3・8国際女性デー旭川集会2008/なくそう!格差と貧困輝かせよう!世界の宝・憲法9条/2008.3.8(土)/主催 2008年実行委員会
毎年旭川市長から祝電が届いていたそうなのですが、今年は届きませんでした。例年と会場が違ったので手違いがあったのか、故意なのか、気になるところです。集会の終わりに、沖縄の「米兵の女子中学生暴行に抗議し、日米地位協定の抜本的見直しを求める決議」が採択されました。
講演 「沖縄戦と教科書検定」
講師 河合剛俊さん(歴史教育者協議会会員。元高校教諭)
1、集団自決体験者の証言
冒頭で集団自決体験者の証言のドキュメンタリー映像が流されました。日本軍に殺害された集落の生き残りの方の証言です。
・当時3歳の女性「集団自決の際、母親の陰に隠れていて助かった。こっそり逃げていく人がいたのをみて、兄とともに逃げた。」
「山中に逃げ延び、米軍の配給などで暮らしていると、日本兵がやってきて、俺たちだってろくなものたべてないのに、どうしてお前たちがこんないいもの食べているんだといって、父親を連れて行き、日の丸だといって膝の皮を丸くくり抜かれて帰ってきた。」
この方が体験を語り始めたのはごく最近で「このままでは事実が消え去ってしまう」と感じ、自分が体験者であると名乗り出たそうです。
・当時28歳の女性。家族を5人殺された。夜中に日本兵が10人ほど家に押し入ってきて、まず集落の男性が全て連れて行かれた。連れて行かれるときに、殺されると感じた。そのあと、残っていた女性と子供が海岸に一列に並べられ、向かい合った日本兵の手から手榴弾が投げた。自分は最前列にいて伏せたので、一命をとりとめたが、振り返ると、誰のものかもわからない、手や首がちらばっっていて、4歳くらいの女の子が血まみれになっていた。日本兵が帰ったあと、集落の木に縛り付けられて惨殺された村の男性の遺体を見た。ナイフで何箇所も刺され酷い姿だった。
2、沖縄戦の特徴
沖縄戦では唯一日本に米軍が上陸し地上戦が行われたこと、日本軍が日本の民間人を虐殺したこと。
3、2008年用歴史教科書検定結果について
文科省は集団自決について記述のある全ての教科書に対し、沖縄戦の実態について誤解を与える表現であるという意見を付した。集団自決が日本軍によるものではなく、住民の自発的なものであるよう書き換えを強制した。この検定意見の根拠は「直接的な軍の命令を示す根拠が確認できない」としている。
4、通説と根拠
沖縄の悲劇がなぜおきたのか、体験者の証言などをもとに研究されてきた結果、「日本軍の「軍官民共生共死」という基本方針のもと敵の捕虜になることの禁止が徹底され、軍が手榴弾を配布し、あるときは役場職員を介して自決指示を出したなどの事実が明らかになった。それにより、軍が直接住民にその場で自決命令を発したか否かにかかわりなく、「集団自決」がまさに日本軍に強制・誘導されたものであったことが明確になったのである。日本軍が存在しなかったところでは「集団自決」がおきていないこともそのことを証明している。」
ここで河合先生は、手榴弾は軍にしか渡されていなかったのに、手榴弾で自決したのだから、軍がわたした=強制したと取れる。「米軍の捕虜になるとひどい目にあう」と話していた日本兵は、アジア諸国の人々をつい最近まで「ひどい目」にあわせてきたのだから、生々しい話ができたのではないか、と話されていました。
5、歴史教科書検定の歴史
・1982年の近隣諸国条項
歴史教科書について「政府の責任において是正」「アジア諸国の近代史の記述に国際理解と国際協調の見地から必要な配慮をする。」「沖縄の県民感情に配慮する」と、沖縄戦について記述する流れができる。
・1983年に4度書き換えられた教科書
1983年の高校用歴史教科書には沖縄戦の解説として日本軍の住民殺害について記述する原稿が出されたが文部省の検定によって、削除された。以下資料から抜粋。
原文「戦闘の邪魔になるなどの理由で約800人の沖縄県民が日本軍の手で殺害された」
→ 文部省、数字に根拠がないとして書き換え命令。
一次修正文「スパイ行為をしたなどの理由で、日本軍の手で殺害された県民の例もあった」
二次修正文「混乱をきわめた戦場では、友軍による犠牲者も少なくなかった」
三次修正文「沖縄県史では戦場の混乱のなかで、日本軍によって犠牲者となった県民の例もあげられている」
