自衛隊

2009年11月30日 (月)

堤未果さん講演会に270名の熱気

11月22日から旭川市で開かれている全道基地問題交流集会(詳細は後日ブログで報告予定)の2日目、「平和を考えるつどいin旭川」として広く市民に呼びかけたジャーナリスト堤未果さんの講演会が行われ会場一杯の270名が参加しました。参加した顔ぶれは主催者の一員として準備に加わった旭川平和委員会のメンバーも「見たことの無い顔ぶれが多い」そうで、制服姿の女子高校生や新婦人親子リズムの若いお母さんの姿などが目立ちました。

2009_11230070 ■堤未果さん

「貧困大国に見る、日本の未来~私たちの未来は、私たちが創る」と題して講演した堤未果さんは、80分間にわたり日本ではなかなか報道されないアメリカ社会の実情、とくに「経済的徴兵制」ともいうべき若者の閉塞状況がブッシュ政権下でつくりだされた背景などについて詳しく紹介されました。

2009_11230068 ■会場一杯の市民

ある参加者は「戦争、兵士、全てが極悪人の人間がする仕業だと単純に思い込んでいました。違いますね。うまい話にだまされ、いつの間にか(戦争を)『させられている』人間がこんなにたくさん居ると知って胸が苦しくなる思いでした」と話し、若い平和委員会会員のMさんは「私自身しっかり関心をもち、あきらめず、変えていく主体になりたいと思いました」と決意を述べていました。

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2009年11月17日 (火)

【講演会告知】平和を考えるつどいin旭川「堤未果さん講演会」

当会も参加する「平和を考えるつどいin旭川実行委員会」が準備している講演会で、ジャーナリストの堤未果さんが講演されます。以下、ご案内するとともに皆様の参加を呼びかけます。

002 ■堤未果さん

ワーキングプア、低賃金過密労働…貧困や格差の広がりは新卒者を路頭に放り投げるばかりか、やがて「戦争」へと駆り立てます。北海道の高校生が道内で「生活していける就職口」を探そうと思えば自衛隊を選ばざるを得ない状況が生まれています。その姿はアメリカで起き社会現象化している「経済的徴兵制」そのものに見えます。志願制軍隊のアメリカでは、貧困層が軍に入らねば大学にもいけず、医療保険にも入れないのが現実です。日本でも似たような弊害が若者を苦しめています。

米国野村證券勤務時、911アメリカ同時多発攻撃に遭遇した堤未果さんはアメリカ社会に関心を抱き、日米間を往復しながら取材を続け、岩波新書『ルポ貧困大国アメリカ』がベストセラーに。ジャーナリストとして「経済的徴兵制」を告発し、日本の未来に対しても警鐘を発しておられます。

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今回の講演会のテーマは「貧困大国アメリカに見る、日本の未来~私たちの未来は、私たちが創る」。日本が平和憲法にふさわしく、誰もが安心して生きていける社会を実現するために、堤さんの講演を聞いて少しだけ考えてみませんか。

とき  11月23日(月・勤労感謝の日)
     12時30分開場、13時開演、15時終演予定
ところ 旭川勤労者福祉会館
     2階 大会議室
費用  資料代500円
託児  託児あり
     但し18日午後3時まで完全事前申込制
主催  平和を考えるつどいin旭川実行委員会
     0166-22-2133(旭労連)
後援  旭川市・旭川市教育委員会

みなさんのご参加をお待ちしています。

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2009年7月21日 (火)

2009年7月21日、陸自第2師団長が交代

昨年(2008年)8月1日付で就任された佐藤修一前師団長が退職され、新たに21日より前陸将補・陸上幕僚監部装備部長だった渡部悦和氏(54)が陸将に昇進の後、第2師団長に就任された。いづれも7月14日付閣議了承。7月16日付『朝雲』より。

Photo ■渡部・新師団長

0002 ■『朝雲』より

渡部氏のプロフィールですが、なかなか興味深いので若干ご紹介したいと思います。そもそもwikipediaにページがある、というのも興味をひきます。

http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%B8%A1%E9%83%A8%E6%82%A6%E5%92%8C&oldid=26954628

1978年(昭和53年)3月:一般幹部候補生(U)として入隊
1992年(平成4年)7月:2等陸佐に昇任
1997年(平成9年)1月:1等陸佐に昇任
2000年(平成12年)8月:第28普通科連隊長
2002年(平成14年)3月:陸上幕僚監部人事部補任課長
イラク人道復興支援における佐藤正久先遣隊長らの人選を行った。
2003年(平成15年)7月:陸将補に昇任、12月:第3師団副師団長
京都府丹波町で発生した鳥インフルエンザ事案に関し出動・指揮。
2005年(平成17年)7月28日:東部方面総監部幕僚副長
2006年(平成18年)8月4日:自衛隊東京地方協力本部長
2007年(平成19年)9月1日:防衛研究所副所長
2008年(平成20年)3月24日:陸上幕僚監部装備部長
2009年(平成21年)7月21日:陸将に昇任、第31代第2師団長に就任

あの「ヒゲの隊長」佐藤正久・現参院議員の人選を行ったこと、何よりも防衛大卒ではなく東京大学工学部卒であること、外務省安保課への出向やドイツ連邦軍指揮幕僚大学への留学経験があるなど興味深いところです。人となりはよく知りませんので、今後どのような手腕を発揮されるか注視したいと思います。

一方でほぼ1年で交代・退職された佐藤修一氏(防大19期)、就任時56歳でしたから未だ57歳。陸将の定年は60歳なのでまだ3年残っておられますが、そういうものなのでしょうか。中央官庁では定年ギリギリまで在職せず事務次官競争に負ければ天下りに降りてゆく、という話を聞きますが、将官の慣例についてはよく知りません。

佐藤修一氏の前任の元第2師団長師岡英行氏(防大19期)はいまなお陸自補給統制本部長として在職中。後任の渡部氏が防大に例えると22期相当とのことですから一気に若返りました。

