« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »

2008年12月に作成された記事

2008年12月17日 (水)

2008年11月例会:憲法9条と25条-貧困世帯を「襲う」自衛隊勧誘

12月例会と報告は前後しましたが11月下旬のある日、旭川平和委員会青年部は11月例会を開催しました。

テーマは「憲法第9条と25条」。テキストに発行されたばかりの9条の会憲法セミナーブックレット「人間らしく生きる-憲法第9条と25条」(暉峻淑子さん、湯浅誠さん、大江健三郎さん)を活用しました。同ブックレットの湯浅さんの部分の読み合わせをし、感想交流。

0002 ■頒価300円(送料別)

アメリカでは軍隊は徴兵制ではないものの貧困世帯の子ども達が「大学にすすみたい」「健康保険に加入したい」と思えば軍隊に入るほか無く、「貧困世帯徴兵制」だとのリポートがあります。これらは映画『アメリカばんざい』で詳しく知ることができますし、健康保険から貧困層が排除されている様子はマイケル・ムーア氏の映画『シッコ』でよくわかります。これに似た状況が実は日本にもあるのだということを湯浅氏は実体験から報告されています。

●「アメリカばんざい」 http://www.america-banzai.com/

●「シッコ」 http://sicko.gyao.jp/

実際に例えば「女性自衛官の人権裁判」をたたかう空自の現職女性自衛官は自らが通信制の大学で通うため(また、阪神大震災等での救援活動を行う自衛隊の活動に共鳴したこともありますが)に自衛隊に入隊します。貧困が襲う日本で、自衛隊入隊というのは経済的困難を解決する最後のチャンスともいわれています。

以前とある高校教員は「就職難のいま、就職口になると思えば相手が自衛隊だろうと無下にできない側面がある」と述べ、高校吹奏楽部への自衛隊コンサートへの出演を断れない「背景」を語りました。

例会では法律事務所事務員や病院職員、福祉職員らの青年部員がそれぞれの職場から9条と25条の関わり、それぞれの切り口での平和的生存権を語り合いました。このブックレットはおススメです。9条の会HPから注文できます。こちら(↓)からどうぞ。

http://www.9-jo.jp/news/booklet-etc.html#081104booklet6

また9条の会第3回全国交流集会に参加した部員から報告をしてもらいましたが、ここでも昨年の第2回以上に「9条と25条」の関わりが語られた、との報告がありました。

11月例会では参加してくれた学生さん(非会員)が平和新聞を購読してくれました。

にほんブログ村 平和

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月15日 (月)

2008年12月例会:国際協力を考える-ガーナ支援の現状と課題-

旭川平和委員会青年部は某日昼間12月例会を行いました。今回のテーマは「アフリカ・ガーナへの支援の実情と課題」。青年部メンバーの知人でJICA(国際協力機構)職員として9月までガーナに滞在し、青年海外協力隊員の活動をつぶさに見てこられたSさん(女性)に来ていただき現地の様子をあれこれと聞くことができました。

