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2009年7月14日 (火)

博物館学の研究者と見学する北鎮記念館

7月12日(日)、当会青年部が呼びかけて「博物館学の研究者と見学する北鎮記念館」を実施し、北鎮記念館の展示物に関心をもつ人など7名が参加しました。これは予てより付き合いのある静岡県立大学国際関係学部の藤巻光浩准教授が来旭され、北鎮記念館を見学しに行くとの話を受けて呼びかけたもの。当会の若いメンバーと、歴史教育者協議会旭川支部のメンバーらが集りました。

P7120001 ■案内要員に質問する藤巻氏

北鎮記念館リニューアル後も一度見学している藤巻氏は全体を2時間くらいかけてじっくりと見学。他のメンバーも各々見学し、わからないことがあると説明の広報官(自衛官)や平塚清隆館長に質問。

リニューアル前の北鎮記念館と比べ「戦死した軍人の(戦死=美徳かのように書かれた)遺書など、あまりに軍国主義賛美な展示は少なくなっており全体として整理されている」と言いつつ、全体として郷土資料館的な印象が濃かった雑然と寄贈品を並べている旧館と比べ、言葉を精査し展示をすっきりとしつつも旧第七師団の存在をクローズアップさせようという狙いが鮮明な新館展示に残念そうな藤巻氏。

「博物館学の視点からすれば、展示スペースの冒頭に何を持ってくるかはコンセプトを決める」という藤巻氏。旧館は「国見の図」が掲げられていた同所に、いまは北海道開拓(侵略)の歴史案内ボードがあることに「どういう狙いがあるかわからない」と藤巻氏。山田が「むしろ狙いなど無く、単に時系列にしただけなのでは?」と述べると「そうかもしれない…」と。

また新展示として下記の写真が展示されていました。

P7120081 ■写真

P7120082_2  ■説明文

このように真偽が明らかでない資料を「参考資料」と展示冒頭に掲げてしまうあたりは、「そもそも北鎮記念館が博物館でなく自衛隊PR施設であることの証し」だと切り捨てた藤巻氏。山田もその通りだと思います。何の意図があって、何の関わりがあって掲げているのでしょうか?

また今回、新たに設置されたらしき(と山田が主観的に感じた)展示物がいくつかありました。まずは旧師団の全体模型に掲げられた戦前の写真。

P7120074

P7120077

P7120076

上記の他にも数枚ありますが、ご覧のとおり、とりわけ招魂祭にかかわるものが多いことが気にかかりました。旧軍のみならず、自衛隊もが護国神社との関わりを深めている証しでしょうか?

一緒に見学していた女子学生Aさんは「北鎮記念館は2回目?か3回目くらい」と述べつつ、「『日支事変』とか『ノモンハン事件』とか、それぞれの事変・事件で第七師団が何をしたかは書いてあるけれど、その事変・事件がどういうことが起きたのか?どういう性格の事変・事件だったのか?背景には何があったのか?については全くわからない」と述べていました。この疑問には退職高校教員のB氏が「その通り。教科書を前提にしているかといえば、通常ここらで使われている教科書には記載されていない事柄もある。用語だって独特の使いまわしで、教科書との整合性も問われる。子どもは呼称が違えばわからないかもしれない」と感想を言っておられたのが印象的でした。

また上記Aさんは「沖縄戦で亡くなった北海道の兵士は沖縄を除く全国一多いのに、この資料館に展示品が一点しかないことに遺族は納得しているのだろうか?」と疑問を提示していました。山田から「広報陸曹の説明では、ここは旧第七師団の展示コーナーなので、再編成された別の師団等の展示は主目的ではない、ということらしい」と以前受けた説明を紹介すると、納得いかない様子でした。それはその通りで、「旧題七師団のみ」などという説明は詭弁に過ぎず、もし沖縄戦関係の寄贈品が無いのだとしたら寄贈呼びかけをするべきではないかと思います。

さらに藤巻氏は「屯田兵から第七師団創設の間には制度的にも大きな隔たりがあるにもかかわらず、そこが一連の流れとして描かれている。その意味では第七師団創設のあたりの展示は詳細な関連資料がなく、ここに歴史の錬金術があるとも言える」と述べ、錬金術の最たるものが「国見の図」であろう、と指摘しました。過去の一出来事を「国見」という言葉で飾り立て、あくまでも天皇制国家が旭川の礎を築いたのだと宣伝するプロパガンダであると。「国見の図」は昭和17年に書かれており、まさに時代背景的には合致します。

また「アイヌについての記述が少なすぎる」とし、和人の視点からしか描かれていない偏った「屯田兵史観」はアイヌ民族を先住民族とした国会決議とも相容れず、少なくとも第七師団に関わった事柄としても「沖縄戦に参加させられたアイヌ兵士のことなど展示すべき」と述べました。

1階に降りて、警察予備隊~自衛隊のコーナーは明らかにイラク関連の展示比重が増していました。

P7120083 ■イラク派遣装備モデル展示

P7120085 ■イラク派遣装備品

P7120093 ■イラクのお金

当日は北鎮記念館と民間のプラモデル愛好者らによる『北のモデラーズ大作品展』の初日であり、1階ホールでは展示者らがガヤガヤと準備し、展示スペースは多目的学習スペースや図書スペース、上記自衛隊コーナーまで広がっていました。

P7120098 ■旧日本軍の飛行機たち

P7120100 ■米軍の飛行機たち

この主催は「クラブ『ひこうせん』と有志メンバー」となっており、チラシを見れば市内4つの模型関連店舗が地図で紹介されています。期間中は7月18日(土)に「北のモデラーズコンテスト」、26日(日)には「夏休み親子模型教室」(受付終了)などが計画されているようです。

詳細は今後記事にしたいと思いますが、この作品展が紹介された雑誌『メディアあさひかわ』2009年7月号の記事などを読んでも、「なぜ北鎮記念館でこの作品展か」という疑問に答えるような記述はなく、単に北鎮記念館側の「人を呼べるイベントを」との意図と、クラブひこうせん側の「念願の『地元での作品展』を」との願いが合致しただけのこと。結果的にはモデルを餌に子ども達や若い世代(もちろん、昔作ったであろうオジサン世代)を集客し、官民合作の自衛隊募集大作戦を敢行しようという作戦に他ならない、と感じています。

もちろん、藤巻氏も山田も子どもの頃は戦艦や戦闘機、ガンダムやヤマトなどのプラモデルを散々つくった元モデラー。クラブひこうせん側の「自分の作品を見て欲しい」との願いは理解できます。ならばこそ、苦労してでも別に会場を確保して集客すればよいのです。むしろ北鎮記念館などより少なくともサイパルの方が適しています。それを安易に北鎮記念館の提案にのってしまった。残念でなりません。

さらに一言すれば、このような展示会・写真展をしようというときに、有志でコツコツ活動している団体の会場費負担が意外と重い負担になっていることも指摘しておきたいのです。旭川市は継続的に行われる文化活動への支援をすべきです。

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