、訓練のヘリは常磐公園から市役所方向にむけてルートをとって飛んでいるらしいです。そういう意味では市役所はなめられているのではないでしょうか?ルート周辺の方々はどんどん電話したほうがいいです。

〈苦情・抗議先〉

陸上自衛隊第2師団「ご意見・ご感想」 http://www.mod.go.jp/gsdf/nae/2d/mailform/index.htm

陸上自衛隊旭川駐屯地代表 0166-51-6111(「第2飛行隊」を呼び出し)

防衛省・自衛隊「ご意見箱」 infomod@mod.go.jp

総務省行政相談受付 https://www.soumu.go.jp/menu_03/hyoukakyoku/gyousei/gyousei-form.html

〈関連サイト〉

陸上自衛隊第2師団 http://www.mod.go.jp/gsdf/nae/2d/

陸上自衛隊第2飛行隊 http://www.mod.go.jp/gsdf/nae/2d/butai/2avn/index2.html

防衛省・自衛隊 http://www.mod.go.jp/index.html

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2008年7月29日 (火)

夕張に「市街戦訓練施設つくりません」と防衛省

以前、北海道新聞の報道紹介として「夕張に『市街戦演習誘致』?」との記事をUPしました。2008年5月24日付の記事です。詳しい内容はリンク先をご参照ください。

続報が無かったのですが、7月26日付「赤旗」北海道のページでこの報道に対する防衛省の回答を見つけたので本欄でご紹介します。

P7290001 ■「赤旗」2008年7月26日付

この記事は日本共産党北海道政府交渉団が「各省庁に要請」した際のやりとりを報道する記事の中で、夕張問題について同党の前夕張市議が防衛省に行った質問への回答として紹介されています。

写真でもわかるとは思いますが回答部分のみ抜粋すると、「市街戦訓練施設をつくる計画はありません。夕張市と協議する予定もありません」と防衛省担当者。これで当面、この計画とやらは無いでしょう。ただし、水面下の動きか、または別に報道された「放射線廃棄物最終処分場を誘致」などの報道がどうなるのかについては明白ではありません。

いづれにしても、夕張商工会議所がぶち上げたこの計画。「例外なくなんでも考えよう」という趣旨だろうとは思いますが「市街戦訓練施設」や「放射線施設」は根拠も無く言うべきではなかったのではないでしょうか。かえって住民の不安、夕張に支援の気持ちをもっている人に冷や水をかける、などの反作用が大きかったのでは?私はその心配をメールで送りましたが、夕張商工会議所からは何の返答もありません。

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2008年7月17日 (木)

なんだか、夜にヘリがウルサイようです

「最近、自衛隊のヘリが夜飛んでいてウルサイ」という情報が複数の方から寄せられています。今日なんて、山田が健康診断で訪ねた病院の技師の方が「なんだか自衛隊のヘリが夜飛んでいるんだよ。あれは何やっているのだろうか?」と聞いてきました。

春光ポスフールの近くに住んでいる友人がヘリ飛行情報をマメにメモしてくれている、というので近々その情報もUPできると思いますが、それは次回にまわします。

以下は「現役自衛官だってウルサイものはウルサイ」という話と、「それは北方転地演習の一環ではないか」という情報について。

とある掲示板にこのような情報のやりとりが掲載されていました。

Kaitenyoku001

で、もうちょっと探してみたらこんなコメントも。

Kaitenyoku003

どうやら情報もとのお方は元自衛隊員のかたみたいなんですが、それでも「昔」は「夜中にヘリなんか飛ばなかった」ということです。上の写真で現役だとおっしゃられている方も「毎晩うるさいと思っている」とおっしゃるように、周辺で暮らしている人にとってはウルサイのです。そのあたり、第2飛行隊のみなさんはご理解いただいているのでしょうか。

