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2009年4月に作成された記事

2009年4月21日 (火)

訃報:川瀬氾二さん

根室管内別海町など4町にまたがる陸上自衛隊矢臼別演習場内に住み続け、移転を拒否し自分らしく生き続けられた川瀬牧場主の川瀬氾二(かわせ・はんじ)さんが2009年4月20日午前6時1分、入院先の釧路市内の病院で亡くなられました。82歳とのこと。

Photo ■在りし日の川瀬さん

岐阜県出身の川瀬さんは1952年に原野だった矢臼別へ入植。苦労して開墾してこられたそうです。1962年に矢臼別原野の開発計画が撤回され、演習場設置が諮問されました。同年、反対共闘会議設置。翌63年供用開始。64年用地買取交渉すすむなか川瀬さんら2氏が拒否。65年第1回平和盆踊り。68年矢臼別平和委員会結成。97年米海兵隊移転訓練開始。2005年イラク派遣差し止め請求訴訟(箕輪訴訟)の原告に加わる。07年「平和会館」完成。08年脳出血で手術。療養生活に入る。以上、矢臼別と川瀬さんの関わりをパンフレット『演習場のどまん中から・第9集・08-09年矢臼別の四季』(発行:矢臼別平和委員会)の「略年表」から抜粋しましたが、とても書ききれないドラマやたたかいが記録されています。

平和運動の大先輩の川瀬さん。苦労して開墾した大切な大地に住み続けたい。その思いから買取を拒否され、反戦地主と言われながら自然体でコツコツと人生をすすめられた川瀬さん。その姿から、私たちが学び受け継ぐべきものはたくさんありすぎて…。川瀬さんの人生とたたかいに思いをいたし、遺志を受け継ぐべくさらに歩みをすすめる所存です。自然体で、コツコツと。

川瀬氾二さんのご冥福をお祈りします。今頃は、先だって亡くなられた盟友ともいうべきアレン・ネルソンさんと彼の地で再会されているでしょうか。

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北海道平和学校09:アフガニスタンに必要な国際支援*日本にできること

2009年4月18日、札幌で「アフガニスタンに必要な国際支援*日本にできること」と題して北海道平和学校2009が開かれ、約80名が参加。旭川・上川地方からも5名の青年が参加しました。

講演したのは日本国際ボランティアセンター(JVC)の谷山博史代表。谷山さんは1986年にJVCに参加。タイ・カオイダン難民キャンプを皮切りに、ラオス・カンボジアでの駐在を歴任。94年からJVC事務局長。2002年には再び現場に戻り、アフガニスタン現地代表。06年から現職。この現場での長い経験から得た経験や教訓が谷山さんの「確信」を形成しておられるのでは?と感じました。

090418_184302 ■講演する谷山さん

講演ではアフガニスタンそのものの紹介から始まり、アメリカによるアフガニスタン攻撃後の「泥沼化」する現地情勢や人々の生活の息遣い、何が困難にさせているのか、などが詳しく語られました。アメリカや諸外国が増派すればするほどタリバンなどの支配地域が広がっていること、その背後に深刻な貧困があること、増派や米軍の残虐性が広がるにつれ国際NGOが活動しにくくなっていることなどから、アフガニスタンの人々にとって「複合的な危機」が広がっていることを訴えました。それは450万人もの栄養支援を必要とする国民がいること、うち子ども100万人、女性50万人は栄養失調状態にあること、一方で中立的援助スペース(人道支援活動の場)が失われつつあることを指摘。

特にPRT(地方復興チーム)と呼ばれる各国軍による人道復興支援事業が軍事作戦と人道支援の境目をわからなくさせており、またPRTの軍事化がすすみPRTの得た情報が軍事作戦に転用されている等、アフガニスタンの人々が「人道支援」を信頼できなくなっていることを大問題として指摘しました。JVCが開設していた診療所がPRTに占拠され、支援とは名ばかりの横暴や診療所からの「射撃訓練」、診察も無く医薬品をばら撒く危険な活動を目の当たりにし、JVCの告発や国際NGOの団結の力もあって止めさせた事例も紹介されました。「とにかくまずPRTをやめさせなければ」との言葉に納得するとともに、某国首相が「人道復興支援ですからっ!」と自国の軍事組織をイラクに派兵した事例が思い浮かびました。谷山さんが「軍隊には人道支援はできない」と断言された姿に強く共感しました。

タリバンなど武装勢力が復活していることに関連し「一番不安に思っているのはカルザイ大統領ではないか」と話し、以前まったく無視していたタリバンとの交渉を公言するようになり、2008年10月にはサウジアラビアの仲介で交渉がはじまっていることを紹介。また、武装勢力といえばタリバンばかりが有名ですが、実は他にもいくつもの勢力がある、と詳しく紹介され、それらを含めた全勢力による真の和平合意が必要ではないか、と問題提起されました。