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2009年7月14日 (火)

博物館学の研究者と見学する北鎮記念館

7月12日(日)、当会青年部が呼びかけて「博物館学の研究者と見学する北鎮記念館」を実施し、北鎮記念館の展示物に関心をもつ人など7名が参加しました。これは予てより付き合いのある静岡県立大学国際関係学部の藤巻光浩准教授が来旭され、北鎮記念館を見学しに行くとの話を受けて呼びかけたもの。当会の若いメンバーと、歴史教育者協議会旭川支部のメンバーらが集りました。

P7120001 ■案内要員に質問する藤巻氏

北鎮記念館リニューアル後も一度見学している藤巻氏は全体を2時間くらいかけてじっくりと見学。他のメンバーも各々見学し、わからないことがあると説明の広報官(自衛官)や平塚清隆館長に質問。

リニューアル前の北鎮記念館と比べ「戦死した軍人の(戦死=美徳かのように書かれた)遺書など、あまりに軍国主義賛美な展示は少なくなっており全体として整理されている」と言いつつ、全体として郷土資料館的な印象が濃かった雑然と寄贈品を並べている旧館と比べ、言葉を精査し展示をすっきりとしつつも旧第七師団の存在をクローズアップさせようという狙いが鮮明な新館展示に残念そうな藤巻氏。

「博物館学の視点からすれば、展示スペースの冒頭に何を持ってくるかはコンセプトを決める」という藤巻氏。旧館は「国見の図」が掲げられていた同所に、いまは北海道開拓(侵略)の歴史案内ボードがあることに「どういう狙いがあるかわからない」と藤巻氏。山田が「むしろ狙いなど無く、単に時系列にしただけなのでは?」と述べると「そうかもしれない…」と。

また新展示として下記の写真が展示されていました。

P7120081 ■写真

P7120082_2  ■説明文

このように真偽が明らかでない資料を「参考資料」と展示冒頭に掲げてしまうあたりは、「そもそも北鎮記念館が博物館でなく自衛隊PR施設であることの証し」だと切り捨てた藤巻氏。山田もその通りだと思います。何の意図があって、何の関わりがあって掲げているのでしょうか?

また今回、新たに設置されたらしき(と山田が主観的に感じた)展示物がいくつかありました。まずは旧師団の全体模型に掲げられた戦前の写真。

P7120074

P7120077

P7120076

上記の他にも数枚ありますが、ご覧のとおり、とりわけ招魂祭にかかわるものが多いことが気にかかりました。旧軍のみならず、自衛隊もが護国神社との関わりを深めている証しでしょうか?

一緒に見学していた女子学生Aさんは「北鎮記念館は2回目?か3回目くらい」と述べつつ、「『日支事変』とか『ノモンハン事件』とか、それぞれの事変・事件で第七師団が何をしたかは書いてあるけれど、その事変・事件がどういうことが起きたのか?どういう性格の事変・事件だったのか?背景には何があったのか?については全くわからない」と述べていました。この疑問には退職高校教員のB氏が「その通り。教科書を前提にしているかといえば、通常ここらで使われている教科書には記載されていない事柄もある。用語だって独特の使いまわしで、教科書との整合性も問われる。子どもは呼称が違えばわからないかもしれない」と感想を言っておられたのが印象的でした。

また上記Aさんは「沖縄戦で亡くなった北海道の兵士は沖縄を除く全国一多いのに、この資料館に展示品が一点しかないことに遺族は納得しているのだろうか?」と疑問を提示していました。山田から「広報陸曹の説明では、ここは旧第七師団の展示コーナーなので、再編成された別の師団等の展示は主目的ではない、ということらしい」と以前受けた説明を紹介すると、納得いかない様子でした。それはその通りで、「旧題七師団のみ」などという説明は詭弁に過ぎず、もし沖縄戦関係の寄贈品が無いのだとしたら寄贈呼びかけをするべきではないかと思います。

さらに藤巻氏は「屯田兵から第七師団創設の間には制度的にも大きな隔たりがあるにもかかわらず、そこが一連の流れとして描かれている。その意味では第七師団創設のあたりの展示は詳細な関連資料がなく、ここに歴史の錬金術があるとも言える」と述べ、錬金術の最たるものが「国見の図」であろう、と指摘しました。過去の一出来事を「国見」という言葉で飾り立て、あくまでも天皇制国家が旭川の礎を築いたのだと宣伝するプロパガンダであると。「国見の図」は昭和17年に書かれており、まさに時代背景的には合致します。

また「アイヌについての記述が少なすぎる」とし、和人の視点からしか描かれていない偏った「屯田兵史観」はアイヌ民族を先住民族とした国会決議とも相容れず、少なくとも第七師団に関わった事柄としても「沖縄戦に参加させられたアイヌ兵士のことなど展示すべき」と述べました。

1階に降りて、警察予備隊~自衛隊のコーナーは明らかにイラク関連の展示比重が増していました。

P7120083 ■イラク派遣装備モデル展示

P7120085 ■イラク派遣装備品

P7120093 ■イラクのお金

当日は北鎮記念館と民間のプラモデル愛好者らによる『北のモデラーズ大作品展』の初日であり、1階ホールでは展示者らがガヤガヤと準備し、展示スペースは多目的学習スペースや図書スペース、上記自衛隊コーナーまで広がっていました。

P7120098 ■旧日本軍の飛行機たち

P7120100 ■米軍の飛行機たち

この主催は「クラブ『ひこうせん』と有志メンバー」となっており、チラシを見れば市内4つの模型関連店舗が地図で紹介されています。期間中は7月18日(土)に「北のモデラーズコンテスト」、26日(日)には「夏休み親子模型教室」(受付終了)などが計画されているようです。