ということで、第2飛行隊広報に電話してみました。

■山田「山田と申します。最近、夜にヘリがうるさいようですがいつまで続くのですか?」

●広報「もう終わってます」

■山田「友人からも『うるさいから聞いといて』と言われているのですが、何をされていたのですか?」

●広報「いやあ、よくわかりません」

■山田(そんなはずはないだろ!と思いつつ)「夜おそく飛んでいたみたいですね」

●広報「そうみたいですね」

■山田(すげーヒトゴトだな、広報なのに)「何か災害救助とかあったんですか?」

●広報「それは違います。訓練で」

■山田「とにかく夜のヘリは、もう止まってるんですね」

●広報「はい」

以上のようなやりとりがありました。数分間の会話です。ってゆうか、広報としてそれでいいんですかね?仕事果たしていませんよ。別に師団広報を出してもらったわけでなく、第2飛行隊広報なんですよ。隊が何をしているかくらい把握しているでしょう。きっと「怪しい電話だ」と適当にはぐらかしたのでしょうね。対話意欲をまったく感じませんでした。また電話しますから、次はちゃんと回答してくださいね。

ちなみに関連しているかどうかわかりませんが、16日午後8時30分頃、末広付近の国道40号線で8台以上の高機動車HMVがホロに迷彩の網をつけて隊列組んで走っているのをみかけました。暗くて所属まで確認できませんでしたが、ヘリの動きもあり(第2飛行隊には配備されていない「新型攻撃型ヘリ?」との情報もあり)、HMVの隊列もあり、ちょうどいま行われている北方転地演習の関係かなー?と思ったり。だとすれば防衛省も発表していることなんですから、ちゃんと市民に対して説明すべきなんです。

ちなみに、7月11-12日には暑寒別岳で行方不明者に対する災害派遣で第2飛行隊のヘリが複数出ていますが、実際に飛んだのは12日の昼間だけです。

北方転地演習で矢臼別演習場に結集されているみなさんが復路戻られるまで、この旭川周辺でも様々な自衛隊車両が走り回る姿を見るのでしょうか。慣れぬ土地を走っていて、思わぬトラブルから事故を起こさぬようお願いしたいものです。国道を走る自衛隊車両が事故を起こせば、周囲の民間車両が巻き込まれる危険性は非常に大きい。「本番のとき、そうならないように」とおっしゃるかと思いますが、毎年やってこられる住民の不安も考えてみてください。

Kc330287 ■2008年6月4日、静岡での事故報道

Kc330278 ■同事故のテレビ報道の様子

自衛隊ヘリの夜間飛行については、友人氏からの情報が届き次第続報を掲載したいと思います。

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2008年6月 6日 (金)

2008年北海道護国神社慰霊大祭

2008年6月5日、北海道護国神社慰霊大祭の本祭一日目が開かれました。今年も例年と同じく現地を取材し、制服を着用した幹部自衛官の神道行事参加状況などを確認して参りました。

前提として申しあげておきたいのですが、信教の自由は誰なりとも認められなければいけません。ですから宗教法人としての北海道護国神社がどのような祭祀を行おうとも、それは保障されるべきで、それを妨害するようなことがあってはなりません。ですから私たちの現地調査もできるだけ邪魔にならないよう配慮して実施しました。しかし一方で、行政機関とくに国の機関が特定の宗教団体・宗教行事に肩入れし、これを擁護・支援しているかのような政教分離原則に反する事態があったとすれば、これは黙認できません。きちんと問題提起していきたいと思います。ここらあたりに私たちの判断基準があることを申しあげておきます。

余談を申せば、いわゆる靖国派の主張には相容れないものが多く、それは批判しています。しかしそのことと、彼らの信仰の自由が守られるべきであることをごっちゃにしてはいけないと考えます。もちろんボーダー上の様々な問題は生じると思いますが、それは個別具体的に判断していきます。

さて今年は5日だけが晴れ上がりました。4日は突如として大雨が降る時間もありました。この自然現象を「亡くなった兵士の涙」とか「遺族の献身を思う神の涙」とかおっしゃる方もおられますが、これは季節的な天候不順によると思います。

旭川に引っ越してくると、この時期だけでなく各神社の例大祭の時期に街々に掲げられる「御祭禮」ののぼり旗の乱立が異様に思えます。

Kc330277 ■多くは町内会が掲揚

辞書をひけば「祭礼」とは「神社などの祭り」とあります(単に「祭り」としている辞書もあります)。どう考えてもこののぼり旗は例大祭にあわせてこれを祝うために掲げられているという理解が素直でしょう。これを町内会が行う。公共性をもつ自治組織としての町内会がこれを推進するというのは、旭川では「普通」に行われていても、他の地域ではあまり「普通」ではないことを指摘しておきたいと思います。

余談ながら、こののぼり旗の立ち具合は町内会によってかなりアンバラがあります。立っているところは密度濃く立っていて、そうでないところはほぼ皆無です。これは町内会長さんまたは神社委員さんの思い如何で変化するのでしょう。旭川に転入して10年ほどになる若い夫妻が一戸建てに引っ越したとき、祭りの時期に町内会から「これを掲げてくれ」と「御祭礼」ののぼり旗を持ってこられ、本当は嫌だったそうですが「転入したばかりだし、近所付き合いもあるし・・・」と引き受けた、という話を聞いたことがあります。別のある地域では町内会の役員さんと思われる男性らが、軒並みのぼり旗を立てている姿を見たことがあります。実際はそういう実態がほとんどなのではないでしょうか。

さて儀式の様子ですが、当ブログを開設した直後の昨年6月にも報告記事を書いています。これを重なるような記載は極力排し、今年気づいた特徴的な事柄を列記していきたいと思います。

P6050009 ■第2鳥居と神門

毎年通えばある年に気づかぬことを改めて気づく、ということがあるのだなーと思います。去年以前もおられたのですが各地遺族会のバス整理や会場案内等の要員の方が目立つ蛍光色のジャンバーを着ておられます。

P6050010 ■社務所の前で

この方々は氏子の人達なのかなと思っていたのですが、写真の通り「隊友会」の方々だとわかりました。隊友会はご存知自衛隊員のOB組織。今年2月11日の「建国記念の日」の靖国派集会を主催する一方の軸でした(もう一方は日本会議上川)。

P6050012 ■消防団員が警備にあたる

上は神門前で警備に当たる消防団員さん。去年「制服姿の男性らが境内各所で警備にあたってる」「消防団員のようだが、なぜ警備しているのだろう」と疑問を持ち、市の消防当局に尋ねたところ「警備(救護?)要請があって出動しています」との返事。なるほど、と思いました。要請があれば出ざるを得ないでしょうね。

P6050014 ■入場する神職たち

いよいよ儀式がスタートするのですが、この神職の近くで警護している(右折するポイントに立っている?)のがボーイスカウトの年輩の男性。ボーイスカウトは護国神社のすぐ裏手に事務所がありますが、旧軍や護国神社と深い関係があるようです。以前は儀式の最後に若いスカウトたちによる「同期の桜」の舞が行われていたそうですし、現在でも神門前で演奏を担っていると説明にありました(見てはいません)。

Kc330027 ■北鎮記念館の展示より

それもそのはず、旧第七師団長だった宇都宮太郎さんという人物が旭川のボーイスカウトを立ち上げた張本人なのです。上の展示は写真の説明文。この写真は護国神社で清掃奉仕をするボーイスカウトの姿があったような記憶があります。旧軍と護国神社とボーイスカウトは切っても切れない関係のようです。人的結びつき(例えば、ボーイスカウトからの自衛官勧誘とか、自衛隊OBがボーイスカウトの活動を支えるとか)についてはよくわかりません。

P6050019 ■拝礼をする自衛官たち

儀式がスタートし、特別来賓席に座る幹部自衛官たち。知人によれば「去年より数名多いのではないか」とのことです。具体的にはわかりません。

P6050128 ■2006年6月5日の同じ場面

探したら2006年のものが見つかりました。構図がまったく同じですね、自分でもビックリ。これで比べると前列の方だけですが2006年は7名、今年は6名です。航空自衛隊がお一人増えたみたいですね。でも2007年の参列者名簿をみたら、空自から2名きておられます。毎年、正確に名簿で肩書きを把握しないとわかりませんね。

P6050023 ■北部方面総監?