Pc140015 ■報告の様子

最初にアフリカの地図(アフリカ全土が国別に線がひかれている地図)をプロジェクターで投影しながら「ガーナはどこでしょう?」と質問。英語で国名が書かれているにもかかわらず、なかなか見つけられないメンバー達。「東海岸あたりと勘違いしている人が多いです」とのことですが、実は山田も少し前に調べるまで東側にあるのかな?と勘違いしていました。
その後、ガーナの地図(10の州に分かれているそうです)を見ながら「首都がここで…」「ここからここまで650キロですが実際行くには時間がかかって…」とか説明を受けました。
次に訪ねて回った青年海外協力隊員の方々のそれぞれの活動なども交えて、現地の人々の暮らしぶりや経済状況、人々の雰囲気などを聞きました。とてものんびりしていて他者に対して穏やかだ、というのが聞いた第一印象でした。バスに乗っているとき何時間も待たされ出発したと思ったら突然引き返した。何事かと思ったら子どもを抱えた母親がいたので乗せて病院まで連れて行った。その後何事もなかったかのように元の道を走ってゆく、とか。日本ならメディアに取り上げられて大問題で運転手は懲戒処分を免れないだろうけど、そんなことお構いなしだそうで。
移動手段にバスが活用されていてバス乗り場には物売りの人がたくさん押し寄せているそうです。ゆで卵がよく売られていて、時々あたる(汗)そうなんですが、報告者Sさんもよくゆで卵を買っていたそうですが運よく(笑)一度もあたらなかったとか。
一方、教育を受けさせるのはなかなか大変で、とくに女性は早々と結婚して家に入るというのがよくあり、学校教育を受ける機会を逃しているそうです。国は学校教育を奨励しているものの現実とは差があるとか。ガーナには60数語の言葉があり、小学校以上では公用語の英語で行われているそうなので、大抵は英語で会話ができるそうですが、そうやって学校教育を受けられなかった人々は英語は話せないとのこと。
JICAの行っている支援と現地の人々の気持ち(というかニーズというか…)の差も若干あって、例えば村唯一の水源である沼。寄生虫が発生し、命に害はないものの痛みを伴う場合があるので対策を実施。沼に人力ポンプをつけて布で濾して寄生虫を取り除くようにしたり、そうしない場合は煮沸するように知らせたり。しかしそれまでの人々の習慣はなかなか崩せず、寄生虫はまだまだ治らないそうです。その寄生虫は身体にいるうちは害が無いそうで、ただ足から外に出ようとして出るときに痛いのだそうです。それを上手にとる医療ボランティア活動を行う現地の人もいたり。
その他にも青年海外協力隊員の若い人々が実施するさまざまな活動を写真や説明で聞きました。聞けばどの人々の活動も苦労や喜びがあるそうで、決められた区切りごとの報告書を読むと涙が出てくるときもあるとか。JICAの活動には協力隊員として派遣する日本人青年の人間的成長というのは事業内容に含まれていないそうですが、2年間の任期を終えるとかなり違ってくるとはSさんの言葉。なかには「応募する前まで引きこもりでした」という人も。よく応募したなーって思いますが、現地ではよくがんばっていたそうです。
ちなみに東京新聞12月7日付サンデー版「世界と日本大図解シリーズ:新JICA」によれば、現在76カ国に男性990名、女性1576名の計2566名が派遣されているそうです。逆に日本にも9370名の研修受け入れ、現地研修や第三国研修も含めると年間3万1千人余の研修を実施しているとか。なかなかの大事業です。JICAはこれまで外務省やJBICが実施していた無償資金協力や円借款も新たに実施主体となることになりました。ODAというと途上国に資金提供している、という印象だけが世間にはありますが、一番多いのが円借款。これは相手国に資金を貸し出すことで、結局は返済が生じます。
Sさんの話を聞いて国際協力というのはニーズをよく把握することが大切だなーと思いました。日本が先進国の視点で良かれと思って押し付けても、結果としては現地の人に活用されない場合もあります。一方「ODAはいらない」論が時折ありますが、青年海外協力隊の多くの方々のように現地に根付いて、人々と交流しながら国際協力の貴重な担い手となっている例も多々あります。そういう面にきちんと光をあてれば単純な不要論は出ないだろうと思います。
約一時間の報告の後、質疑応答を行いました。「例会のテーマがガーナと聞いて、チョコレートしか思い浮かばなかった」という部員の声に応えて(くださった訳ではないでしょうが)、メイド・イン・ガーナのチョコレートをお土産でいただき、みんなで分けて食べました。美味しかったですよ。

Pc140023 ■パッケージ

Pc140022 ■裏の説明書き

Pc140025 ■三等分しました

平和の課題というと身近な事柄やその時々のホットな話題に集中しがちですが、地球規模の視点で貧困を乗り越え、人々が飢餓無く暮らせるよう力を合わせていくことも平和共存のために重要な取り組みだと思います。日本の安全保障のためという狭い視点だけでなく、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認」(憲法前文)した国家として世界人類の平和共存のための学びと実践というのも実に貴重だと思いました。
今後もアフリカなど途上国の抱える問題は視野にいれていきたいと思います。