詳細は今後記事にしたいと思いますが、この作品展が紹介された雑誌『メディアあさひかわ』2009年7月号の記事などを読んでも、「なぜ北鎮記念館でこの作品展か」という疑問に答えるような記述はなく、単に北鎮記念館側の「人を呼べるイベントを」との意図と、クラブひこうせん側の「念願の『地元での作品展』を」との願いが合致しただけのこと。結果的にはモデルを餌に子ども達や若い世代(もちろん、昔作ったであろうオジサン世代)を集客し、官民合作の自衛隊募集大作戦を敢行しようという作戦に他ならない、と感じています。

もちろん、藤巻氏も山田も子どもの頃は戦艦や戦闘機、ガンダムやヤマトなどのプラモデルを散々つくった元モデラー。クラブひこうせん側の「自分の作品を見て欲しい」との願いは理解できます。ならばこそ、苦労してでも別に会場を確保して集客すればよいのです。むしろ北鎮記念館などより少なくともサイパルの方が適しています。それを安易に北鎮記念館の提案にのってしまった。残念でなりません。

さらに一言すれば、このような展示会・写真展をしようというときに、有志でコツコツ活動している団体の会場費負担が意外と重い負担になっていることも指摘しておきたいのです。旭川市は継続的に行われる文化活動への支援をすべきです。

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2009年7月 2日 (木)

ミサイルが走る旭川の一般国道

6月27日の夕方、旭川市末広の国道12号線終点付近=旭川新道でミサイル搭載車両を発見したと、メンバーから驚きを隠せない様子で連絡がありました。このメンバーは「住宅密集地を、むき出しのミサイルが走る姿の異様さに思わずカメラを向けた」と話しています。実際のところ、このような移動はしばしば行われているでしょうから国道を注意深く見ていれば年に何回か見かける光景でしょうが、とはいえ「されどミサイル」です。驚くのも無理は無いというものです。

Sn3d0445 ■一部画像処理あり

Sn3d0446 ■さらにズーム

メンバーによれば一週前(6月20日)の同じ時間にも同じミサイル搭載車両を見たそうです。6月20日も27日も土曜日。土曜日はこのメンバーの子どもが通う保育園のお迎えが6時までで、それに間に合うため5時40分すぎには自宅を出るので、20日も27日も間違いなくほぼ同じ時間です。それが何を意味しているか、私たちには知る由もありません。

さてこのミサイル、どこの部隊だろう?と思い写真をよく見れば車両には「1高群302」と部隊名が書いてあります。これは以下の部隊名の略記号です。

第1高射特科団
第1高射特科群
第302高射中隊

第1高射特科団は東千歳駐屯地に団本部が所在している部隊ですが、この第302高射中隊は北千歳駐屯地にいる部隊です。このミサイルは旭川から名寄方面に向かっていました。旭川新道を走っている様子からみて国道12号線を空知方面から走ってきて、新道を経由して40号線に向かったと思われます。40号線といえば同じ第1高射特科団の別の群(第4高射特科群)は名寄に駐屯しています。名寄演習場あたりで合同の団演習でもあったのでしょうか?

ミサイルは地対空誘導弾改良ホークミサイルだと思います。通常3発搭載している姿をよく目にしますが、この日は1両に2発しか積んでいませんでした。実際に火薬を搭載したホンモノをこのような形で輸送するかはわからないので、本物か否かは不明です。ホンモノでもニセモノ(訓練用の模造品)でも、どちらにしても物騒な光景です。目撃したメンバーは「住宅地でいきなりミサイルが現れること自体、異常な風景だと思いませんか?」と憤っていました。それは普通の感情だと思うのですが、みなさんいかがでしょうか? せめて輸送の際はカバーをかけて市民から見えなくすることはできると思います。

このようなミサイル輸送は上でも述べましたが各地で目撃されています。ウェブ上をすこーし探しただけでも次の2つのブログを見つけました。いづれも2009年の目撃情報です。
▼九州
http://blogs.yahoo.co.jp/oyamanotanchan/31845003.html
▼四国
http://spomax.livedoor.biz/archives/51248276.html

旭川でも日常茶飯事に走っている他の自衛隊車両と比べ、やはりミサイル、されどミサイル。目立つし違和感が強いのです。日常生活にいきなり飛び込んでくるとドキッとします。ぜひ改善を図ってほしいものです。

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2009年7月 1日 (水)

2009年旭川駐屯地開放:見たまま聞いたまま

大雨の中、2009年の旭川駐屯地開放に参加して来ました。

朝9時30分、車で入場した頃はまだ雲行きは怪しいものの、それまで降っていた小雨も止んでいました。撮影のためのビデオカメラやカメラバックなどを持つ関係から傘は持たず、ついでにレインコートも忘れてしまいましたが、そのことが後日響くことになります。全体として小雨日和なせいか、参加の市民は例年よりも少なめ。半分か3分の2程度でしょうか。もちろん山菜目当てのご近所さんはこの時点で購入し、すでに退場済み。市価よりお得だということでしょうか。

観閲式が始まると再び雨が降り出し、佐藤師団長が式辞を述べる頃には本降りに。同行のA君が傘をさしてくれたのでビデオカメラは水没を免れましたが、危ういところでした。それでも雨天の中、カメラの出し入れはできず、ビデオだけの撮影となりました。よって今年の映像には日時の記載があります。

師団長式辞と市長・今津衆議の挨拶については前投稿に書きましたので、ここでは省きます。

Sn3d0444 ■「国旗」に敬礼…

以下、今年の特徴を中心に紹介しますが、観閲行進では各部隊の行進は例年と比し大きく変わった様子は感じませんでしたが、戦車部隊の後にヘリコプターの観閲飛行がありましたが、これは例年行っていたでしょうか?あまり記憶に無いのですが「今年初めて」と言うには記憶が曖昧です。

