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2008年2月に作成された記事

2008年2月28日 (木)

2008年2月例会:治安維持法下の自由に対する「弾圧」

当会青年部2008年2月例会を開催しました。今回は戦前の治安維持法下で、人々の自由と平和を求める活動に対する特高(特別高等)警察による弾圧(というか拷問)の実際について、体験者の手記をもとに学びました。

ノンフィクション:拷 問

実は青年部のメンバーの一人Hさんのお祖父さんが体験者その方。便宜上、おじいさんをKさんといたします。Kさんは戦前、某地方で業界紙記者をされていました。その活動のなかで、貧困に喘ぐ農民達の状況を目の当たりにし、戦争に突き進む国の前途を憂い、平和と民主主義の活動に身を投じておられました。Kさんは戦前、6度(または7度)も逮捕されながら、終戦まで人々のためにたたかいぬきました。私達が学んだのはKさんの自費出版の著作集。このなかに「実録と実話」という項があり、そこに「拷問」というタイトルの文章が掲載されています。孫であるHさんは「怖くてこの『拷問』の部分だけ読めなかった。みんなと一緒なら読めると思う」と今回の学習テーマを提案してくれました。

内容については余り細々とは書きませんが、戦前活動を続けながら当時非合法とされた日本共産党員だった某氏を3ヶ月自宅に匿ったことからKさん自身が「共産党員ではないか?」との疑惑をうけ(実際は党員ではなかった)、それが被疑事実として100日間にわたり特高警察に逮捕・拘留され、江戸時代を思わせる酷い「拷問」をうけるのです。Kさんは拷問の最後に、「共産主義のために死ぬなら、それでもいい」と思い至り、ある意味「悟り」に似た境地に入られます。その結果、「落ちない」(または「違ったか」)とわかった特高警察は拷問を止め、傷の回復を待って釈放します。それでも公的には「起訴留保」となり、「いつでも再逮捕できる」ことを臭わせ、活動再開しないよう警告されるのです。手記は拷問の全過程を詳細に記録してあるほか、そのことによってさらに深められたKさんの平和と民主主義への気持ちの高まりがよくわかるものとなっています。

注意していただきたいのは、戦前の日本では国民総動員の戦争協力体制が敷かれ、政党では日本共産党以外の政党が全て解散し「大政翼賛会」を結成していました。そのような中、戦争反対を唱えることはそれ自体が非合法とされ、政党では「日本共産党」(現在の国会で議席をもつ日本共産党と同一。同党は1922年に結党し、今日に至っています)だけが反戦を貫き、宗教者では宗派を問わず多くの教団が天皇の神格性を容認する中、一部良心的な僧侶(竹中彰元氏とか)や牧師などが「戦争反対」を唱えたに留まりました。

さて手記を読み終えた後に感想を出し合いましたが、メンバーは口々に「いまの日本でも、いつ同じことが起きても不思議ではない」と感想を述べました。例えば、反戦の意思表示のビラを自衛隊官舎に配布したことのみで逮捕・起訴された立川自衛隊監視テント村反戦ビラ裁判。開かれたマンションで議会報告を配布しただけで逮捕・起訴された葛飾マンションビラ配布裁判。国家公務員が休日に職場と関係ない地域で政党ビラを配布したことが違法とされた二つの国公法弾圧事件(2003年国公法弾圧堀越事件2005年世田谷国公法弾圧事件)。何をおいても最大限保障されなくてはならない「言論(表現)の自由」が、法の「曲解」とも受け取れる「運用」によって制限され弾圧されている現状がすでにあるのです。治安維持法のように、心の中で「思った」だけで弾圧される治安立法も決して皆無とはいえなくなっています。

このような時代だからこそ、日本国憲法の平和条項のみならず、それを保障する人権条項を活かす活動が大切なのではないでしょうか。私達は改めて「平和」を訴える自由が保障されていることの大切さを理解し、平和な日本と世界を実現するため、多くの人と手をつなぎ行動をひろげたいと思ったのです。

