靖国派

2009年6月11日 (木)

投稿:護国神社祭を見ての感想・その2(鷹栖出身の学生Bさん)

さらに護国神社祭の感想が届きましたのでご紹介します。

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福岡県の大学に通っていて、たまたまこの時期に実家のある鷹栖に帰ってきているので、山田さんからのおしらせを見て、慰霊大祭に行ってきました。高校生まで鷹栖と旭川にいたけど、今まで行ったことはありませんでした。

“靖国”は、東京の遠い話じゃないんだなと実感させられました。こんな身近な場所で、“英霊”たちを賛美していたんですね。

2009060509310000_2 ■Bさん撮影

ただ、こういうきっかけがなければ足を踏み入れなかったわけで、私が高校生までの学校のなかで“靖国史観”を教えられたことはなかったです。

慰霊大祭のあいだ、「先人たちのおかげで今の平和がある」だの「全道民が感謝している」だの、そういう言葉が大量にスピーカーから流れてきました。北海道という地で、アイヌの人たちを虐げて殺してきたこの地で、どうしてそういうこと言えるかなと、悔しい気持ちがひとしおでした。

あの時代に、大変な思いをして生き抜いた人たちや死んだ人たちがいたのは事実です。けれども、そんな時代をつくった/つくらせてしまったしまったのはその時代にいた人たちだということも、事実です。この両方をみていないと、平和な方向には進んでいかないんじゃないかなと、私は思っています。

そして、「戦後」のいまの時代が、本当に平和で豊かなのかということを問うこと、自分自身の暮らし方も含めて、その目がなければ、平和の波は広がっていかないと、私は考えます。

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2009年6月 9日 (火)

投稿:護国神社祭を見ての感想(旭川の学生Aさん)

先日レポートを掲載した北海道護国神社慰霊大祭ですが、現地調査に同行した旭川市内の大学に通う学生Aさんから感想が寄せられました。そのまま全文をご紹介します。

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高橋哲哉さんが『靖国神社』という著書の中で「顕彰施設は感情の錬金術だ」と述べておられたけど、護国神社祭で祝詞(?)の口上を聞いていて納得した。大切な人を亡くした悲しみの中であれを聞いていたら、例えば先の世界大戦でも天皇の無策のせいで自分の大切な人が死んだんだ、とは考えにくいのだろうなぁ、と思った。

亡くなった人を偲ぶ場は必要だと思うし、そこに果たす宗教の意味は大きいと思うのだけど、「お国のために」死んだ兵士に「感謝」をささげて、「讃え祀る」のはやっぱり違うと感じた。大切な人がなくなったらそれを「誇り」「喜ぶ」よりも「悼み」「哀しむ」のが人間の自然な感情なんじゃないかな、と思うし、その反省にたって今の日本国憲法には政教分離の条項ができたのではないかと思うのだけれど…あんなことが今でも毎年行われているんですねぇ…

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2009年6月 8日 (月)

2009年北海道護国神社慰霊大祭:見たまま聞いたまま

2009年の北海道護国神社慰霊大祭(以下、「護国神社祭」)が6月4-6日開催され、例年通り6月5日の「大祭第一日目」には幹部自衛官らが参加して神道儀式が執り行われました。今年も「見たまま聞いたまま」を以下に紹介します。

P6050001 ■幹部を待つ随行自衛官

6月5日朝9時、北海道護国神社に着くと参加者はまだまばらで、丁度各地からのバスが着いている最中でした。相変わらず「○○町」などと標記された市町村所有のバスを仕立て(又は市町村や同社協が借り上げた観光バスを仕立て)、市町村職員または社協職員が随行しての遺族会「バスツアー」。同行したAさん曰く「若い人がもっといると思ったのに、お年寄りばかりで驚いた」と高齢化の著しさを感じました。

神社境内の駐車場には到着する幹部自衛官を待つ随行の自衛官の姿が。第2師団広報室によれば彼らも「休暇をとり私人として参列」していることになっているのですが、本当でしょうか?形式的にはそうかもしれませんが、自らが副官を務める幹部が「行く」となれば、どうあっても行かなければならないのでしょうね。任務のうちか…と。