Sn3d0456 ■観閲飛行

観閲行進の後、本来ならば空挺降下が行われるはずでした。過日の記事にあるとおり、当会はじめ4団体は空挺降下の中止を申し入れていましたが、今回の空挺降下は天候不良のため中止になりました。結果的に危険な訓練が行われなかったのはよいのですが、一方で6月10日に行われたという予行演習の際は空挺降下が行われたという視認情報も届いています。

余談ついでに書きますと、2009年6月28日に行われた島松駐屯地の記念行事では空挺降下が行われ、1200メートル上空から降りてきた一人が降下地点を誤り立ち木に降下。行事が一段楽するまで暫くの間救助されない、という事故がありました。

Img_4s ■提供:道平和委Y氏

Img640_0069 ■提供:道平和委Y氏

現地調査中だった北海道平和委員会関係者によれば、降下隊員が無事であることが確認されると、行事終了後までそのまま放置されたようです。誤降下地点はすぐフェンスがあり、その向こうは民有地で年輩の方々がパークゴルフをしていたそうです。

今年は6月21日の名寄駐屯地開放でも空挺降下が計画されたそうですが、当日はどうだったのでしょうか?それにしてもなぜ急に空挺降下流行なのか?と。空挺降下については要請して来てもらうとの事ですので(2師団広報室長談)、島松はわかりませんが、旭川・名寄については第2師団のどなたかの発想なのでしょうか?

続いて特科部隊と音楽隊の共同演奏が行われました。音楽隊は第2音楽隊のみならず、北部方面音楽隊、第11音楽隊も出演。大音楽隊による演奏となりました。しかしながら、その演奏は来賓の座る観覧席の真正面ですから屋根の無い飛行場芝生の上。時折強く雨が降るなか、楽器を雨ざらしにしての演奏です。いくら「さすが」(今津衆議談)と褒められても、楽器は相当傷んだのではないでしょうか。雨脚があまりに強く、遠く私の耳元まで雨でティンパニの音が鳴るような気持ちがしました。

Sn3d0458 ■雨の中の音楽隊

音楽隊の「不幸」に、さらに追い討ちをかけたのは特科部隊の出場場面です。アナウンスでは「世界初、自走りゅう弾砲との共同演奏」と紹介していました。確かにユーチューブなどで紹介している同様演奏では固定された大砲がタイミングにあわせて発射しています。ところが今回、演奏の途中で10数台の自走りゅう弾砲が爆音を響かせてエンジン始動(!)。さらに演奏中、爆音を響かせて入場してきます。

Sn3d0459_2 

Sn3d0461

Sn3d0464

定位置につくまでの間、演奏はまったく聞こえず…(汗)。音楽隊のみなさんは、演奏者としてこれでいいのでしょうか?忸怩たる思いは全く無いというなら、それは演奏者ではなく、やはり戦闘者なのでしょう。目指すはミュージシャンでは無く、木口小平(日清戦争に従軍、戦死したラッパ手)なのでしょうか?

■尋常小学校修身書より
キグチコヘイハ テキノ タマニ
アタリマシタガ、 シンデモ ラッパヲ
クチカラ ハナシマセンデシタ

余談ついでですが、留萌市議・村山ゆかり氏(=FMるもいボランティアパーソナリティー「青島なつき」氏)もその場に来賓として参加していたらしく、自身のブログで音楽隊のその様子を紹介しています。氏もまた今津衆議と同じく、雨中の不安感は「どんな過酷な条件でも計画通りに執行する厳しい姿勢に深い敬意の気持ちとなっていた」と述べ、音楽隊の演奏を「降り続く雨の中始まった音楽隊の演奏に不安の色を隠せませんでしたが」と書きつつ「爆音にかき消されることのない音楽隊の演奏は何かを思い、何かを信じ、何かを追いかけているかのように情熱的な静寂と激しさがピークに達していました。すごい。すごすぎる。今まで見たことも聞いたこともない体験でした。」と賞賛しています。いえいえ、爆音にかき消されていましたから…。冷静に事実に基づいて書きましょうよ。
http://blog.livedoor.jp/aoshima89/archives/51651353.html#comments

訓練展示では例年と同じ設定で模擬戦闘が展開されましたが、99式自走りゅう弾砲は「自家用車の警戒装置が誤作動をしてしまう」との理由から発射せず、またRecsを活用と説明がありましたが、どの場面でどういう風に活用したのかは見ていただけでは全然わかりませんでした。これまで気づかなかっただけかもしれませんが、火炎放射器が2台使用され、「敵部隊」に対して使用されていましたが、あれは異様な雰囲気をかもし出していました。

Sn3d0471

Sn3d0485

模擬戦闘とはいえ、戦闘力は圧倒的な差がありました。仮想「敵部隊」は戦車と装甲車、歩兵だけでしたが、自衛隊サイドは航空戦力にりゅう弾砲、戦車、装甲車、火炎放射器にRecsまで使って、武器の見本市です。圧倒的な武力で対することこそ戦術の基本とはいえ、そういう設定で「完勝」するさまばかり見ていても…と少々変わり映えしない光景に「ごちそうさま」気分でした。

訓練展示終了後、ゾロゾロとパーティー会場へ向かう来賓をのせるバスの車列は空虚な印象しかうけませんでした。ほんの少し先の宴会場なのだから歩けばいいのに、とも。

Sn3d0488

来賓といえば、例年ちゃんと聞いていなかっただけと思いますが、今年来賓参加した政治家に民主党の議員名が印象深かったのは私だけでしょうか。例えば、「イラク戦争反対」のピースウォークに参加していた女性民主党系道議の名前などもあり「市長が参加すりゃ誰も彼もなびくのかー」と残念に思いました。

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2009年6月30日 (火)

2009年旭川駐屯地開放:師団長式辞、市長・今津衆議挨拶

2009年6月14日に豪雨の中開催された旭川駐屯地開放(正式には「第2師団創立59周年、旭川駐屯地開設57周年記念行事」)を見てきました。今号では観閲式での佐藤師団長式辞、西川市長と今津寛衆院議員の挨拶をそれぞれ文字起こししましたので、全文をご紹介します。