特に講演のなかで印象深かったのは、まず第一に谷山さんの信念とも言うべき「対話しか平和を実現できない」との固い決意。そして現地の人々との長い活動の土台に得た教訓としての「どんな相手も信じる。しかしアテにはしない」との言葉。何よりも異なる文化圏での支援にあたっての姿勢と言うか、決意と言うか、そういうものへの大きな共感を感じました。

そして日本のあるべき姿に対して、アフガニスタンの人々が日本にもっているイメージが良いことを「特殊な財産だ」と指摘。これを活用すべきなのに、軍事一本やりの逆の対応をしようとしていることに強い懸念を述べられました。

090418_184202 ■目立つ若い参加者

講演後、平和学校を準備したスタッフとともに、旭川からのメンバーのうち4名も谷山さんとの懇親会に参加。親しく言葉を交わす中で谷山さんに「ぜひ旭川にも来てほしい」とお願いしてきました。来年とか、あまり遠くない時期にぜひ旭川でも講演いただけるよう機をみて具体化したいと思います。

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2009年4月20日 (月)

2009年4月公開例会:「アイヌ民族を知り、自らを知る」

当会青年部はこのほど「アイヌ民族を知り、自らを知る」と題して4月公開例会を開きました。この公開例会には青年部員の他、青年団体メンバーや市内複数の大学生、アイヌ問題に取り組む青年、歴史研究者や九条の会関係者など23名が参加しました。

講師に北海道アイヌ協会江別支部長で元道立中札内高等養護学校長の清水裕二さんをお招きし、アイヌ民族が受けた侵略の歴史や差別・偏見、教育現場での課題や民族教育の可能性、国会「先住民族決議」以後の動向について講演を聞きました。

Sn3d0311 ■清水さん

清水さんは講演の冒頭、38年間の教員生活を振り返り、「一番辛かったのは学校の職員室だった」と語り参加者は驚きました。アイヌ民族として認知され、途中から自らアイヌであることを隠さなかったからこそ「信頼すべき仲間がいるはずの職員室に、一部ですが信頼できない先生がいた」「いまだに許せない思いもある」と語り、差別の厳しさを紹介しました。

清水さんは「アイヌ民族だから」と受けてきた差別や「いじめ」を紹介。「成績でしか見返すことができなかった」と、清水さんは必死で勉強し、高校でも常にベストテンに入る努力家でした。一方で「アイヌの言葉を教えない」ことが徹底されてきたため、現在なお「アイヌ語は話せない」と清水さん。民族の尊厳を奪ってきた同化政策に驚きの声があがりました。

2008年6月に「アイヌ民族を先住民族と認める国会決議」が全会一致で採択されましたが「これは外圧(国連機関等の圧力)の結果」とみる清水さんは決議後、巻き返しを狙う右派による「怪文書」が旭川を震源地に発せられ、全国に波紋を広げていると指摘されました。また、決議の提案説明にも「御同情」と記載があり、「いま真に必要なのは『同情』ではなく謝罪ではないのか」と問いかけました。アイヌ民族が辿った歴史を多くの国民が知ることで、真の政府による謝罪と先住民族の権利擁護を実現しようと呼びかけました。

清水さんは「アイヌ民族学校」の可能性についても触れ、多くの権利を含む先住権のうち「教育権が一番大切ではないか」とその内容を紹介しました。

Sn3d0307 ■熱心に耳を傾けました

講演後の質疑応答では若い参加者2名が「厳しい差別の中で、なぜ教員生活を続けてこれたのですか」など質問が出されました。清水さんは「(教員を)途中でやめてしまったら『だからアイヌは…』と言われる。それに加えて自分を支えてくれた家族を養うため、最後までがんばることができた」と家族への感謝の言葉で講演を結ばれました。

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★当例会は「財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構」様の「アイヌ文化活動・アドバイザー派遣事業」により講師派遣をいただきました。この場にてご紹介するとともに、お礼申しあげます。

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2009年4月 8日 (水)

自衛隊ヘリコプター、連続して夜間訓練で苦情来る

4月6日~7日の両日、陸上自衛隊第2師団第2飛行隊のヘリコプターと思われるヘリ2機が夕方6時過ぎから8時過ぎまで2夜連続の夜間飛行訓練を行いました。春になって飛行訓練が頻発してきたと過日書いたばかりでしたが、平穏な夜を打ち破る上空の爆音に、複数の市民から当会に「苦情」というか「情報提供」の声が寄せられました。

確認しているのは両日とも2機(一部に3機?との声もあったが、明確に確認したのは2機)のヘリコプター(OH-6か?)が陸上自衛隊旭川駐屯地から旭川市末広と東鷹栖あたりまでのエリア上空を周回飛行していたこと。赤い点滅灯は昼間の飛行時より低く見えたものの、それは確かかどうかは不明。