P6050009 ■歌う黒岩安紀子氏

9時30分から境内に作られた舞台上では今年の特別企画らしい歌手:黒岩安紀子氏による特攻隊慰霊歌「知覧の母」が歌われました。いわゆる、「散った特攻隊員のおかげで今の繁栄がある」論にたった(というかそのままの)歌詞。歌を奉納された、と呼ぶのでしょう。聞けば「芸能人」というのは神社仏閣で歌舞演劇を奉納する人を呼ぶらしいので、まさしく黒岩氏は芸能人、ということになりますね。

P6050015 ■社務所を出る幹部自衛官

幹部自衛官たちは各々社務所に集って、時間になれば社務所前で神職に従い「手水の儀」というお清めの儀式を済ませ、陸海空の幹部自衛官のみ10名が列を成し、ボーイスカウトの先導をうけ会場に行進していきます。

P6050019 ■鳥居をくぐる幹部達

神社境内を行進し、参拝の遺族すら寄せ付けない雰囲気はまさに「異様」といえましょう。私人として参加したのであれば、なぜ幹部自衛官達だけでこのように行列を成し行進せねばならないのでしょうか。

P6050004 P6050005

儀式開会までの参列者が自由に参拝している時間に特別来賓席をのぞくと、このように座席には官職名が明記されています。文字通り官職に対する招待であり、「私人」と言い切るには無理があると思いますが…。

P6050031 ■「宮司祝詞」に拝礼

最前列幹部自衛官の並び順は上とその上の座席写真のとおり。再掲すると、(1)北部方面総監(代理:同幕僚長)、(2)第2師団長、(3)第2師団副師団長兼旭川駐屯地司令、(4)第2師団司令部幕僚長、(5)北部方面総監部海上連絡官、(6)旭川駐屯地業務隊長、の順でした。北部方面総監部航空連絡官は2列目でしたね。また各連隊長・大隊長も2列目。

P6050044 ■道内各地遺族会の方々

参列の遺族会の方々は例年並みでしたでしょうか。

P6050042 ■町村信孝・自民党衆院議員

北海道連合遺族会長の町村信孝氏、ここ何年も現地調査をしている当会ですが本人を確認したのは初めてです。例年並みの参拝者とはいえ、間違いなく数ヶ月のうちに衆院選挙が行われるこの時期の行事です。会長ということもあり、ここは見せ場(票田)なのでしょう。一方で、余程重要な用事のためか地元の今津寛衆院議員は代理出席でした。

P6050058 ■佐藤修一・第2師団長

式次第の「各代表玉串を奉りて拝礼」では連合遺族会長などの後にまず幹部自衛官たち。その後に政治家が続きます。やはり軍人を祀る神社特有なのでしょうか。

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今回は時間があまりなく、山田は最後まで見ることができなかったのですが、おおよそ上記の通りです。なお今回の護国神社祭には、当会の他「政教分離を守る北海道集会実行委員会」のみなさん、新日本婦人の会旭川支部平和部のみなさん、靖国神社と北海道護国神社の比較研究をすすめている北大准教授のフィリップ・シートンさん等が境内の雰囲気を壊すことなく現地調査をすすめました。

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2009年6月 4日 (木)

今日から北海道護国神社慰霊大祭:政教分離をめぐりせめぎあい

今日から6日まで「北海道護国神社慰霊大祭」。例年のことですが政教分離問題をめぐり、「政教分離を守るため行政は『慰霊大祭』と距離を保つべき」とする政教分離派と、「参列を求める」とする日本会議などの靖国派のせめぎあいがあります。ここ数日の北海道新聞報道を紹介しながら追ってみたいと思います。

■護国神社参拝やめて:市長に要望書提出

2009 〈道新2009.5.23旭川版〉

要望書を提出したのは「政教分離を守る北海道集会実行委員会」。例年、護国神社祭と上川神社祭に関わる市長宛の要望申し入れをされており、今年は5月22日に申し入れされたようです。

旭川市長は、前市長菅原功一氏が任期初期は参拝されていたそうですが、途中から「公務欠席」されており最後まで6月5日に公式参拝することはありませんでした。菅原後継候補と市長の座を争った民主党推薦の西川将人現市長も就任以来「公務欠席」。