→ 文部省「検定制度を取り違えてませんか」
四次修正文 日本軍による殺害の記述なし
→ 検定パス
・1984年文部省が「集団自決」とかかせた。これに対し、「自決」という言葉で記載するのはおかしいとして裁判が起きる。
この家永教科書裁判で、法廷で現地住民の証言により集団自決の実態が明らかになっていく。家永教科書裁判第3次訴訟最高裁判決では「集団自決」と記述することを認めながらも、「集団自決の原因については、集団的狂気、極端な皇民化教育、日本軍の存在とその誘導、守備隊の隊長命令、鬼畜米英への恐怖心、軍の住民に対する防諜対策、沖縄の共同体のあり方など様々な要因が指摘され、戦闘員の煩累を絶つための崇高な犠牲的精神によるものと美化するのはあたらないとするのが一般的であったというのである」「集団自決と呼ばれる事象についてはこれまで様々な要因が指摘され、これを一律に集団自決と表現したり美化したりすることは適切ではないとの指摘もあることは原審の認定するところである」と沖縄側の証人の主張を認めた。これ以降、「集団自決」が日本軍によって強制されたものであることは研究者の間でも定説となり、多くの教科書にも書かれてきた。
6、記述修正の背景
・ 自由主義史観研究会の「沖縄プロジェクト」2005
「今回の調査で軍命による集団自決が虚構である証拠をつかめたのが、現実の教科書に軍命説がいまだに書かれている現状をあらためなければならない」と述べている。
・大江・岩波訴訟2005年
原告こ告訴状から抜粋「大江健三郎氏が著した「沖縄ノート」を含む岩波書店発行の書籍は、・・・集団自決が、原告梅沢元少佐、あるいは原告赤松元大尉の命令によるものだという虚偽の事実を摘示することにより原告らの名誉を含む人格権を侵害したものである・・・」
この口頭弁論を傍聴した「沖縄集団自決冤罪訴訟を支援する会」の構成団体は、自由主義史観研究会・昭和史観研究会、靖国応援団、新しい歴史教科書をつくる会大阪など。
・教科書検定制度と検定調査官の問題点
調査官、審議会について、教育現場の経験がない、教職免許がない人材の起用、教科書執筆者からも学問的知識や水準に問題があると指摘される、調査官任命の基準が不透明などの問題がある。また教科書会社と調査官と審議会に同じ大学の研究室のOBや教授と教え子などのつながりがある。
・防衛庁では沖縄戦を3ヶ月間よくがんばった、と高く評価している。
防衛版の戦史では「集団自決は当時の国民が一億総特攻の気持ちにあふれ非戦闘員といえども敵に降伏することを潔しとしない国潮がきわめて強かったことがその根本理由である」「戦闘員の煩累を絶つため崇高な犠牲的精神により自らの生命を絶つものも生じた」と記述されている。
7、2008年検定意見を撤回しないことの意味
・改憲、新教育基本法を支える歴史認識の育成。殉国美談で愛国心・軍民一体の国防意識を育てようとしている。
・南京大虐殺の死者数、慰安婦における軍の強制性 集団自決の軍の直接命令 などの歴史事実の歪曲・否定。
・侵略戦争の否定。戦争の悲惨さ、人権破壊、人間性の否定・喪失をまなばせないことで対米従属戦争(国際貢献)への批判的視点をくもらせ・戦争肯定の意識を醸成させようとしている。
8、国を守るとは誰から誰を守ることだったか
東条内閣成立の背景「皇族内閣で開戦。失敗したら国民の怨みが皇室にあつまる」
45年2月近衛文麿上奏文「敗戦必死 国体護持のために敗戦より敗戦にともなって起こる共産革命」
ソ連の対日参戦と御前会議・「聖断」「(国体維持は)大丈夫だろう」
●レポーターMNさんの感想
最後のほうは講演の時間が足りなかったのでレジュメのままです。国を守るとは「国体を守る」「国民から天皇(あるいは天皇制)を守る」という意味だったのではないでしょうか。
冒頭の証言で、がまの中での集団自決だけではなく、その後も日本軍が集落で虐殺を行っていた事実は衝撃的でした。また、事実をゆがめようとあの手この手で工作してくる力に恐怖を感じましたが、事実は事実です。「事実が消されてしまう」と、語り始めた体験者の気持ちにこたえ、私たちが事実をしっかり学び受け止め、伝えていかなくては!と考えました。あと、防衛戦史の話は書きとめていて胸が悪くなりました。
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