にほんブログ村 平和

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月10日 (水)

12月某日、靖国神社を訪ねてきました

12月某日、所用で上京中に2時間ほど空き時間が生じたので靖国神社を訪ねてみました。生まれてはじめての靖国神社。映画「靖国」旭川上映会の準備に関わったこともあり、実際の靖国神社の雰囲気を肌身で感じてみたかったのです。

地下鉄東西線「九段下」駅を降りる(というか地下から地上へ昇る)と、目の前には東京理科大の建物。左手に日本武道館らしき「大きな玉ねぎ」を眺めながら爆風スランプの歌を思い浮かべる。右手を見ると大きな鳥居。靖国神社は目の前。

横断歩道の手前に何やら路上にボードを並べるおじさん。遊就館で上映されている「南京の真実」を宣伝する人だった。CS「チャンネル桜」関係の人かもしれない。神社敷地に入る。坂道の銀杏の落ち葉を集める用務のおじさん。目の前に日本一大きいという大鳥居。その向こうに大村益次郎の銅像が見える。

Pc060014 ■正面入口付近

Pc060016 ■大村益次郎像

それにしても銀杏臭い。懐かしい香りでもある。小学校の頃は秋になるとこのニオイがしたものだ。中高生の姿をいたる所で見かける。修学旅行なのだろうか、隣接する駐車場には大型バスが何台も停まっている。そういえば文部科学省が修学旅行等での靖国神社見学を解禁したのは最近だったと思う。その影響がすでにこんなにも出ているのか、と少し驚く。問題意識をもたない教員からすれば靖国神社も代々木公園も同じだというのだろうか。

「ビラ配布」「集会」など無許可での禁止事項が大書されている看板があちらこちらに目に付く。珍しい神社だ。それだけ特殊だということの裏返しではないだろうか。その隣に「創立140年記念事業」への「奉賛」を求める看板も立っている。これは後で述べたい。

Pc060017 ■禁止事項を並べた看板

少し歩くと道路に出た。その向こうはいよいよ本殿等がある。改めて敷地の大きさに驚く。この一等地でこれだけの敷地を所有していて、宗教団体だから無税(事業収入には課税されるが)だとすれば、あそれだけでもかなりの恩恵を受けている。もちろんそれは靖国神社だけのことではないが。

「神門」とやらの手前に「全国靖国献酒会」の看板があり、北海道の欄を見ると「北海男山」(男山酒造)、「国士無双・黒松高砂」(高砂酒造)、「大雪の蔵」(合同酒精)の旭川地元3酒造が勢ぞろい。「北海道ワイン」まで入っていることには驚いた。酒と宗教儀式というのは切っても切れないのだろうか。

Pc060023

Pc060024 ■「9条酒」を出す蔵元も(笑)

神門をくぐり進むとまたもや「創立140年記念事業」への「奉賛」を求める大きな看板。よく読むと事業の一つに「靖国教場」なる施設を新築するそうな。それは「次代を担う青少年の研修施設として活用」するというのだ。靖国派教育の総本山をつくろうというのだろうか。それで後述するが「遊就館」のような歴史観にたつ教育を徹底するというのは考えるだけで末恐ろしい。

Pc060020 ■境内に2ヶ所の看板

拝殿の前に遺書を掲示している看板がある。北海道護国神社の神門前にもあり「ああ、これか」と思って立ち止まる。オバちゃんが一人、看板に書かれた内容を紙にしたものを何枚も取り出し同行者らしき若い女性に「家で読みなさい」と渡しているのが耳に届いた。オバちゃんは何を思い、何を語っているのだろう?