3名とも「脅威」「危機」を真正面に据え、それへの即応体制の整備を焦眉の課題として訴えていたことが印象的でした。また西川市長は少なからず災害への備えのため自衛隊の役割ということに触れていましたが(地方自治体の長としては、やはりその点の心配が大きいことは理解できます)、師団長も今津衆議も災害救助には触れず、国防一本やりの挨拶だったことが、【災害救助⇒国防・海外任務へ】との自衛隊の任務の転換点に来ていることを印象付けられました。とりわけ今津衆議は「国内外でのご活躍」を述べ、海外でのさらなる任務貢献を求めました。まさに本人言うとおり次期防衛大綱自民党案の先取りともいえます。

以下の文字起こしは山田の責任で行っており、細部の表現違い等が含まれている可能性を指摘しておきます。また今津衆議の挨拶では聞き取り不能個所が2ヵ所あり、その部分は●●文字で標記しておきます。

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第2師団長式辞

Sn3d0441 ■敬礼する佐藤師団長

本日ここに、多くのご来賓のご臨席を仰ぎ、また多数の皆様のご参加を賜り、第2師団・旭川駐屯地の創立記念行事を盛大に挙行できますことは、全隊員にとって喜びであり、心からお礼を申し上げる次第であります。
改めまして軍都といわれるここ旭川をはじめとする各地の皆様、歴代師団長、駐屯地司令をはじめとする諸先輩のご尽力に、そして、ご家族の皆様の日頃からのご支援に対し、深く感謝と敬意を表するところであります。
さて、今日の自衛隊はいつ何が起こっても不思議ではない時代の中にあります。現実の脅威・危機に対してはただちに行動し、結果を出すことが求められ、まさに今日の脅威に即応し明日に備える自衛隊が求められているといえます。
第2師団も今まで、そして将来的に変わらない「北鎮」という任務と、全国唯一、将来の陸上自衛隊の新しい戦い方を検討する部隊実験を担当する「先進」という2つの任務があります。
ここに改めまして第2師団の全隊員が皆様方の期待に応えるよう、厳正で精強で即応する武装集団であること、より志高く目線は低く、常に地域に密着した自衛隊になることをお誓い申し上げます。
また隊員諸官に対しては、誇り、感動、感謝の心を減ることなく、さらなる精進訓練をつみ重ね、多様な任務を遂行するに足る気構えと実力を涵養することを期待するものであります。
本日はこの雨模様の中、かつお忙しい中、遠路早朝からご臨席を賜りありがとうございます。皆様方に重ねてお礼申し上げると共に今後とも第2師団並びに旭川駐屯地に対し、より一層のご支援、ご協力をお願い申し上げ、式辞とします。
平成21年6月14日
陸将佐藤修一

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旭川市長挨拶

Sn3d0446 ■西川将人市長

本日は陸上自衛隊第2師団創立59周年、並びに旭川駐屯地開設57周年を記念いたしましての式典に、大勢のご来賓がお集まりになり、このように盛大に開催されますことを心からお祝いお喜び申し上げたいと思います。管内の首長またはご来賓を代表し、一言ご挨拶を申し上げさせていただきます。
第2師団の皆様方には日頃より、日本の安全並びに国民の生命の安全の為に、大変なご尽力を頂いていることに感謝を申し上げます。また北海道の北の守り、「北鎮」という役割を担っていただいており、またそのためには日頃から大変厳しい訓練に邁進されている事に敬意を表したいと思っています。
いま国におきましては21年度末をめざして、新しい防衛大綱並びに次期中期防衛力整備計画が、いま準備をして策定中でございます。私どももいろんな機関・団体を通じ、国・機関に対しては、この北方の守りをこれ以上削減して頂きたくない、そういう要望をこれまでも出してきておりますが、引き続きまだ予断を許さない状況が続いております。私どもも、管内そして北海道が一丸となりまして、この北海道地区の陸上自衛隊を含め、兵力または皆さんの人員がこれ以上削減されることがありませんように一生懸命頑張って参りたいと思っております。
また北海道という土地柄は、津軽海峡を隔てて本州と離れて一つの島となっております。万が一の災害時には、皆様方の日頃の訓練、そういった機動力が大変重要になってきます。また地域におきましても、これまで旧第七師団以来から含めて、大変地域と密着して、これまでも街づくり、地域づくりを一緒に行ってきたということもございます。地域に対しての経済的な役割も大変大きなものがございます。
また極東の脅威、国際的な不安定環境は未だ解消されぬ中、皆様第2師団におかれましては、今後も引き続きこの北方の、北海道の守りの要として、この旭川の地に、この道北の地にしっかりと根付いて頂けますように心からお願い申し上げ、大勢のご来賓、大勢の首長を代表いたしまして一言お祝いのご挨拶に代えさせて頂きます。