要望書では「公務欠席」ではなく、政教分離原則に立ち「参拝すべきでない」との意思を明確にしてほしいと求めているそうです。

■護国神社事前に参拝:慰霊大祭参加要望

2009_2 〈道新2009.6.2旭川版〉

一方、6月1日に要望書を提出したのは右派民族団体の「日本会議」の地方組織「日本会議上川」。

問題はこの要請に対する西川市長のコメントと行動です。市長は「全国市長会に出席する」ことを理由に慰霊大祭への欠席を説明したそうですが、何よりも「慰霊大祭への参列を求める」日本会議に対し「個人としての気持ちは皆さまと同じ」「今年については事前の参拝で済ませた」と公式の席上で述べるなど、公私の区別が曖昧な態度をなさっている。これは上川神社祭神輿行列の際、「市長として市民パレードの車列に乗車し、途中行われる神事には『私人』として参加」という都合の良い「公私」の使い分けと同じ論理ではないでしょうか。

■6月5日晩、政教分離を守る北海道集会に参加を!

これらの問題を考えるため、6月5日(金)午後6時開場、6時30分開演で開催される「政教分離を守る北海道集会」にぜひ参加ください。場所は旭川勤労者福祉会館2階大会議室(旭川市6条通4丁目)。

『靖国の闇にようこそ』などの著書がある辻子実さんが講演します。

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2009年3月25日 (水)

映画「靖国」旭川上映実委が市図書館にDVD等寄贈

昨年9月、1255名の観客が集り成功した映画「靖国」旭川上映会。当会メンバーも上映実行委員会に参加し、成功に貢献してきました。経費を差し引いても最終的に約18万円の利益が残ったということで、実行委員会では利益還元方法を検討してきました。実行委員会は解散になりますが、残金は何らかの形で解消せねばなりません。「できるだけ上映会に来ていただいた市民の声に応える方向で利益還元を考えたい」とは上映会実委で共同代表をつとめた当会青年部長の談。

まず決まったのが今回3月24日に行った旭川市図書館への寄贈です。実行委員会では映画「靖国 YASUKUNI」DVDと書籍「映画靖国-上映中止をめぐる大議論」(創出版)を各4点購入し、すでに収蔵している中央図書館を除く末広・永山・東光・神楽の各地区図書館に置いてもらえるよう寄贈しました。

0003 ■道新3月24日付旭川版

この日、実行委員会の共同代表3名が旭川市中央図書館を訪ね副館長ら館職員の応対を受けました。

Sn3d0254 ■なごやかに懇談

基本的に寄贈は誰からでも受けるのが図書館というものだそうです。但し、開架に置くか否かは図書館サイドの判断になるので、その点はどうなるかはお約束できないとのこと。その点を理解した上での寄贈ですから当然のことです。

DVDは間違いなく視聴できますが、感触では書籍も開架に置かれると思いますので、まだ見ていない方、興味のある方は旭川市の各図書館(分室を除く)までお出かけください。

なお北海道新聞の記事で「靖国見学ツアー計画」とあります。寄贈の懇談後に北海道新聞の記者さんと共同代表が懇談したのですが、「靖国見学ツアー」はまだ残る残金の使途として現在のところ共同代表の間で考えていることだそうです。実際に若者の目で靖国神社と遊就館を見学し、何を感じ、どう受け止めるか。それは各人次第(各人の内心の自由)ですが、「場を提供することが上映実行委員会の最後の役割ではないか」と当会青年部長。

今後、具体化がすすめば当ブログ上で詳細を発表できると思います。

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2009年2月12日 (木)

旭川での「紀元二六六九年建国記念の日奉祝の集い」見たまま聞いたまま

2009年2月11日(水)、ロワジールホテル旭川2階で開催された標記集会に参加してきました。以下、簡単に感想を述べます。

この集会に参加するようになったのは昨年2008年からです。昨年は「ヒゲの隊長」として自衛隊ぐるみ選挙で当選した佐藤正久参院議員が講演するということで市中の話題になり、この催しを知った次第です。昨年二百数十名が参加して大きな部屋で「盛大」に開かれたのと比べれば、今年2009年は宣伝もバスの中吊り程度(それも、後で知ったこと)でウェブ上でも告知されていなかったので、そもそも開催されるか否かもわからないまま2月11日を迎えました。

Sn3d0088 ■ロワジールホテル旭川玄関

Sn3d0092 ■頂戴した資料と紅白餅

ロワジールホテルに行ってみると看板が出ていたので会場へ向かいました。すでに式典開始から時間がたっていましたが「どうぞお入りください」と資料や「建国・大福餅」(旭町の村上菓子舗謹製紅白大福餅)まで頂いて会場に入ると、昨年より小さな会場で尚且つ人の座っている席より空席が目立つ状況。