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2008年2月18日 (月)

陸自旭川駐屯地で第3回C4I2部隊実験、実施中(~22日)

以前記事に書いた陸上自衛隊のIT化=C4I2部隊実験ですが、2月中旬から旭川駐屯地で第3回部隊実験が行われることが自衛隊準機関紙「朝雲」の報道などでわかっていました。しかし、いつからはじまるのか?どういう実験をやるのか?部隊実験に伴いヘリの離発着や車両の出入りなど地域住民への騒音等は酷くならないか?など疑問もありました。実際にヘリ騒音は2-3月に実施されつつあるヘリ体験搭乗の訓練なのか、普段飛んでないタイプのヘリが離発着し、騒音は普段より気になっています。なのでどういう部隊実験になるのか、心配は当然のことといえます。

C4i23 そこで旭川平和委員会青年部としては由井久志青年部長名で陸上自衛隊第2師団広報室長宛に質問状を送付しました。1月28日に発送し、1週間程度での回答を依頼しました。依頼はこちらの都合ですが、回答が届いたのは2月16日(土)。2週間半もかかっています。1週間は無理としても、せめて部隊実験が始まる前に回答してほしかったと思います。余談ながら自衛隊に対する質問状への回答は、どこで遅いのです。自衛隊矢臼別演習場付近の町道が自衛隊によって「無断封鎖」された事件(2007年10月19日発生)で、矢臼別平和委員会が自衛隊に宛てた質問状は1ヶ月以上経ても回答が来ていないというのです。これは現場の部隊、広報部署に回答権が実質なく、すべて北海道防衛局へあげられ、本省の指示をうけて回答が起案されるものと推測されます。このような「機敏でない」意思決定は、お役所仕事としてどんぐりの背比べだと言わざるを得ません。現場で対応できる範囲については、現場で機敏に回答すべきではないか、と思います。

さて以下に質問及び回答部分を拡大してご紹介。

C4i23_2

というわけで、旭川駐屯地でのC4I2部隊実験は現在実施中であります。でも回答書が届く前に「たぶん今やってんな」という思いはしていました。「2月中旬」ということでも12日からの週に始まるだろうと思いましたが、確信を得たのは2月12日(確か12日。13日ではなかったように記憶しています)に旭川市末広の国道を第25普通科連隊の車両数台が駐屯地方向に移動していたので、普段あまり見かけないRecs配備の25普連の車両ですから「始まるな」と思った次第です。それにほぼ同時期に旭川駐屯地の体育館は普段カーテンが開け放されているのに、ピッタリと閉められていました。指揮所演習を行うとのことでしたから、体育館を使うのは間違いないと思っていました。いかがでしょうか。

回答を得た後の17日(日)、「今日は休みか、それとも短期間だし休みなしか」と思いつつ所用で旭川駐屯地の前の国道を走っていましたら体育館の閉め切られたカーテンの一枚が開き、窓も開き、なにやら器具のようなものが外にむけて出ていました。あれはいったいなんだったのでしょうか?通信機器の一種?アンテナでしょうか?走行中、一瞬目に飛び込んだだけだったので、よく見えませんでした。

この他に懸念されていた騒音被害のようなものは特に報告されていません。やはり指揮所訓練ですからそうなのでしょう。第2師団を舞台にしてのC4I2部隊実験はこれで終わるのか?そして以後は師団演習を重ねていくのか?それとも、さらにすすめられるのか?防衛省技術研究本部は「先進個人装具システム」も開発中とのことで、完成の折には再び真っ先に第2師団に配備されるのでしょうか。

2008年度は山形の第6師団にFicsが配備されC4I2部隊実験が行われるとの情報を得ていますが、第2師団をめぐる動向には今後とも注目していきたいと思います。

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2008年2月16日 (土)