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今津寛衆院議員挨拶

Sn3d0447 ■今津寛衆院議員

59年と57年のお祝いを心から申し上げたいと思います。雨の降る中、式典が粛々と行われておりますが、「さすが」という言葉しかありません。精鋭の皆様方のお姿に、先ほどから感動を覚えています。今日この会場に来ておられる隊員諸官のご家族も、諸官のことを誇りに思って見ていると思います。
さて私は防衛庁副長官を務めましたが、いま我が党の防衛政策検討小委員会の委員長も務めています。今日わざわざお越し頂きました参院議員佐藤正久先生は事務局長を務めております。次期防衛大綱がどうあるべきか、10年後の日本の防衛がどうあるべきか、ということを真剣に議論させて頂きましたが。、その中で集団的自衛権の解釈の問題、あるいは敵ミサイル基地の●●●●●の問題、あるいは武器輸出3原則の見直しの問題などいくつかの提案をさせていただいておりますが、その中でも一番大きな問題は、我が国の防衛勢力のあり方という原点にかえった問題であります。07大綱、16大綱をはじめ、ずっと我が国の防衛は抑制の中にありますが、北朝鮮の地下核実験あるいは弾道ミサイル発射さらには中国の非常に大きな防衛費の増大など、周辺諸国の状況に比べこのままではいかに自衛隊の諸君が優秀であるといえども、我が国極東の安全を守ることができないというこの考え方にたって、今回は考え方を改めて、骨太の方針あるいは●●●●●をうけ、防衛については適切なる人員、適切なる予算の獲得する、と明記させて頂きました。
まだまだ予断は許しませんが、先ほど西川市長からもお話がありましたが、道民の願いでもあり、それは我が国国民の願いでもあることを確信とし、その事の実現のために邁進させて頂きたいと思っております。
いよいよ我が国をとりまく状況は非常に厳しい状態になると思います。我が国は国際社会の中で名誉ある地位を占めたいと思う、この考え方にたって国内外で皆様方のご活躍に、心からご期待を申し上げるものでございます。
皆様方が私たちの防衛の任についておられる、その事に誇りを感じております。どうかこれからも益々ご精錬されご活躍されますことを心からお祈り申し上げます。
佐藤師団長、富樫司令をはじめ、皆様方のご活躍、心から申し上げお祝いの言葉にかえさせていただきます。おめでとうございました。

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2009年6月20日 (土)

第2師団幹部、温泉つき「スキー訓練」

今朝(2009年6月20日)付の北海道新聞第一社会(31)面に次の記事が掲載されていました。

2009620■2009年6月20日付

陸自、温泉付き「スキー訓練」 旭川・第2師団 幹部限定、公費12万円 (06/20 07:36)

http://www.hokkaido-np.co.jp/news/donai/172587.html

【旭川】陸上自衛隊第2師団(佐藤修一師団長)が4月、幹部を対象に温泉入浴を伴ったスキー訓練を計3日、旭岳スキー場(上川管内東川町旭岳温泉)で行っていたことが19日、分かった。同師団のスキー訓練は通常、旭川市の師団敷地内や民間施設で行われており、幹部限定の異例の「温泉付き訓練」に、内部からも「実態はレジャーだった」と批判が出ている。

第2師団によると、訓練は佐藤師団長の発案で、「旭岳スキー場付近の地形把握とスキー技術の向上」が目的という。4月14、17、18日の3日に分けて、師団長や副師団長、幕僚長をはじめ、師団司令部の部・課・室長クラス以上の幹部ら計42人が参加した。

訓練の「参加案内」や「行動概要」などによると、3日間とも午前8時に公用車3台で師団を出発。1時間以上かけて旭岳温泉地区に移動し、ロープウエーを使って「姿見の池」駅付近から展望した後、スキー滑降した。

午後2時半から旭岳温泉のホテルで入浴して軽食をとり、午後5時に市内で解散した。ロープウエーの利用料計約12万円は師団の教育訓練費から出し、入浴や昼食代は各自が負担したという。

訓練の「参加案内」には、参加が任意であることや「旭岳(からの)展望のみの参加でも可能」と明記され、スキー訓練以外の目的も認められていた。師団内部の関係者は「遊び半分だから強制参加ではなかった。各自が勝手に滑るなど、実態はとても訓練とは言えない内容だった」と明かした。

第2師団広報室は「遊びと取られかねない訓練だった。(勤務中の温泉入浴など)配慮が足りなかった部分は改善したい」と陳謝。佐藤師団長は「多少なりとも誤解を与えたことについては配慮が足りなかった」とのコメントを出した。

防衛省陸上幕僚監部広報室は「訓練内容について分からないし、コメントする立場にない」としている。

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驚くような記事ですが、佐藤師団長のコメントもあり事実だったのでしょうね。昨年夏に着任した佐藤師団長は北海道歌志内生まれ。さぞやスキーはお手の物なのでしょう。記事中に「訓練は佐藤師団長の発案で」とあるように、得意のスキーを活用して師団幹部内の親睦を深めようとの趣旨だったのでしょうか。

P80200021 ■着任時、「朝雲」記事より

そもそも訓練ならば参加が「任意」というのも不自然です。また、いくら「旭岳スキー場付近の地形把握」が目的の一つとはいえ「旭岳(からの)展望のみの参加でも可能」とは、小学校時代の「見学でも体育出席」ではないのですから、あまりにお粗末です。目的のもう一つに「スキー技術の向上」があるのですから、目的どおりなのであれば「対象幹部全員出席・全員滑降」であるべきです。

やはりこの「訓練」、記事中の「師団内部関係者」が言うように「遊び半分」だったのでしょう。真の目的が「親睦」ならばそれも頷けます。

師団長の権限があれば、このような公然化できない予算執行・部隊運用も可能だということの証ですね。事実を確認して裏を取り、白日の下にさらした北海道新聞旭川報道部の取材力に拍手をおくりたいと思います。同時に防衛省陸幕広報室の「コメントする立場に無い」との無責任極まりない態度は、この間繰り返される防衛省の無責任主義の象徴のようです。

記事では触れられていませんが、この「スキー訓練」が「遊び半分」で本来休暇を利用すべきものであれば、浪費されたのは教育訓練費から支出したロープウェー利用料、約12万円では済みません。

■3日間とも公用車3台を使用

どのタイプの公用車かは記載がありませんでしたが、3日間とも42名全員が参加していたわけではないと思いますので、最小値を試算するために5人乗り普通乗用車タイプの車両を各日とも3台運用したとの想定をします。仮にレンタカーを借りたとすればどれだけの金額になったでしょうか。

最大手ニッポンレンタカーの料金設定で試算してみました。保険付で各日とも12時間レンタル。旭川~旭岳温泉往復が90キロと仮定して(旭岳温泉「湯駒荘」サイトでは片道43キロと明記)、走行分ガソリン代を現在の旭川市内レギュラーガソリン(フルサービス)価格121円で各クラス実燃費計算で計上。この設定でいくらになるでしょうか?