Sn3d0090 ■空席が目立ちます

ざっと数えたら100名程度でしょうか。子どもを連れた家族参加は二組。目立ったのは意外や30代~40代くらいの若いスーツ姿。隣に座っていた男性は胸に青リボンのバッチをつけていました。それでも全体の高齢化は否めません。それは彼の側の集会に限ったことではありませんが。

Sn3d0089 ■挨拶する富樫副師団長

ちょうど祝辞で陸自第2師団の富樫副師団長が挨拶していました。「大好きな日本」とか「日本のために何をしてくれるかでなく、何ができるか」など差し障りのない挨拶をされ、ついで西川市長の挨拶代読。来賓紹介では自衛隊関係者は3名紹介されていました。第2特科連隊長、駐屯地業務隊長、地方協力本部長の3名。会場には他に確認できた制服自衛官は後方に1名。それも式典終了時点で帰っていました。今津寛衆院議員の姿はありませんでした。上川神社宮司も元郷友会会長も不在。昨年と比べると雲泥の差でしたが、これは位置づけの差なのでしょうか?

自衛隊関係者の参加具合でいえば、昨年は師団長を先頭に参加していたせいか上記で紹介したメンバー以外に師団司令部幕僚長や第2後方支援連隊長も参加。師団ぐるみでの参加、のイメージがありました。やはりそれは講師が佐藤正久氏だったからなのでしょうか。

岩崎市議会議長(民主党)が祝電を寄せていましたが、電報のなかで「紀元節」と述べていたのが気になりました。

第二部の記念講演では小川義男なる私立高校長が「誇りある国づくりと教育」と題して講演しましたが、別枠に講演中、記憶に残っている範囲で箇条書き的にメモを下記にご紹介しますがかなり気味の悪い講演であったことを明記したいと思います。

小川氏の教育理念は「力の支配」であると感じました。高校についてはそうも言いませんでしたが小学校では「体罰」は必要であると。実践例まで示し、力を誇示し従わせれば「良い子」になる、といわんがばかりでした。それは外交にも及びます。「外交は相手の機嫌をとっていてもダメ」と力を見せ付ける外交を主張。その柱が自衛隊なのだと。そのために憲法9条を改正せねばならないという主張です。そして日本は長い歴史の天皇君主制の誇りを大切にして未来をつくろうというもの。講演のところどころに散りばめられた差別、蔑視の言葉の数々にはまさに呆れと吐き気を覚えました。小川氏のような人物が日本テレビ系「世界一受けたい授業」によく出ているなどというのは、悪影響を広げるものでしかないと危惧しています。

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「誇りある国づくりと教育」

講師:小川義男(私立狭山ヶ丘高校長)

紀元節と言って何が悪いか。占領したアメリカも紀元節には文句つけない。日本ほど2千年も3千年も歴史ある国は無い。アメリカなんて建国は少し前。日本の歴史に誇りをもてるような教育をしなくてはならない。源氏物語、紫式部。あの時代にこんな素晴らしい小説書いた女性が他国にいたか。三内丸山遺跡もすばらしい。ヒスイが発掘されたそうだが、ヒスイが採取できたのは富山県。交易がさかんだった証明だ。私もあちらのほうに別荘があるので川沿いを歩くときはヒスイがないか?と歩くが見つけられない(笑)。以前、なんでも鑑定団で拾ったヒスイを持ってきた人に、1千万円だと鑑定されていた。
戦前、教育勅語火事で燃やしてしまった人何人かいた。その人どうしたかわかりますか?文字通り腹切ったのです(ええっ?、と驚く声)。介錯もなしに。きっと最後は頚動脈を切ったのでしょう。それくらい命をかけていた。いまの校長、たるんでいるが捨てたものではないのは卒業式は何があってもちゃんと出る。

ホームレス100人いる、とマスコミは大騒ぎ。1億2千万人の国だ、ホームレスくらいいる。カナダの視察旅行で1町に1-2名のホームレス。スーパーから盗んできたカートにビン・缶集めて売る。あしなが育英会。自分は自力で学校出た。いまも学位取得のため大学に通っている。親がいないから大学にいく費用を、だなどと甘えるな。自分で稼げばいい。靴磨きでも。総合学習の時間。まったくのムダ。時間半減となった。やれというから、学校みんなで池袋で靴磨きしようかと。1足500円。所によっては600円。20足で1万になる。私なら倍はできる。