末広在住のある男性は「自宅上空を10分間隔で飛んでくる。真上を通るらしく定期的な爆音は耳障り」と話しています。

大町在住の男性は「6日夜7時30分に2台(2機)飛んでいる。TVの音も聞こえないくらい」とわざわざ連絡をいただきました。

実はブログの記事を書いている今も市内上空を飛んでおり、定期的に飛行音がやってきます。居住者にとってみれば昼間も飛んで、夜も…となれば強度のストレスとなることは間違いありません。

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これにたいし、特定の意図を持っていると思われる人から「抗議」とも「中傷」とも、または単なる「鬱憤晴らし」とも思える匿名メールが届いています。その内容は「自衛隊のヘリだけとりあげて騒音を言うのは単なる反自衛隊。千歳空港や旭川空港周辺の住民は?騒音を言っているのは極少数ではないか」との意見。他には一部野党に対する誹謗中傷を並べ立て、いかにも私たちがそれら一部野党そのものであるかのような攻撃をなさっています。勘違いも甚だしい。私たちはあくまで一致点で共同している平和活動グループなのに。

基本的にまともな論争でない限り個別回答はしませんが(以前から申しあげていますが、立場は異なっても建設的対論ならばコメントを開示しますし、個別メールへの返答もしています)、多くの市民にとっても有用な情報になると思われるのでここで一言したいと思います。

新千歳空港の騒音問題にかかわる地元住民や自治体の困惑の声と道議会とのやりとりはメディアでも相当報道されていますからここでは省きますが、旭川空港の場合、使用航空機のジェット化にあたっては騒音被害が懸念され、地元住民の声を反映して昭和55年度以降、継続して「航空機騒音測定業務」が実施されています。これは空港設置にあたり騒音被害をうける東神楽町との協定によるものです。ですが、自衛隊ヘリコプターに関しては騒音測定調査が行われているとの情報は確認できていません。直接、第2飛行隊に苦情を述べても「法律で訓練できることになっていますから」の一点張り。設置主体が自衛隊だと闇のベールに包まれてしまいます。

その「闇のベール」は訓練の実情にも反映しています。以前にもご紹介しましたが、総務省旭川行政評価分室の事情聴取結果によれば、自衛隊は飛行訓練に対する自主ルールを持っているとか。そのルールから今回の夜間飛行訓練をチェックすれば、「自主ルール」というのがいかに無意味であるかということがわかります。即ち、(1)飛行訓練は午前8時~午後5時までを原則とし、夜間訓練は週一回程度午後8時まで行うとのこと。すでに7日夜で2夜連続であり、原則を逸脱しています。(2)飛行訓練は郊外の山間部で行っており、住宅地上空は行き帰りに通過するとのこと。ですが前回も書きましたが実際は住宅地の真上を旋回飛行しています。騒音ばかりか、住民は墜落の不安にも覆われているのです。

では、このような「不安」は「極少数」の声なのでしょうか。私たちのもとに寄せられるメールでの市民世論はもちろん数名の方々で「極少数」と思えるかもしれませんが、実際は声なき声がたくさん存在します。例えば旭川市ウェブサイトから次の市民の声を紹介します。

■平成19年旭川市民アンケート調査報告書より:「自衛隊の基地も街の中心に近くヘリコプターが飛び回り騒音がひどいですね。それに敵の標的にされて危険です。自衛隊の方々には申し訳ないのですが、基地を千歳などに統合していただき、跡地は公園にしてください」(神居地域・男性・40代)

■平成19年6月20日まちづくり対話集会での西川市長挨拶:「地域のみなさんから『市長への手紙』などでご意見を頂いておりますが、春光地区から頂いたご意見では、例えば自衛隊のヘリコプターが飛行しているがもう少し周囲に配慮願えないでしょうかというようなご意見を頂いていたり…(後略)」

前者の「千歳に統合」というのは私たちの意見ではありませんが、もし自衛隊がどうしても訓練が必要だというならば離島とか真に山間部の奥深くなどにヘリポートを建設して訓練するのも一案かと思います。また後者の市長挨拶ですが、第2師団創立記念行事の来賓挨拶で自衛隊を天まで持ち上げる挨拶をして、とても「反自衛隊」とは思えない西川市長がわざわざ春光地区での対話集会でそのような例をあげるということは、背景に相当の苦情があると推察せざるを得ません。

私たちは35万都市上空での危険な飛行訓練を恒常的に行われ、市民生活の平穏を崩されることに反対です。ですがその思いを脇に置いたとしても、まずは自衛隊には自ら原則としたルールは守ってほしいですし、そもそもどういう訓練をするかということは地元自治体および住民と話し合って大枠を決めていってほしいと思っています。そういった歯止めが無ければ、際限なく訓練が拡大していってしまいます。

そのような地域住民の切なる願いを「反自衛隊」とレッテル貼ることは、まるで自衛隊情報保全隊がフツウの市民運動を「反自衛隊活動」と規定して違法に情報収集・蓄積をしていたことと似ているように思えてなりません。

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