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2008年6月 6日 (金)

2008年北海道護国神社慰霊大祭

2008年6月5日、北海道護国神社慰霊大祭の本祭一日目が開かれました。今年も例年と同じく現地を取材し、制服を着用した幹部自衛官の神道行事参加状況などを確認して参りました。

前提として申しあげておきたいのですが、信教の自由は誰なりとも認められなければいけません。ですから宗教法人としての北海道護国神社がどのような祭祀を行おうとも、それは保障されるべきで、それを妨害するようなことがあってはなりません。ですから私たちの現地調査もできるだけ邪魔にならないよう配慮して実施しました。しかし一方で、行政機関とくに国の機関が特定の宗教団体・宗教行事に肩入れし、これを擁護・支援しているかのような政教分離原則に反する事態があったとすれば、これは黙認できません。きちんと問題提起していきたいと思います。ここらあたりに私たちの判断基準があることを申しあげておきます。

余談を申せば、いわゆる靖国派の主張には相容れないものが多く、それは批判しています。しかしそのことと、彼らの信仰の自由が守られるべきであることをごっちゃにしてはいけないと考えます。もちろんボーダー上の様々な問題は生じると思いますが、それは個別具体的に判断していきます。

さて今年は5日だけが晴れ上がりました。4日は突如として大雨が降る時間もありました。この自然現象を「亡くなった兵士の涙」とか「遺族の献身を思う神の涙」とかおっしゃる方もおられますが、これは季節的な天候不順によると思います。

旭川に引っ越してくると、この時期だけでなく各神社の例大祭の時期に街々に掲げられる「御祭禮」ののぼり旗の乱立が異様に思えます。

Kc330277 ■多くは町内会が掲揚

辞書をひけば「祭礼」とは「神社などの祭り」とあります(単に「祭り」としている辞書もあります)。どう考えてもこののぼり旗は例大祭にあわせてこれを祝うために掲げられているという理解が素直でしょう。これを町内会が行う。公共性をもつ自治組織としての町内会がこれを推進するというのは、旭川では「普通」に行われていても、他の地域ではあまり「普通」ではないことを指摘しておきたいと思います。

余談ながら、こののぼり旗の立ち具合は町内会によってかなりアンバラがあります。立っているところは密度濃く立っていて、そうでないところはほぼ皆無です。これは町内会長さんまたは神社委員さんの思い如何で変化するのでしょう。旭川に転入して10年ほどになる若い夫妻が一戸建てに引っ越したとき、祭りの時期に町内会から「これを掲げてくれ」と「御祭礼」ののぼり旗を持ってこられ、本当は嫌だったそうですが「転入したばかりだし、近所付き合いもあるし・・・」と引き受けた、という話を聞いたことがあります。別のある地域では町内会の役員さんと思われる男性らが、軒並みのぼり旗を立てている姿を見たことがあります。実際はそういう実態がほとんどなのではないでしょうか。

さて儀式の様子ですが、当ブログを開設した直後の昨年6月にも報告記事を書いています。これを重なるような記載は極力排し、今年気づいた特徴的な事柄を列記していきたいと思います。

P6050009 ■第2鳥居と神門

毎年通えばある年に気づかぬことを改めて気づく、ということがあるのだなーと思います。去年以前もおられたのですが各地遺族会のバス整理や会場案内等の要員の方が目立つ蛍光色のジャンバーを着ておられます。

P6050010 ■社務所の前で

この方々は氏子の人達なのかなと思っていたのですが、写真の通り「隊友会」の方々だとわかりました。隊友会はご存知自衛隊員のOB組織。今年2月11日の「建国記念の日」の靖国派集会を主催する一方の軸でした(もう一方は日本会議上川)。

P6050012 ■消防団員が警備にあたる

上は神門前で警備に当たる消防団員さん。去年「制服姿の男性らが境内各所で警備にあたってる」「消防団員のようだが、なぜ警備しているのだろう」と疑問を持ち、市の消防当局に尋ねたところ「警備(救護?)要請があって出動しています」との返事。なるほど、と思いました。要請があれば出ざるを得ないでしょうね。

P6050014 ■入場する神職たち

いよいよ儀式がスタートするのですが、この神職の近くで警護している(右折するポイントに立っている?)のがボーイスカウトの年輩の男性。ボーイスカウトは護国神社のすぐ裏手に事務所がありますが、旧軍や護国神社と深い関係があるようです。以前は儀式の最後に若いスカウトたちによる「同期の桜」の舞が行われていたそうですし、現在でも神門前で演奏を担っていると説明にありました(見てはいません)。

Kc330027 ■北鎮記念館の展示より

それもそのはず、旧第七師団長だった宇都宮太郎さんという人物が旭川のボーイスカウトを立ち上げた張本人なのです。上の展示は写真の説明文。この写真は護国神社で清掃奉仕をするボーイスカウトの姿があったような記憶があります。旧軍と護国神社とボーイスカウトは切っても切れない関係のようです。人的結びつき(例えば、ボーイスカウトからの自衛官勧誘とか、自衛隊OBがボーイスカウトの活動を支えるとか)についてはよくわかりません。

P6050019 ■拝礼をする自衛官たち

儀式がスタートし、特別来賓席に座る幹部自衛官たち。知人によれば「去年より数名多いのではないか」とのことです。具体的にはわかりません。

P6050128 ■2006年6月5日の同じ場面

探したら2006年のものが見つかりました。構図がまったく同じですね、自分でもビックリ。これで比べると前列の方だけですが2006年は7名、今年は6名です。航空自衛隊がお一人増えたみたいですね。でも2007年の参列者名簿をみたら、空自から2名きておられます。毎年、正確に名簿で肩書きを把握しないとわかりませんね。

P6050023 ■北部方面総監?