よく日教組が悪いというが先生らはそうでもない。共産党の先生だってそうだ。うちの学校で社会福祉の副読本をつくるために一日車イス体験を自分がした。職員室にあがれない、ということでその共産党の先生らに頼んで生徒を呼んで揚げてもらうことにした。「途中で投げたらだめだよ」と言うと笑っていた。危ないな、と思ったがちゃんと指示して上まであげてくれた。真面目なんだ。問題は背後から思想を植えつけるのが問題。日教組などロシア(ソ連のことか)の社会主義を見習えといまの教育を全部否定した。

体罰。昔も世界に先駆けて禁止されていた。「叩き、縛り」がだめ。いまは懲戒はいいが全部ダメ。では何が体罰か。有形力の行使は全部体罰という愚かさ。小学校長時代、共産党の美人教員が小5生徒に殴られ校長室へ。その教師は体罰反対と手を出さないのわかっているからサンドバックみたいに。校長として四段とびで4階まで駆け上がり「○○というのは誰だ」と叫んだ。当の生徒のつかんで、駆け下りて校長室へ転がし、尻を四度五度蹴って「起立、気をつけ、休め、気をつけ、休め」と繰り返す。陸軍調の「休め」。で、わかったな、で「はい」と。いい子になった。五度蹴っただけ。体罰は(と、いくつか要件をあげ)生徒と教師の相互の関係のなかで行われる有形力の行使は体罰ではない。(というが、先の生徒の例は自ら挙げた要件の半分も当てはまらない)。

うちの学校、モナリザの絵を掲げてあった。ルーブル美術館に修学旅行で行き「これうちにある」と生徒。こんど東郷平八郎の絵を掲げる。それだけではいろいろウルサイから「(無敵艦隊打ち破った提督)」の絵も。

北方領土、竹島、対馬、尖閣諸島。毅然とせねばならない。小泉首相時代、不審船を撃沈し横浜に展示している。あそこに修学旅行で行ったほうがよい。あれは小泉よかった。後期高齢者医療制度、あれはダメ。四国で海自艦が国籍不明の潜水艦発見した。潜望鏡も見つけたという。しかし翌朝になったら「鯨でした」だと。潜水艦が政治的変化を起こし鯨になった。これじゃあダメ。領海内に不明潜水艦いたら浮上命令出し、聞かなかったら爆雷おとす。これが常識。試しに共産党の(学校の)先生ら潜水艦に乗ってもらって中国行って、浮上命令出ても「友好国だから」と聞かなければいい。爆雷落とされてオシマイ。潜水艦にはできるだけたくさん乗せたいな(笑) 北朝鮮。あれも小泉、安倍よかった。でも小泉首相が長期もったのは靖国神社参拝したから。羽織袴着て何度も通った。あれに中国が口を挟むのはおかしい。憲法9条あるからダメ。毅然とできない。北方領土は沖縄本島の4倍。これちゃんとしないうちに、本州までとられちゃう。憲法前文のようなおかしなこといっている。

日本は改正大変な憲法。9条の1項は仕方ない。苦渋の決断でそのままにして、2項の「保持しない」と「保持する」と2文字。「交戦権はこれを行使しない」を「行使す」と1文字。3文字かえればいい。これなら小沢さんもできるのでは。

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▼参考に小川氏の著作をいくつか挙げてみました。「子ども家畜論」とか!タイトルからして「名は体をあらわす」。講演を聞いて思いましたが「気品のある」講演を次は聞かせてください。

名物校長の教育論―「教育の再生」がなければ、日本はつぶれる 名物校長の教育論―「教育の再生」がなければ、日本はつぶれる

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子ども家畜論 子ども家畜論

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2009年1月26日 (月)

2009年の2・11平和集会をご案内します

2月11日は「建国記念の日」ですが、それは昔「紀元節」という天皇制国家のイベントと同じ日です。天照大神が日本を作った日、らしいですが歴史上なんら根拠ない設定。ですがこれを復活させようと靖国派の人たちが自衛隊幹部を大挙して来賓に呼んで旭川の某ホテルで集会しています。

これに対して宗教者の人たちが「信教の自由を守ろう」「神道の勝手な論理を国の祝日にもちこむな」とコツコツと地道に集会を開いています。それがこの集会。旭川周辺のみなさんにご案内します。

2・11平和集会inあさひかわ
「いのちを国家に渡すな~信教の自由を守る日に~」

講師:松坂克世さん(日本バプテスト連盟旭川東光キリスト教会牧師)
日時:2009年2月11日(水)午後6時30分
場所:日本キリスト教団旭川六条教会(旭川市6条通10丁目)
主催:旭川2・11平和集会実行委員会
※託児(こどもプログラム)あり。

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2008年12月10日 (水)

12月某日、靖国神社を訪ねてきました

12月某日、所用で上京中に2時間ほど空き時間が生じたので靖国神社を訪ねてみました。生まれてはじめての靖国神社。映画「靖国」旭川上映会の準備に関わったこともあり、実際の靖国神社の雰囲気を肌身で感じてみたかったのです。

地下鉄東西線「九段下」駅を降りる(というか地下から地上へ昇る)と、目の前には東京理科大の建物。左手に日本武道館らしき「大きな玉ねぎ」を眺めながら爆風スランプの歌を思い浮かべる。右手を見ると大きな鳥居。靖国神社は目の前。

横断歩道の手前に何やら路上にボードを並べるおじさん。遊就館で上映されている「南京の真実」を宣伝する人だった。CS「チャンネル桜」関係の人かもしれない。神社敷地に入る。坂道の銀杏の落ち葉を集める用務のおじさん。目の前に日本一大きいという大鳥居。その向こうに大村益次郎の銅像が見える。

Pc060014 ■正面入口付近

Pc060016 ■大村益次郎像

それにしても銀杏臭い。懐かしい香りでもある。小学校の頃は秋になるとこのニオイがしたものだ。中高生の姿をいたる所で見かける。修学旅行なのだろうか、隣接する駐車場には大型バスが何台も停まっている。そういえば文部科学省が修学旅行等での靖国神社見学を解禁したのは最近だったと思う。その影響がすでにこんなにも出ているのか、と少し驚く。問題意識をもたない教員からすれば靖国神社も代々木公園も同じだというのだろうか。

「ビラ配布」「集会」など無許可での禁止事項が大書されている看板があちらこちらに目に付く。珍しい神社だ。それだけ特殊だということの裏返しではないだろうか。その隣に「創立140年記念事業」への「奉賛」を求める看板も立っている。これは後で述べたい。

Pc060017 ■禁止事項を並べた看板

少し歩くと道路に出た。その向こうはいよいよ本殿等がある。改めて敷地の大きさに驚く。この一等地でこれだけの敷地を所有していて、宗教団体だから無税(事業収入には課税されるが)だとすれば、あそれだけでもかなりの恩恵を受けている。もちろんそれは靖国神社だけのことではないが。

「神門」とやらの手前に「全国靖国献酒会」の看板があり、北海道の欄を見ると「北海男山」(男山酒造)、「国士無双・黒松高砂」(高砂酒造)、「大雪の蔵」(合同酒精)の旭川地元3酒造が勢ぞろい。「北海道ワイン」まで入っていることには驚いた。酒と宗教儀式というのは切っても切れないのだろうか。

Pc060023

Pc060024 ■「9条酒」を出す蔵元も(笑)

神門をくぐり進むとまたもや「創立140年記念事業」への「奉賛」を求める大きな看板。よく読むと事業の一つに「靖国教場」なる施設を新築するそうな。それは「次代を担う青少年の研修施設として活用」するというのだ。靖国派教育の総本山をつくろうというのだろうか。それで後述するが「遊就館」のような歴史観にたつ教育を徹底するというのは考えるだけで末恐ろしい。

Pc060020 ■境内に2ヶ所の看板

拝殿の前に遺書を掲示している看板がある。北海道護国神社の神門前にもあり「ああ、これか」と思って立ち止まる。オバちゃんが一人、看板に書かれた内容を紙にしたものを何枚も取り出し同行者らしき若い女性に「家で読みなさい」と渡しているのが耳に届いた。オバちゃんは何を思い、何を語っているのだろう?