Pc060027

拝殿前に若い女子中学生か高校生かがジャージ姿で並んで拝んでいる。この神社がどういう祭祀を祀っているか知っているのだろうか?知っているのなら、何を願っているのだろうか?客観的には他の神社やまたはお寺を訪ねるのと何ら変わらぬ屈託の無い笑顔。

Pc060019 ■人で賑わう境内

Pc060030 ■参拝する女子学生

時間が無いので遊就館へ向かう。800円の入館料を惜しみつつ払い、なかへ入る。遊就館の展示物をいちいち書いていたら何時間あっても足りないので省くが、最初は日本の歴史資料館みたいだと思って眺めていたら、明治維新後あたりから突然「新しい歴史教科書」かのような展示に豹変。それもそのはず。そのころ以降の戦没者を祀っているのが靖国神社。否応無くそこには靖国の政治が入る。

Pc060032

遊就館の内容は膨大すぎるので、細かい感想はまた機会があったら触れたいと思う。少なくとも丸一日、またはそれ以上の時間がないと展示と映像関係を全て観ることはできないな、と思った。いくつか観ておきたい映像資料もあったのだが、時間の関係で観れなかったのは残念だった。

遊就館ほどではないにせよ、展示論調や手法は北鎮記念館と似ていると思った。旧北鎮記念館で戦没者を「勇士」と称えていたが、それと遊就館が特攻隊員らを「勇士」としていることが脳裏で重なった。「勇士」という言葉は「勇気のある人。兵士」という意味があるが、侵略戦争であるアジア・太平洋戦争の戦没兵士のほとんどは国家の無法な戦争の犠牲者だと思うし、その慰霊の心を表明することは異論無いが、必要以上に褒め称えることは同じ過ちを繰り返すことになってしまわないか?そんなことを考える。

Pc060036 ■遊就館前の像

Pc060037 ■「特攻勇士之像」

以上、舌足らずであったが靖国神社を訪ねた感想を記しておきたい。(2008年12月某日見学:青年部員H)

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年12月 1日 (月)

鷹栖町で武装自衛官による徒歩行軍、との情報

11月14日、鷹栖町に居住・勤務されているW氏からの連絡によれば、「鷹栖町で自衛隊が武装行軍を行っている」とのことで、概要でいえば大筋以下の情報提供がありました。
・2008年11月12日、鷹栖町の路上で完全武装の自衛隊員約60名の行軍を視認。
・〈1回目〉朝9時30分頃、鷹栖町9線4号~5号付近、北野⇒鷹栖(西⇒東)に向けて歩行行軍。
・〈2回目〉同日午後3時前頃、鷹栖町9線7号~9号付近を逆方向に行軍。
・隊員らは迷彩服にヘルメット、小銃(89式小銃か?)の装備で10名×6部隊。
・「ロケットランチャー」(詳細不明)をリヤカーで牽引。
・兵員輸送車が朝1台、午後4台伴走。

Type_89_assault_rifle_jgsdf ■89式5.56㎜小銃

800pxjapan_ground_self_defense_forc ■89式小銃を構える武装自衛官

W氏によれば鷹栖町ではこれまでも15名前後の自衛隊員の姿を目撃したことはあるものの、近文台分屯地方向から「鷹栖基本射撃場」(陸上自衛隊の射撃訓練場)に向けてライフル銃のようなものをもち行軍している内容で、今回のような大人数はW氏もはじめて見るそうですし、移動方向も全く別方向です。この情報をもとに地図を作ってみましたのでご覧ください。地図を見れば行軍コースのすぐ近くに「たかす円山幼稚園」があることがわかります。他にも「鷹栖養護学校」もあります。

Pb220001 ■鷹栖町北野周辺図

さっそく11月14日午後、山田が陸上自衛隊第2師団広報室に電話。事実関係の有無等質問をしました。応答した師団広報担当者は「確認の上、駐屯地広報から返事をさせます」とのことで待っておりました。10日以上経過するも音沙汰がなかったので、11月27日午後、第2師団公式ウェブサイトの「ご意見」メールから返事をほしい旨送信しました。すると翌日11月28日朝、「自衛隊の山田」と名乗る男性から電話があり、以下の回答がありました。山田がお聞きした内容の骨子を以下に紹介します。
・その行軍は行進訓練で、20キロ行軍とか50キロ行軍とかの徒歩行軍の訓練です。
・12月には予定はありません。2009年1月以降については未定(計画が定まっていない)です。
・警察に「道路使用許可」と「武器携行許可」を申請し、許可を得て行っており問題ありません。
・このような行軍訓練は夏場(非降雪期)だけであり、冬場は上富良野演習場でスキー訓練となります。その際、上富良野駐屯地付近の公道を使用することもあります。
・徒歩行軍はどうしても必要な訓練なので理解していただきたい。

