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2008年9月22日 (月)

ピースエッグ北海道に参加してきました

9月13-15日まで日高町の国立ひだか青少年自然の家を会場に開かれた「ピースエッグ2008in北海道」(主催:日本平和委員会、現地実行委員会)に旭川から5名が参加してきました。概略、報告します。

ピースエッグは2泊3日の宿泊研修で、今年は初日にメイン企画として弁護士・内藤功さんとNGOスタッフ・佐藤真紀さんを招いて「平和への道」と題した対談を。二日目は6分野に分かれて「ゼミ」が開かれ、夕方からはゼミをうけての感想交流、夜は全体交流企画ということでゲームや地方ごとの活動紹介などがありました。最終日3日目は3日間学んできたことや班(ピースエッグ中の行動単位)での話し合いをまとめ「班宣言」をとりまとめ発表しあいます。以下はごく一部ですが雰囲気をつかんでいただけたらと思います。

●メイン企画:名古屋高裁判決を私たちがどう生かすか

メイン企画の講師を改めて紹介すると内藤功さんは日本平和委員会代表理事で、長沼ナイキ基地訴訟で弁護人を務められました。全国11ヶ所のイラク派兵違憲訴訟では直接法廷には立っていないものの、弁護士レベルでの話し合いの輪に参加しているそうで、長沼裁判をうけてのアドバイスが現場で役立っているとか。イラク派兵違憲名古屋裁判では棄却されたものの、空自の米兵輸送等を違憲と認定したり、平和的生存権を固有の権利として認定した踏み込んだ判決が出されました。この内容を解説頂き、参加者がつかんだ上で、これを日常の平和を求める活動のなかでいかに生かしていくか、血肉を与えていくかが全国各地の運動に問われている、と問題提起されました。

日本イラク医療ネットワーク(JIM-NET)の佐藤真紀事務局長は、イラクの子ども達の医療状態や生活水準、子ども達の命が次々失われていく様子を率直に伝えてくれました。小児ガンで正視できないような病状になった子ども達。日本なら早期にきちんとした治療をすれば8割方治るという病気が「死の病」として猛威を振るう姿は「なんとかしたい」と思います。JIM-NETでは年間5千万円規模の資金を集め、これを現地が求める支援のカタチに変え提供しています。

日本でもイラクでも、アフガニスタンでもどこでも人間が平和的に生存する権利を保障するためには、やはり戦争という人間の害悪を地上から無くさねばならない。そう思いました。

●6分野のゼミ:主として「アイヌ民族をめぐる私たちの問題」ゼミ報告

以下の6分野のゼミが開かれました。

①軍事施設見学と「基地調査入門」フィールドワーク

②朝鮮人強制連行・在日の現在について

③北の被爆者が伝えたいこと

④平和に生きられるって当たり前?~矢臼別・長沼・名古屋高裁判決から見えるもの

⑤アイヌ民族をめぐる私たちの問題

⑥イラク・アフガニスタンへの日本の国際協力を考える

このうち「アイヌ民族をめぐる私たちの問題」ゼミ(以下、アイヌ・ゼミ)では、アイヌ民族として初めて公立学校長になられ、現在北海道ウタリ協会江別支部長や少数民族懇話会長を務められている清水裕二さんを講師に、20数年来アイヌ民族復権に取り組まれてきた真宗大谷派解放運動推進本部の僧侶・訓覇浩さんを助言者にお招きし話し合いました。

P9140007 ■車座になって話し合いました

P9140003 ■清水さん

P9140006 ■訓覇さん

冒頭、北海道が作成したDVD(25分)を視聴し、アイヌ民族のこと、アイヌ民族がいまおかれている現状について学びました。これをうけて清水さんから、ご自身の生い立ちや学校教育・地域生活でうけてきたアイヌだからといういわれのない差別、自らの教員生活を通じての体験、アイヌ民族をめぐる歴史や問題の本質、アイヌでない私たちが問い直さなければならない課題など、問題提起をうけました。

訓覇さんからは真宗大谷派が「北海道開拓で果たした重大な役割」についてお聞きしました。真宗大谷派は北海道開拓にあたり函館から札幌への道路をつくること等と同時にアイヌに対する「教化」によって対露北海道防衛に寄与することを明治政府に約束し、実行したそうです。その結果、言葉を奪い、財産を奪い、自立を奪い、そして民族の誇りを奪ったのだそうです。だからこそ訓覇さんは徹底的に問題点を洗い出し、アイヌ民族復権のために必要なことはやりきる決意で、この20数年間に80回以上来道しているそうです。

これらの講演・助言をうけて、参加者から質問や感想が出され清水さん訓覇さんと交流されました。沖縄の参加者からは、独自の言葉の盛衰やアイヌ文化と琉球文化の共通点なども紹介されました。

●班宣言:世代や異なる生活条件を超えて根っこでつながっている

最終日は班宣言を発表しあいました。

P9150040 ■全体会の様子

この日の午前中を含む3日間、企画の前後で必ずグループトークと呼ばれる班での意見交換の時間がとられていました。これは他の研修企画でも同じように設定され、例えばSGD(スモール・グループ・ディスカッション)などと呼んでいるところもあるようです。班は世代もバラバラ(山田の参加した班では、最年少19歳、最年長35歳で下手をすれば親子ほど年齢が離れていました)、地域もバラバラ(同じく北海道から中国地方までいました)、活動の舞台も様々なメンバーが参加した「企画」を共通項にそれぞれの問題意識から語り合いました。その結果見えてきたことは、それぞれことなる問題の根っこには共通の原因があって、それを自覚しながら地域で粘り強く輪を広げていくことが大事ではないか、ということでした。普段わかっているようなことでも、改めて議論を積み上げて理解してみると印象的な班宣言となりました。班宣言の魅力は発表(アピール)方法の創意工夫にもありますが、それは参加した人の特権ですからここでは略します。

●ピースエッグを終えて

課題は山積ですが、ピースエッグは得るものが多く、旭川から参加したメンバーも「楽しかった。また参加したい」「ゼミがメッチャ面白かった」など地域での平和活動の意識向上につながっています。来年は高知で開催予定のピースエッグですが、できれば旭川から複数の代表を派遣したいと思いました。過去に旭川から参加してもらった女性が、今年は別の地域代表として参加していてグループリーダーも務めていました。平和運動の青年リーダー育成の場としても重視したいと思います。

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