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2008年3月20日 (木)

2008年3月例会:北鎮記念館見学会

陸上自衛隊旭川駐屯地内に建つ広報施設「北鎮記念館」。先日、2007年6月新装オープン以来の入館者数が3万人を超えたと第2師団公式サイトが記していました。旧館は年間約1万人だったそうですから、このままのペースでいけば4倍の4万人ほどの入館者数になるかもしれません。初年度ということで多いのだろうと思いますが、それでも恒常的に3万人くらいが入館するとなれば、影響力も大きいです。とりわけ、子ども達への影響が心配な施設。「まだ見てない」というメンバーもいましたので、3月例会は北鎮記念館見学会と題してみてきました。ここでは北鎮記念館への「論評」というのではなく、見学会の感想ノート的な報告にしたいと思います。

3月のとある日、参加したのはメンバー5名に非会員2名の計7名。メンバーが企画を知らせると「ぜひ参加してみたい」と急きょ駆けつけてくれた人。実は他にもとある中学校教員の友人から「参加したかったが、出張で旭川不在だった」との残念そうな声。一人ではなかなか行く気になれないけど、気になる存在、というのが北鎮記念館のイメージのようです。

P3090003 さっそく館へ入ります。参加者の足は入口で早くも止まり、じっと説明を読む。このペースなら閉館までかかちゃう、と促して中へ。いつもそうですが、入ると1階中央の「第七師団史」コーナーのところで説明をしてくれます。ほぼ同じ説明、私は何度聞いたことだろうか。そこから順路の2階へと促されます。今回は説明の自衛官氏はついてこなかったのですが、メンバーが「詳しい説明をちゃんと聞きたい」と言い、私もそのようが良いと思ったので言いだしっぺの人が依頼しに行き、自衛官氏とともに戻ってきました。

P3090014 メイン展示の2階は原則的には時系列に展示がなされています。スタートは旭川開拓。2007年6月の第2師団創立行事で西川市長が「開拓の歴史は北鎮記念館」のようなことを演説してましたが、どうやら一つの売りにしているようです。見学会後の感想交流では、「旭川の歴史なら旭川市博物館(神楽、大雪クリスタルホールにある)の方がよいのでは」や「アイヌ迫害の歴史は何もわからない」などの感想が出されました。また「屯田兵→第七師団→第2師団を『流れ』として見せて、旭川の歴史をつくってきたのは軍だ、と言っているようで納得できない」との意見もありました。

P3090044 続いて目を引くのは日露戦争コーナー。ここは旧館よりも全体のうちの構成比率を増しているのではないかと感じるコーナーで、2階で唯一の映像資料がある場所です。日露戦争は「最後の勝った戦争の記憶」ということで、何年前かの日露戦争100年のときはテレビや雑誌などでも随分取り上げられ、靖国派もとにかく日露を語る、という頃がありました。その影響を色濃く受け継いでいる印象このコーナーでは、自衛官氏の説明も力を帯びます。映像資料は4分ほどのDVDですが、日本の権益を守るため仕方なく戦争をした、との印象を強く受けます。テロップでそういう解説も為されます。たたかって、勝って、帰ってきたと、そういう映像なんですが、そこには朝鮮半島や中国の人々の思いや生活は一切感じられない内容なんです。感想交流でも「日本とロシアの権益の話ばかりだったけど、占領されていた場所で元来生活していたひとのことが語られないのは靖国DVD『誇り』と同じだった」との声もありました。

P3090062 ノモンハン事件やアッツ・ガダルカナルあたりで戦局が怪しくなってくるに従い、自衛官氏の説明も怪しさを帯びてきます。つまり、オカルト的な色彩を帯び始めるのです。例えば、ノモンハンで全滅した部隊の遺骨が戻ってきたとき、その部隊の隊舎の前にいるはずもない歩哨が勢ぞろいして「ささげ銃」をした、だとか、アッツ玉砕のときは隣のキスカ島の残存兵を収容する船がアッツ島近くを通りかかった際、日本兵は誰もいないはずのアッツ島から「万歳、万歳」の声が聞こえたとか、まあそういう類の話が3-4例紹介されました。感想交流では「国が運営し子どもらがよく聞きに来る施設で、科学的根拠のない話をいかにも実話かのように説明するのは問題ではないか」との声も出されました。

P3090061 いわゆる太平洋戦争あたりの展示では館内すべて「大東亜戦争」の呼称が使われています。感想交流で指摘がありましたが、1階の自衛隊コーナーにあった年表でも第一次大戦の部分には「WW1」の記載があるにもかかわらず、第二次大戦の部分はわざわざ「大東亜戦争」と書かれていたとか。これについて私は説明を受けるたびに「なぜ大東亜戦争と書いてあるのですか?」と質問しています。もちろん毎回、説明してくれる自衛官は異なる人です。最初の自衛官A氏は「勉強不足でわかりません。調べておきます」と率直に言っておられました。このときは好感持てました(今度会ったら聞きたいと思います)。B氏は「地理的な特徴に注目した呼び名なんです」と説明しました。中国からアジア方面での戦争、その地理的特徴をわかりやすくするためだ、というのです。何か納得しそうですが、ではなぜ「大」をつけねばならぬのか筋は通っていません。そして今回の自衛官氏は「第七師団など旧陸軍がそう呼んでいたからです」と答えました。確かに旧陸軍は大東亜戦争と呼称していました。「では海上自衛隊の広報施設では太平洋戦争と呼称しますか?」と聞いたら「わかりません」と聞き流されました。旧海軍は太平洋戦争と呼称を主張していたのです。しかしその理由は、国民のなかに抵抗感のある「大東亜戦争」呼称をわざわざ使う理由としてははっきりしません。納得するまで聞いていきたいと思います。

P3090069 前回来たとき質問したのですが沖縄戦の展示がほとんどないのです。その時は「旧第七師団に関する展示をしているのですが、沖縄に派遣されたのは別の師団に再編成されて派遣されたのでここでは扱う対象ではない」との回答でした。しかし、「ああ沖縄戦」という新聞記事のスクラップは一つ展示されているのです。今回は前もって同様の説明がなされました。前回質問をうけて説明マニュアル(があるのではないかと推察している)が改訂されたものと思われます。それにしても、沖縄に派遣された部隊のことだけズバット欠落させているのはどうなんでしょうか?遺族の方々からの提供がなかったのでしょうか?沖縄戦では軍による住民虐殺が行われたとの証言があり、その地域には第七師団から再編された24師団がいたからなのでしょうか?真実はわかりません。

P3090081 最後のあたりに、なぜか海軍コーナーがあります。沖縄戦での説明と食い違いがあるのは何故でしょう。旭川縁の人がいたというなら、沖縄戦こそ紹介すべきなのに。それは置いといて、ここでは加藤建夫少将が大きなブースで紹介されています。ノモンハン事件などもそうですが、旧館で行われていた事件や部隊の紹介、という角度から、人物に光をあてて紹介する「パーソナル・ヒストリー」の手法が随分と取り入れられているように思います。以前、某高校の生徒グループが見学していたとき、5-6名の高校生に対し説明の自衛官が二人も付き添って、この加藤隼戦闘隊コーナーで「この人は旭川出身なんだ。旭川にはこんなにも立派な先輩がいたんだよ、すごいでしょう」という趣旨(正確には覚えてません)の説明をしていました。こういう手法の展示の方が、感情移入しやすいということなのでしょうか。

P6170010 全体を見学して2階で唯一説明をうけなかったコーナーがあることに気が付きました。他の参加者はみな初めてでもあったので気が付きませんでしたが、「226事件」コーナーについては説明されませんでした。なぜなのでしょうか?順路的に通過してしまう位置にあります。この配置自体が意図されたものなのかと勘ぐってしまいます。旧軍の汚点的な展示は、極力知らせまいという意図なのか?それはわかりません。

1階に下りてきて自衛隊コーナーと文学コーナーを見学。自衛隊コーナーには海外派兵ブースがありますが、ここの説明で自衛官氏は自衛隊のイラク派遣を「イラク派兵」と公言していました。私達としては「GJ」(グッジョブ)ってかんじですが、自衛隊的にはよいのでしょうか?ここでこんなことを書かなければ問題ないのでしょうが。

P3090097 旧館になかった(というか極小さかった)ものに売店があります。旧館では入口に自衛隊グッズが数点置かれていて売ってくれましたが(パンの缶詰、買いましたよ)、新館では自衛隊と商工会議所のコラボ=NPO法人「北鎮友の会」が運営する売店があります。オリジナル商品が置いてあり、売上はどうなのでしょうか。年間3万人も来ればかなり売れるのではないでしょうか。

以上が今回の見学会の概要でした。もちろん簡単な報告ですので指摘漏れの部分はたくさんあります。全体的な展示の問題として「旧軍を受け継いでいる」との指摘もありました。2時間の見学後、場所を移して1時間半ほど感想を交流しました。「ただ見るだけでは誤解ばかりが残る」との声もありました。学校単位での見学に疑問をもちつつも、少なくとも子どもらを連れて行くなら、事前事後学習をしっかりやって、戦前・戦後のことを学ばないと平和を育む教育にならないのでは、との声が多かったです。しかし学校現場の先生達は忙しすぎて難しいことはできないのではないか、などの意見も。

P3090099 子ども達は広報官らの一番の「狙い」なんだろうと思います。子ども達に迷彩グッズを身に着けさせての記念撮影コーナーもありました。子ども達には「カッコイイ」と見せている銃や戦車をバーンと撃ったら、罪も無い人や敵の兵隊が傷つき死ぬんだということを知らせねばなりません。それが教育というのではないでしょうか。そっか、広報施設だからね・・・。

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