米軍機移転訓練、2月25‐28日にFA18と決まる

今朝(2008年2月16日)の北海道新聞一面コラム「卓上四季」が、米軍機の移転訓練問題でなかなかすっきりした物言いをされています。以下に紹介します。

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戦闘機マジック(←リンク切れに注意)

手品師たちは昔から、観客に怪しまれない動きをしながらトリックを用意したそうだ。例えばさりげなくポケットに手を入れる。観客は「何か種があるのではないか」と疑いながらその手に注目する▼手品師はハンカチを取り出す。汗をふいてポケットに戻す。「何だ、それだけか」。観客は納得して視線を移す。そこで手品師はポケットから手を出す。手にはもちろん、隠していたものを握っている▼そんな舞台でも見るようだ。在日米軍再編に伴う訓練移転で、千歳基地を使った日米共同訓練が二十五日からと決まった。飛んでくるのは、米軍岩国基地のFA18戦闘攻撃機だという。おや、いつの間に岩国基地からになったんだっけ?▼沖縄には基地が集中している。負担を少しでも軽減するための移転だ、と政府は繰り返し説明してきた。ならば仕方ない、と納得した人は少なくなかったはずだ。その結果、受け入れが決まった。だまされた思いがするのは、地元ばかりではあるまい▼「実は全国の基地を米軍が自由に使えるようにするための再編だ」。そんな指摘は当初からあった。種明かしをされてみれば、その懸念がますます深まるようだ。沖縄の負担軽減という建前から切り離されるなら、千歳を使った訓練はなし崩し的に増えかねない▼「訓練移転」の言葉がトリックめいている。これは千歳への「訓練拡大」ではないのか。

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リンク切れするかもしれませんが、関連記事として2月15‐16日の両日、北海道新聞には「米兵外出に職員同行」(16日)、「戦闘機移転訓練 千歳は25-28日」(15日)などがありますのでご紹介しておきます。

Fa18f なおやってくる米軍FA18ですが通常型の「ホーネット」でもF15比で騒音は格段に酷いとの声がありますが、岩国基地に移転計画の有る厚木基地所属の約半数はエンジン性能が向上されたFA18E(単座、またはFA18F複座)スーパーホーネットで、さらに通常比35%も出力が増大。これに伴い一層爆音が酷いとのこと(赤旗2004年10月2日記事「神奈川厚木基地・爆音が胸押しつぶす」参照)。アメリカでも社会問題になっているようです。

北海道新聞「卓上四季」が言うように「トリック」で誤魔化そうということでしょうが、道民は騙されず、ともに声をあげていく時ではないかと強く思うのです。

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追記:当ブログがリンクさせていただいている「念仏者九条の会北海道」様が、当ブログの「2・9米軍来るな千歳集会/参加報告」を丸々紹介してくださっています(こちら)。念仏者九条の会ブログ管理者様より依頼があり、拙文ながらありがたいお申し出に了解させていただきました。ポイントに強調もしていただき、よりわかりやすくなっています。御礼を申しあげると共に紹介させていただきます。

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2008年2月12日 (火)

2・11「建国記念の日」関連集会/参加報告

2月11日の「建国記念の日」に旭川で開かれた2つの集会にそれぞれ参加してきました。靖国派は「建国記念の日奉祝会」、政教分離派は「旭川2・11平和集会」。それぞれについて概略を報告します。

「紀元二六六八年 建国記念の日奉祝会」

ロワジールホテル旭川で開かれた実行委員会主催の同集会。事前宣伝で午後2時から式典があり、午後2時40分から講演があるとわかっていたのですが、都合の関係で2時40分に会場到着しました。ちょうど式典が終わったところで短時間の休憩。会場に入り後ろの方に立っていると目の前を制服を着た第2師団長・師岡陸将が「前の方が人が少ないから・・・」と談笑されながら通過される。おっしゃるとおり、会場は400席ほどでしたが入場していたのは320名~多く見積もっても350名くらいかと思います。