通常クラスのホンダ・アコード2000ccで合計11万2662円でした。最高級のトヨタ・クラウン2500ccで21万429円です。わざわざ高い車よりも、時期が時期ですから4輪駆動車のほうがよいと思いますので、スバル・フォレスター4WD2000ccで計算しました。すると13万7376円、およそ14万円の支出になります。

とはいえ、ロープウェー往復1800円(団体だと1600円)で考えると単純に各日15名程度の参加とは考えにくく、上記を越えるであろうことは予想できますが、まあ最小値として。

■参加幹部の日当分

そもそも有給休暇を取得すれば日当(給与を日割り計算)については考えなくてよいのですが、本来休暇をとるべきところを勤務(訓練)として行かれたのですから、それに対して国はどれだけの手当てを出してしまったのでしょうか?

これは棒給表など見て考えれば試算できるのかもしれませんが、そこまで暇ではないので、大雑把に42名×一人いくら、と試算しました。上記の通り、人数はもっと多いと予想されますが、最小値として42名で計算。一人当たりの金額もどこを平均値とするかは想像もつきませんが、仮に1万5千円としておきます。

だとすれば、42名×1万5千円=63万円です。

■高くついた「スキー訓練」

他にも42名の他に副官や随行の自衛官がどれだけいたことか。北海道護国神社慰霊大祭にもわざわざ自主的に有給休暇を取得して随行する(←と、師団広報は説明している)くらいなのですから、訓練ともなれば当然ずらずらと随行されているのでしょう。その方々の分は42名に入っているのか、いないのかも不明。

ですが最小に見積もっても公費支出12万+77万円(14万円+63万円)=89万円ほどの費用にあたる「スキー訓練」だったようです。

そもそも「旭岳スキー場付近の地形把握」は師団長以下の幹部お歴々が直接行わなくてはならないのでしょうか。佐藤師団長は常々「今日の脅威に即応し、明日に備える」「より志し高く、目線は低く、常に地域に密着した自衛隊に」(師団創立59周年記念行事での式辞より)と心がけられているようですから、旭岳方面に生じるかもしれない脅威(災害?)に備え、師団長自らが視察された、ということかと。

いづれにしても今後は、誤解が生じないような、そして市民生活の平穏を壊さないような活動を心がけていただければ幸いです。ついでに言えば、私どもが期日を切って提出していた要請書への回答も依然としていただいていません。市民との対話も重要だと思いますが。やはり湯の中で「裸の付き合い」でなければ回答いただけませんか?

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2009年6月 8日 (月)

2009年北海道護国神社慰霊大祭:見たまま聞いたまま

2009年の北海道護国神社慰霊大祭(以下、「護国神社祭」)が6月4-6日開催され、例年通り6月5日の「大祭第一日目」には幹部自衛官らが参加して神道儀式が執り行われました。今年も「見たまま聞いたまま」を以下に紹介します。

P6050001 ■幹部を待つ随行自衛官

6月5日朝9時、北海道護国神社に着くと参加者はまだまばらで、丁度各地からのバスが着いている最中でした。相変わらず「○○町」などと標記された市町村所有のバスを仕立て(又は市町村や同社協が借り上げた観光バスを仕立て)、市町村職員または社協職員が随行しての遺族会「バスツアー」。同行したAさん曰く「若い人がもっといると思ったのに、お年寄りばかりで驚いた」と高齢化の著しさを感じました。

神社境内の駐車場には到着する幹部自衛官を待つ随行の自衛官の姿が。第2師団広報室によれば彼らも「休暇をとり私人として参列」していることになっているのですが、本当でしょうか?形式的にはそうかもしれませんが、自らが副官を務める幹部が「行く」となれば、どうあっても行かなければならないのでしょうね。任務のうちか…と。

P6050009 ■歌う黒岩安紀子氏

9時30分から境内に作られた舞台上では今年の特別企画らしい歌手:黒岩安紀子氏による特攻隊慰霊歌「知覧の母」が歌われました。いわゆる、「散った特攻隊員のおかげで今の繁栄がある」論にたった(というかそのままの)歌詞。歌を奉納された、と呼ぶのでしょう。聞けば「芸能人」というのは神社仏閣で歌舞演劇を奉納する人を呼ぶらしいので、まさしく黒岩氏は芸能人、ということになりますね。

P6050015 ■社務所を出る幹部自衛官

幹部自衛官たちは各々社務所に集って、時間になれば社務所前で神職に従い「手水の儀」というお清めの儀式を済ませ、陸海空の幹部自衛官のみ10名が列を成し、ボーイスカウトの先導をうけ会場に行進していきます。

P6050019 ■鳥居をくぐる幹部達

神社境内を行進し、参拝の遺族すら寄せ付けない雰囲気はまさに「異様」といえましょう。私人として参加したのであれば、なぜ幹部自衛官達だけでこのように行列を成し行進せねばならないのでしょうか。

P6050004 P6050005

儀式開会までの参列者が自由に参拝している時間に特別来賓席をのぞくと、このように座席には官職名が明記されています。文字通り官職に対する招待であり、「私人」と言い切るには無理があると思いますが…。

P6050031 ■「宮司祝詞」に拝礼

最前列幹部自衛官の並び順は上とその上の座席写真のとおり。再掲すると、(1)北部方面総監(代理:同幕僚長)、(2)第2師団長、(3)第2師団副師団長兼旭川駐屯地司令、(4)第2師団司令部幕僚長、(5)北部方面総監部海上連絡官、(6)旭川駐屯地業務隊長、の順でした。北部方面総監部航空連絡官は2列目でしたね。また各連隊長・大隊長も2列目。