そして今年も今津寛国会議員など多くの文民に先立ち、制服幹部が玉串を捧げました。昨年、私たちが提出した質問状への第2師団広報室からの回答によれば、彼ら制服幹部達は「休暇」中であるとのことです。随行員も含めて「休暇」だそうです。玉串も捧げず、ただ随行員として同行し幹部の世話を焼く隊員も、自らの信条に基づき「休暇」を取得して参列しているというのです。にわかには信じられませんが、広報室がそうおっしゃるので、まあそうなのでしょう。

P6050016 ■遺族会のみなさん

さて、全道から駆けつけた遺族会のみなさんは私の計算では1000名~1500名くらいでしょうか。高齢化にともない、参列者数の減少があるようです。座る場所も空白が目立ちます。戦没者の追悼だけに留まらず、様々な活動で高齢化は深刻なようです。立場の違いを超えて、戦争に散った家族・親族など大切な人を思う遺族の方々の純粋な思いには敬意を表します。

この会場、儀式の前後にBGMのようにアナウンスが流れています。このアナウンスはヒゲの神職さんが毎年しゃべっておられるのですが、なかなか流暢なしゃべりで耳に入ってくるのです。以前は東京裁判でのインド・パール判事のことなど紹介し東京裁判の「誤り」を伝えようとしていました。パール判事については安倍前首相がパール判事の家族を訪ねたり、昨夏のNHKドキュメントで扱われたりしたので、彼が侵略戦争について猛烈に批判していた平和主義者であることが周知されました。靖国派の思い通りにはいかないものです。今年のアナウンスで覚えているのは、戦争中に撃沈した敵船の兵士を助けた日本軍人についてでした。これは武士道の賜物であると。助けないと後で軍事法廷で裁かれますかね。助けるのが普通なのかなと。

P6050046 ■さあ、帰ろう

儀式は終わりました。一番最後に挨拶する塩野谷宮司の言葉もなんのその、帰り足の早いこと。お疲れ様でした。

P6050048 ■銃剣道の練習

帰り道に境内をウロウロ。平成館(旧北鎮兵事記念館)前の芝生で奉納行事・銃剣道の練習をする人々。剣道の防具を身につけているので「どこか、大学の剣道部員か?」と思いきや、銃剣道などという特殊な「武道」の担い手はやはり自衛隊員の方々でした。

P6050049 ■第2特科連隊

P6050056 ■第2施設大隊

他にも第2通信大隊や本部中隊など幾つかの隊のメンバーが参加していました。彼らもまた「休暇」を取得し、自らの私的活動として、偶然にもグループで奉納行事に参加しているのでしょうか。

P6050051 ■突いているところ

それにしても、やはり銃剣道は軍事訓練なのですね。見ていて、剣道とは異なる変な殺気を感じました。山田は過去に柔道も剣道も嗜んできましたが、そこで得た境地とは異なりました。柔道や剣道は人を生かす武道、しかし銃剣道は「必殺」の技だからなのでしょうか。銃剣、つまり銃に付けている剣で相手を倒す武術。それが銃剣術だと辞書に書かれています。これを奉納して、戦没者たちに何を捧げたいのでしょう。

西川将人旭川市長は回答の通り公務出張で欠席でした。代理も出席していないようでした。そのことは確認しました。この後、7月21日の上川神社祭・神輿巡行にむけて、さらにせめぎあいがあることでしょう。

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コメント

銃剣道と銃剣術の違いについて調べておりましたところこの記事にたどり着き、銃剣道と銃剣術を混同されているようなのでその点老婆心ながら・・・。
柔道や剣道を嗜まれていた方ならご存知かと思いますが、戦後GHQによって武道がすべて禁止され、それが解除となったときにいわゆる人殺しの手段からスポーツとして再出発した歴史があります。
銃剣術がそうであったように、剣術も西南戦争以降戦技として人殺しに使われていたことでも現在の武道とのあり方の違いがわかります。
柔道も剣道も銃剣道も現在は同じ立場なのです。
剣道や柔道が警察官の体力増進や精神修養に役立っているのと同じように、銃剣道は自衛官にとって体育科目にしか過ぎません。
自衛隊で山田さんのおっしゃる軍事訓練として行われているのは自衛隊銃剣格闘や例の徒手格闘などであります。
とはいえ、昨今の論文問題など自衛隊が極めて曖昧な存在であることがようやく議論されるかされないかというところまで来ました。
自衛隊のあり方でさえそんな程度ですから、一般的に銃剣道が誤解されていても仕方がないのかもしれません。
しかしながら「平和をめざすNGO」とされている以上、きちんと現状を把握してからでないと坊主憎けりゃ袈裟まで憎いというような乱暴な理論に陥ってしまうのでかえって危険です。
こちらこそ乱暴なものの言い方で失礼いたしました。
長文お許しください。
平和で豊かな社会づくり、応援しています。

投稿: 生兵法 | 2008年12月11日 (木) 06時20分

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