そこで山田からいくつか質問をさせていただきました。
■平和委「ルート付近に幼稚園があったが、せめてそれは回避できないか?」
□自衛隊「ルートは目的地との最短距離を設定したと思います。担当者は幼稚園とかそういうことは頭に無かったのではないかと思います。担当者に伝えます。」
■平和委「武器携行もどうしても必要か?武器は子どもや市民からみて異様であり、持たないとか、せめて代替品で応用してほしいが検討してもらえないか?」
□自衛隊「代替品ですね。担当に伝えます。いただいたご意見は参考にしますのでご理解ください。」

このときの電話では聞きそびれましたが、随分以前から行っているのではないかと思います。そういう口ぶりでした。どの部隊が実施していたのかは明らかにはなっていませんが、推測のひとつとしては第2師団公式サイトによれば第2施設大隊が11月10日~12日で野営訓練をしています。もしかするとその一環かもしれません。
今後も実施する予定とのことです。先ほども述べましたが鷹栖町北野は鷹栖養護学校もあり、特に昨今個人住宅が集中的に開発されつつある市街地です。新たに家を建てる若い世帯が多く、子どももたくさん住んでいます。繰り返しますが武器を携行しての行軍は行うべきではありません。

今回の事例をどう思うか?何人かの方に意見を聞きました。
●鷹栖町北野在住のご夫婦「私も妻も『とんでもない!!!!話だ』と怒っています。おっしゃる通り、この辺は養護学校、幼稚園、保育園、そして住宅が広がっている地域です。午後3時前だとすると、ちょうど子どもたちの下校時間にもなります。(下校時間というのが)なんだか「確信犯」的な動きに感じますね。16年前、私達が紋別に住んでいた時、自衛隊の90式戦車の射場を紋別「鴻之舞地区」に作ろうという動きがありました。その反対運動集会で、美唄専修短期大学の先生が講演をしました。彼は「自衛隊はプロパガンダのためにわざと制服で出勤・退勤したり、青年は定時制高校へ制服を着て登下校する。」などと言っていました。そんなことと重なりますね(※1)。ここ北野地区にはかなりの数の自衛隊員の世帯が暮らしてもいます。当たり前ですが皆さん昼夜、迷彩服で出勤・退勤していますし、バス通勤の私も時々迷彩服で乗車する自衛隊員を見ます。あまりいい気持ちはしませんね。」
●鷹栖町出身で現在道外の大学生「鷹栖でそんなことやられてるんですね。率直に、やめてほしい。もちろん全国どこでやられてもやめてほしいけど、鷹栖は特にそう思います。私の帰る(帰省する)1月にやろうもんなら、座り込みをしてでも止めさせたい。」
(※1)上記ご夫婦のコメントには誤解も含まれていますので訂正しておきます。自衛官は「自衛官服装規則」で通常制服の着用を義務付けられています。ですから自衛官の一人一人の意思によらず、着用せねばならないことは理解せねばなりません。しかし一方で、このような駐屯地・演習場外での迷彩服・「軍服」の着用に強い違和感を覚えることも事実です。そのような声は決してこのご夫婦だけではありません。同規則は例外規定を設けていますので自衛隊は組織として施設・区域外での制服着用については自粛するように考慮いただきたいと思います。

今後もこの問題を取材すると共に、当会青年部として市街地行軍の中止、すくなくとも武器携行の中止やルート設定の改善等を求めていきます。この問題での市民のみなさんからの情報提供を呼びかけます。

にほんブログ村 平和

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »