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2008年4月21日 (月)

北海道護国神社の「町内会ぐるみ」寄付集め、はじまる

Kc330190copy 旭川市内のある町内会で北海道護国神社奉賛会からの寄付依頼を紹介する文書が掲示板に掲揚されました。今年の4月19日付の文書。締切が5月15日まで班長へ、5月20日まで神社委員長へ、そして5月25日までに奉賛会へということです。この時期、旭川市内の各町内会でも同様の動きが強まると思います。靖国派の地場最先鋒、護国神社への寄付の意思が無い大多数の市民のみなさんは、間違って寄付してしまわないように注意しましょう。

Kc330192 これら文書のうち、奉賛会の趣旨説明をよく見てみます。文書では「明治の初めよりこの方、祖国の平和と国民の幸福を願い尊い命を捧げて国難に殉ぜられた六万三千有余柱の御英霊(みたま、とルビ)様を慰霊いたします大祭が近づいて参りました」と、6月4-6日の慰霊大祭を意識した寄付集めであることを述べています。次いで「戦後、占領政策により国からの援助はすべて絶たれる中、将来の英霊報慰と護持運営の為、基金を積立ててゆく次第」と述べ、「英霊報慰」は国が援助すべき事業だと訴え、それへの支援が絶たれているのは間違った占領政策のためだと米国主導の占領政策批判(=極東軍事裁判に代表される東京裁判史観否定の見解)に立脚し、「だから市民が出すのは当然」とばかりに「年中行事」として寄付を呼びかけています。

そもそも、戦争犠牲者お一人お一人の冥福を祈る気持ちは多くの市民に共通であろうし、山田もその思いは強く感じています。間違った帝国主義的戦争、ファシズム侵略戦争の犠牲となった先人に対しては、その冥福を祈り足跡を忘れず記憶してゆくと共に、平和で国際社会で責任ある役割を果たせる平和国家日本をつくることこそ最大の慰霊であると感じています。しかし山田にしてみれば、戦前、侵略戦争に駆り立て「靖国で会おう」と生きて帰れないことまで受忍させられる思想動員の主柱となった「国家神道」を現代に受け継ぐ方々から「祖国の平和と国民の幸福を願い尊い命を捧げて国難に殉ぜられた」などと言われるのは、どんなものかと疑問に感じます。

Kc330191 さて、北海道護国神社の寄付集めですが、このように町内会で「芳名簿(芳名録)」を回覧(この町内では掲示)して寄付を集めるパターンの他に、いくつか町内会を「神社の下部組織化」している例が見受けられます。

一つは町内会としてまとめて募金を払う例です。このうち1-Aパターンは町内会費の経常会計のなかから「寄付金」の一つとして日赤や共同募金会などとともに「護国神社」へいくらいくら、と支出する場合。これは町内会を脱退するか、自らが払う町内会費から予め【支出額〈割る〉町内戸数】の金額を差し引いて抗議するか、または町内会の総会で支出とりやめを提案し賛成を得ることなど事を荒立てない限り自らの意思に反して護国神社へ支出されることになります。1-Bパターンとしては町内会費徴収の際にあわせて○○の寄付がいくらで等々と徴収される場合です。この場合、徴収の際「私は護国神社には払いません」と言えば済みます。これも徴収担当者(班長など)に対して少し角が立ちますね。

二つは神社委員さんなど特定の担当者が戸別訪問して寄付を呼びかける場合です。山田の町内ではこのパターンで、班の神社委員さんが回ってきました。転入直後に一度訪ねてきて「護国神社と○○神社への寄付をお願いします」とおっしゃるので、「私は神社への寄付はしません。特に護国神社は絶対しません」と申しあげたら「わかりました」と、その後は一度も来ていません。このパターンの場合、住民の自発的意思により諾否判断できますから上記1-Aパターンより良いのですが、問題は神社委員が町内会の役職として位置づいていることにあります。とりわけ良心的キリスト教徒などが輪番にあたると、強い拒否反応を示されます。永山地域のあるキリスト者は班長の役割として寄付集めとお札の注文集約をせねばならぬことから輪番の班長就任を拒んでいます。一方で「自分は護国神社に否定的なので、積極的に寄付をあつめないために神社委員長を長く務めている」などというツワモノまでいます。いづれの場合もトラブルの根源になっています。

この問題ではいくつか判例が出ていますが、例えば自治会費として神社費を一括徴収したことが憲法違反にあたるとした2002年4月12日の佐賀地裁判決(判決確定、判決概要(下にスクロール)、判決文ダウンロード)があります。さらに今月3日、自治会費として募金を上乗せ徴収することは違法で無効だとした最高裁判決が確定したとのニュースが舞い込んできました。この判決では直接の対象を共同募金会や日本赤十字社への募金としていることと、自治会(町内会)を「生活上必要不可欠」とし、思想信条に反する募金を拒むためには脱退しかないという上記でも述べた事例は自治会(町内会)側に非があり、と最高裁で確定したわけです。「社会的に許容される範囲を超える」ということで、何でもかんでもというわけではありませんが、判決の趣旨は現場で生かされるべきです。

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コメント

護国神社の寄付を絶対に望んでいないので、町内会に入るか迷っておりました。非常に分かりやすい説明で助かりました。ありがとうございました。

投稿: 小林 | 2010年5月 1日 (土) 19時50分

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