そして今年も今津寛国会議員など多くの文民に先立ち、制服幹部が玉串を捧げました。昨年、私たちが提出した質問状への第2師団広報室からの回答によれば、彼ら制服幹部達は「休暇」中であるとのことです。随行員も含めて「休暇」だそうです。玉串も捧げず、ただ随行員として同行し幹部の世話を焼く隊員も、自らの信条に基づき「休暇」を取得して参列しているというのです。にわかには信じられませんが、広報室がそうおっしゃるので、まあそうなのでしょう。

P6050016 ■遺族会のみなさん

さて、全道から駆けつけた遺族会のみなさんは私の計算では1000名~1500名くらいでしょうか。高齢化にともない、参列者数の減少があるようです。座る場所も空白が目立ちます。戦没者の追悼だけに留まらず、様々な活動で高齢化は深刻なようです。立場の違いを超えて、戦争に散った家族・親族など大切な人を思う遺族の方々の純粋な思いには敬意を表します。

この会場、儀式の前後にBGMのようにアナウンスが流れています。このアナウンスはヒゲの神職さんが毎年しゃべっておられるのですが、なかなか流暢なしゃべりで耳に入ってくるのです。以前は東京裁判でのインド・パール判事のことなど紹介し東京裁判の「誤り」を伝えようとしていました。パール判事については安倍前首相がパール判事の家族を訪ねたり、昨夏のNHKドキュメントで扱われたりしたので、彼が侵略戦争について猛烈に批判していた平和主義者であることが周知されました。靖国派の思い通りにはいかないものです。今年のアナウンスで覚えているのは、戦争中に撃沈した敵船の兵士を助けた日本軍人についてでした。これは武士道の賜物であると。助けないと後で軍事法廷で裁かれますかね。助けるのが普通なのかなと。

P6050046 ■さあ、帰ろう

儀式は終わりました。一番最後に挨拶する塩野谷宮司の言葉もなんのその、帰り足の早いこと。お疲れ様でした。

P6050048 ■銃剣道の練習

帰り道に境内をウロウロ。平成館(旧北鎮兵事記念館)前の芝生で奉納行事・銃剣道の練習をする人々。剣道の防具を身につけているので「どこか、大学の剣道部員か?」と思いきや、銃剣道などという特殊な「武道」の担い手はやはり自衛隊員の方々でした。

P6050049 ■第2特科連隊

P6050056 ■第2施設大隊

他にも第2通信大隊や本部中隊など幾つかの隊のメンバーが参加していました。彼らもまた「休暇」を取得し、自らの私的活動として、偶然にもグループで奉納行事に参加しているのでしょうか。

P6050051 ■突いているところ

それにしても、やはり銃剣道は軍事訓練なのですね。見ていて、剣道とは異なる変な殺気を感じました。山田は過去に柔道も剣道も嗜んできましたが、そこで得た境地とは異なりました。柔道や剣道は人を生かす武道、しかし銃剣道は「必殺」の技だからなのでしょうか。銃剣、つまり銃に付けている剣で相手を倒す武術。それが銃剣術だと辞書に書かれています。これを奉納して、戦没者たちに何を捧げたいのでしょう。

西川将人旭川市長は回答の通り公務出張で欠席でした。代理も出席していないようでした。そのことは確認しました。この後、7月21日の上川神社祭・神輿巡行にむけて、さらにせめぎあいがあることでしょう。

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