Pc060027

拝殿前に若い女子中学生か高校生かがジャージ姿で並んで拝んでいる。この神社がどういう祭祀を祀っているか知っているのだろうか?知っているのなら、何を願っているのだろうか?客観的には他の神社やまたはお寺を訪ねるのと何ら変わらぬ屈託の無い笑顔。

Pc060019 ■人で賑わう境内

Pc060030 ■参拝する女子学生

時間が無いので遊就館へ向かう。800円の入館料を惜しみつつ払い、なかへ入る。遊就館の展示物をいちいち書いていたら何時間あっても足りないので省くが、最初は日本の歴史資料館みたいだと思って眺めていたら、明治維新後あたりから突然「新しい歴史教科書」かのような展示に豹変。それもそのはず。そのころ以降の戦没者を祀っているのが靖国神社。否応無くそこには靖国の政治が入る。

Pc060032

遊就館の内容は膨大すぎるので、細かい感想はまた機会があったら触れたいと思う。少なくとも丸一日、またはそれ以上の時間がないと展示と映像関係を全て観ることはできないな、と思った。いくつか観ておきたい映像資料もあったのだが、時間の関係で観れなかったのは残念だった。

遊就館ほどではないにせよ、展示論調や手法は北鎮記念館と似ていると思った。旧北鎮記念館で戦没者を「勇士」と称えていたが、それと遊就館が特攻隊員らを「勇士」としていることが脳裏で重なった。「勇士」という言葉は「勇気のある人。兵士」という意味があるが、侵略戦争であるアジア・太平洋戦争の戦没兵士のほとんどは国家の無法な戦争の犠牲者だと思うし、その慰霊の心を表明することは異論無いが、必要以上に褒め称えることは同じ過ちを繰り返すことになってしまわないか?そんなことを考える。

Pc060036 ■遊就館前の像

Pc060037 ■「特攻勇士之像」

以上、舌足らずであったが靖国神社を訪ねた感想を記しておきたい。(2008年12月某日見学:青年部員H)

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2008年11月11日 (火)

陸自旭川駐屯地でも「靖国派」部外講師が講話

旧日本軍による侵略戦争を否定し航空幕僚長を解任された田母神氏が新聞・TVを賑わせています。今日11月11日には国会での参考人質問もあったようで、改めて開き直ったとか。その内容には言及するつもりはありませんが、11月10日防衛事務次官の記者会見では、空自第6航空団司令が指示し組織的に「アパホテルグループ」の「真の近現代史」懸賞論文に応募していたことが明らかになりました。「どう書くかは自由」とはいえ、尉官以上の幹部全員が書く論文。むしろ「どう書くか」が人事考課に直結するとなれば事は重大です。団のある空自小松基地と蜜月関係が続く「アパ」グループ社長の言質には、目を触れざるを得ないでしょう。それが何を意味するか。関係者のみぞ知る、ということでしょうか。

このような部隊ぐるみでの靖国派との蜜月関係は残念ながら決して珍しいことではないようです。以下2例をご紹介。

0001 ■「赤旗」2008年11月11日付

「赤旗」紙によれば、2佐以上の高級幹部が入校する自衛隊統合幕僚学校(東京都目黒区)で、田母神氏が校長在任中に新設した「国家観・歴史観」という講義で2006年4月に、「新しい歴史教科書をつくる会」の福地惇副会長(当時は理事)が「昭和の戦争について」と題し「満州事変・満州建国は日本の侵略ではない」と田母神氏が懸賞論文で主張した内容とほぼ同様の主張を盛り込んだ講義を行っていたことが明らかになりました。同紙のスクープです。

Photo ■「北鎮」2007年8月号

ここまで講話内容は明らかになっていませんが、同様のケースは陸自旭川駐屯地でも確認されています。陸自第2師団の準広報紙「北鎮」(月1回発行、発行所は「防衛弘済会北海道支部」)2007年8月号では次のような記事があります。2007年7月27日、「北鎮部隊の歴史に学ぶ」と題して「師団長以下全隊員」が「戦史を含む貴重な講話」を聞いたというのですが、この講師が「日本会議・上川」幹事長で、「誇りある歴史教科書を考える父母の会」代表、比布神社宮司の鎌田告人氏。第2師団司令部後援組織「北友会」の会員でもあるといいます。