P6050044 ■道内各地遺族会の方々

参列の遺族会の方々は例年並みでしたでしょうか。

P6050042 ■町村信孝・自民党衆院議員

北海道連合遺族会長の町村信孝氏、ここ何年も現地調査をしている当会ですが本人を確認したのは初めてです。例年並みの参拝者とはいえ、間違いなく数ヶ月のうちに衆院選挙が行われるこの時期の行事です。会長ということもあり、ここは見せ場(票田)なのでしょう。一方で、余程重要な用事のためか地元の今津寛衆院議員は代理出席でした。

P6050058 ■佐藤修一・第2師団長

式次第の「各代表玉串を奉りて拝礼」では連合遺族会長などの後にまず幹部自衛官たち。その後に政治家が続きます。やはり軍人を祀る神社特有なのでしょうか。

*****

今回は時間があまりなく、山田は最後まで見ることができなかったのですが、おおよそ上記の通りです。なお今回の護国神社祭には、当会の他「政教分離を守る北海道集会実行委員会」のみなさん、新日本婦人の会旭川支部平和部のみなさん、靖国神社と北海道護国神社の比較研究をすすめている北大准教授のフィリップ・シートンさん等が境内の雰囲気を壊すことなく現地調査をすすめました。

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2009年6月 4日 (木)

陸上自衛隊第2師団長宛に要望書を提出しました

旭川平和委員会を含む旭川の平和運動に取り組む4団体(下記「要望書」内に全団体名称記載)は2009年6月4日午前、陸上自衛隊旭川駐屯地を訪ね佐藤修一第2師団長宛の「要望書」を提出し3項目の具体化を要請してきました。

Sn3d0396 ■要望書を渡す霜野氏

訪ねたのは道北原水協から霜野洋一事務局長と、旭川平和委員会から由井久志事務局長代行(青年部長)。陸上自衛隊側では第2師団司令部総務課広報室長の木島氏が応対いただき、「趣旨を師団長に伝え、答えられるものは回答する」旨の話がありました。

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●提出先

陸上自衛隊第2師団:師団長 佐藤 修一 様

●要望団体

安保破棄諸要求貫徹旭川実行委員会:事務局長 湯川 界
原水爆禁止道北協議会:事務局長 霜野 洋一
旭川労働組合総連合:議長 守屋 敬義
旭川平和委員会:事務局長代行 由井久志

●要望趣旨・要望事項

拝啓
向夏の候、ますます御健勝のこととお喜び申し上げます。
さてこの度、私ども平和を願い日本国憲法の民主的平和的条項の実践を喜びとする4団体は、6月5日に「大祭一日目」が行われる「北海道護国神社慰霊大祭」(以下、「護国神社祭」と称す)および6月14日「第2師団・旭川駐屯地創立記念行事」(以下、「駐屯地開放」と称す)に関して貴職に関わるいくつかの要望事項をもっております。これら要望事項は市民多数の願いとも、憲法の諸条項とも一致する内容を含んでいると考えており、貴職におかれましては公務遂行のなかでぜひとも留意いただきたいと考えます。以下、具体的に説明を付して要望いたしますのでご検討の上、6月8日までに書面(FAX:0166-22-2136旭労連)にてお返事頂けますようお願いします。
敬具

(1)平成21年度北海道護国神社慰霊大祭への幹部自衛官の参列に関わって

例年、護国神社祭の「大祭一日目」の玉串奉納の行事には制服を着用した陸・海・空各自衛隊幹部自衛官が参列しています。とりわけ第2師団に関わっては師団長・副師団長・師団幕僚長・旭川駐屯地業務隊長・各連隊長大隊長など多数参列されています。師団広報室によれば「休暇をとり私人として参列」しているとのことですが、制服を着用した幹部自衛官が官職・役職者を招待している特別来賓として官職名を明記した特別来賓席に座り、官職氏名を紹介されて玉串を奉納するということは、市民一般から見れば神道行事に自衛隊が公式に参列していると受け取っても仕方ありません。このことは日本国憲法が定める政教分離原則から考えても好ましい事態ではないと考えます。制服着用については関連の訓令があることも承知していますが、私人として参列しているのであれば特別来賓としてではなく、一参拝者として応ずるべきと考えますがいかがでしょうか。

【要望一】現職の幹部自衛官による護国神社祭への参加にあたっては、日本国憲法第20条3項の規定による「私人」「公人」の区別を明白にするため、特別来賓の招待を自ら辞退していただきたい。

(2)2009年度第2師団・旭川駐屯地創立記念行事

今年の駐屯地開放には例年に無い「空挺降下」があると聞いています。空挺降下については歴史的にも賛否両論があり、私たちは自衛隊が掲げてきた「専守防衛」にすら馴染まない侵略型の訓練内容だと考えています。その賛否を脇に置いたとしても、そもそも空挺降下訓練自体が大変危険な訓練であることはご承知のことと思います。この間も、2007年2月と2009年4月の2回、降下訓練中の死亡事故が発生していますし、2008年3月には操縦ミスと思われる域外への誤降下があり負傷者が出ています。
旭川駐屯地内の降下予定エリアである旭川飛行場北側は駐屯地敷地向かいに道営住宅や商業施設がある市民の活動地域であり、事前訓練や当日の誤降下や事故などが危惧されています。
また事前訓練と思われるCH-47J(又はJA)と思われる大型ヘリの飛行が確認されており、「いつもより騒音がひどい」などの苦情が私たち4団体に寄せられています。

【要望二】6月14日駐屯地開放の際の「空挺降下」訓練展示を中止していただきたい。

【要望三】空挺降下関連の情報開示をお願いしたい。即ち、以下の点について説明をお願いしたい。
一、6月9~12日まで夫々の時間帯に事前訓練が行われるとの案内がありますが、うち「空挺降下」訓練を予定している日はあるか否か。
二、あるとすれば何日の何時ごろに予定しているか。
三、今回の「空挺降下」は高度何メートルくらいから何名が降下する予定であるか。
四、上空で落下傘を操縦しての「旋回」等、パフォーマンスを考えているか否か。

以上

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回答があり次第、ご報告したいと思います。

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