鎌田氏は2004年2月、イラクに派兵される第一次イラク復興支援群の主力116名が旭川駐屯地を出発する際、「見送り」のため2000本の「日の丸小旗」の配布を師団に申し入れ、これが師団により受け入れられた経緯があります。鎌田氏は朝日新聞の取材に対し「国家の代表を応援するのはサッカーW杯と同じ。日の丸は目で見て、肌で感じられる日本の象徴。市民に強制はできないが、日の丸で見送るのは当然です」と主張するも、一方現場の自衛官には複雑な思いがあるようで、30代の自衛官は「毎朝掲げているので、日の丸は身近な存在。でも見送りで一斉に使われると…」と困惑顔だとか。

http://www2.asahi.com/special/jieitai/TKY200402200319.html

P2020032 ■施設部隊出発の際も配布

鎌田氏と「新しい歴史教科書をつくる会」との直接の関わりを示す資料は見つけられていませんが、氏が幹事長を務める「日本会議・上川」の上部団体「日本会議」は「…つくる会」の発端となった改憲団体。以下の諸点からも鎌田氏の主張と「…つくる会」の主張は同じ方向性であると推測できます。

(1) 「日本会議・上川」会長と「…つくる会・道北支部」支部長をともに田下昌明氏(豊岡中央病院理事長)が務めていること

(2) 鎌田氏が代表を務める「誇りある歴史教科書を考える父母の会」が各地で「…つくる会」の名前隠しのための偽装市民組織として立ち上げられている「○○の教育を考える父母の会」と酷似した名称であり、鎌田代表の「…父母の会」もその一翼を担っていると類推できること

(3) 鎌田代表の「…父母の会」は「…つくる会」が1999年に全国で35万部ばら撒き、いまやブック・オフでも100円の値しかつかない分厚い本『国民の歴史』を管内小・中・高校に送付していること

もちろん鎌田氏がどのような信念をもたれ、どのような主張をされるかは氏の自由であり、日本国憲法に基づき保障されている権利です。

しかしながら、雑誌等でも拝見する限り独特なその主張を含む「歴史観」に基づく講話を「旭川駐屯地」の「全隊員」に行う、というのはいかがなものでしょうか?ここで問われている責任は自衛隊サイドの責任です。部外講師として招聘した責任者は誰なのでしょうか?政治的に中立であるべき公務員が、そして憲法擁護義務を負う公務員が、改憲団体の地方組織実務責任者に歴史を聞くと言う構図はおかしいと言わざるを得ないのです。

第2師団はこの機会に、鎌田氏の行った講話全体像を進んで明らかにするべきではありませんか?問いかけとしたいと思います。

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2008年10月 1日 (水)

麻生首相、「大東亜戦争」と呼称。小泉・安倍内閣より着々準備か?

朝日新聞によれば、麻生首相が「大東亜戦争」との呼称を使用したそうです。

麻生首相、「大東亜戦争」と表現 戦争観問われ

2008年10月1日2時21分

 麻生首相は30日、首相官邸で記者団から過去の戦争観を問われ、「日清、日露(戦争)と、いわゆる大東亜戦争、第2次世界大戦とは少し種類が違うと思う」と語った。首相は「明治憲法以来約120年。時代を振り返って、日本の歴史として誇れる歴史もあれば、誇れない歴史もある」との考えを示した。

 「大東亜戦争」は当時の政府が決めた正式呼称だが、戦後、GHQ(連合国軍総司令部)が公文書での使用を禁止。教科書では「太平洋戦争」「第2次世界大戦」の呼び名が一般的になっている。

 河村官房長官は30日の記者会見で「首相は吉田茂元総理の薫陶を子どものころから受けており、教育勅語をそらんじることができる我々同じ世代の唯一の国会議員だ。第2次世界大戦を当時の大人たちが大東亜戦争と表現していた。そういうことかなと思う」と語った。

この問題は河村官房長官が誤魔化しているように「そういう教育をうけたから」という問題では済ませられない事態であることを知らなくてはなりません。最近強行された「学校で靖国神社を見学しても良い」という通達と並行するように、小泉・安倍内閣で着々とすすめられた段階的な「大東亜史観回帰」主義であると言わざるを得ません。

詳しくは以下の当ブログの過去の記事をご覧頂きたいと思います。

▼2007年6月24日付:「大東亜戦争」呼称についての疑問

▼2007年6月24日付:「大東亜戦争」呼称についての疑問②-呼称論争

▼2008年3月20日付:2008年3月例会:北鎮記念館見学会

P3090061copy ■北鎮記念館の展示パネル

この問題は今後も考えていきたいと思います。読者のみなさんからの情報提供、ご意見も受け付けています。とくに公的機関での「大東亜戦争」呼称事例などお寄せください。

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