実行委員会の代表は日本会議上川会長で豊岡中央病院を運営する医療法人の理事長田下昌明氏。後で聞くところによれば、日本会議や隊友会などが中心となっている実行委員会のようです。街中に貼られているポスターの連絡先は隊友会旭川中支部事務局長さんの個人宅になっていましたので主力は両団体なのでしょう。そのことは式次第で開式・閉式の辞を隊友会関係者が行っていることからも推察できます。田下氏は当ブログ記事「防衛協力団体、とは?」でも紹介しましたが防衛親睦団体「北友会」の会長も務めています。第2師団の広報紙?ともいえる「北鎮」2008年1月号でも写真入で登場しています。

P2120005 式典に参加できなかったのは失敗でした。左の式次第のとおり今津代議士をはじめ民主党の西川旭川市長、商工会議所の高丸会頭、第2師団の師岡師団長が式辞を述べることになっています。会場で配られたパンフレットには西川市長と今津代議士の「祝辞」も掲載されていますが、それぞれが何を述べたのか?聞いてみたいものでした。とくに西川市長については2007年の北海道護国神社慰霊大祭には「公務欠席」したものの、同年の西神楽招魂祭には代理出席をさせており、目立たないところでは「本籍自由党」の素地を隠していないとも言われています。

P2120006 式次第では来賓紹介がありますが、来賓には先の4名以外に自民党道議2名、旭川市議会議長の民主党岩崎議員、陸上自衛隊幹部6名(これら幹部自衛官は北海道護国神社慰霊大祭にも特別来賓として出席していた)、神社宮司2名、旭川ペインクリニックの的場光昭理事長、他数名となっています。北海道護国神社慰霊大祭と同じように、ここでも政・軍・財の協力関係が浮き彫りになっています。

P2120007 山田が参加したのは第2部:記念講演のところからで、講師は当ブログでも話題の佐藤正久参院議員。文民統制逸脱の「駆けつけ警備」問題は一時話題になったものの、すぐにメディアから消されてしまいました。演題は「私たちが守るべきものとは」として、60分の講演でした。講演は長く話した割には実質は大したことは言ってなく、テロ特措法に基づく海上補給活動について反対の世論が高まったのは「説明しきれていない」ためだと指摘。説明のために「自分は一年生議員ながら自民党HPのトップに丸川珠代参院議員とのインタビューを貼らせてもらった」「自民党はやる気さえあればできるんです」と批判世論のある自民党へのフォローも欠かしません。結局、「日本は石油がなければ困る」「インド洋警備は石油輸送で日本も恩恵を得ているのに、それまでやっていた燃料補給を放り出してしまった」と述べ、「国益のためにやらねばならない」と訴えます。国益のため、国益のため、といいますが、そこでは民主主義国家として憲法を守るという民主主義の保障は眼中に無い印象でした。国民は際限の無い派兵活動、法で歯止めがかけられない派兵活動に対しNOの民意を表明したのです。憲法に基づいてやれ、と国民が指示したのです。そのことをきちんと各国に説明すべきところを、「国益のために撤退は誤り」とただ根拠無く言う様はイケイケドンドンの先遣隊長“らしさ”でしょうか。

佐藤氏は民主党の「アフガン対案」については批判的でした。その点はさすが持論の「体制つくってから派兵」論者だなと思いました。民主党のアフガン対案では現地調査もせずに危険なアフガンに自衛隊を送ろうとしている、と指摘。ペシャワール会の中村哲さんを例に挙げ「あの活動のように特定地域で長年取り組めば信頼関係もできているでしょうが」、そうでないところにいきなり自衛隊や文民警察等を投入するのは危険すぎる、と述べていました。いま福田政権は派兵恒久法づくりのために民主党アフガン対案に積極的だと報道されていますが、いざ自民党が衆院で一転賛成することになったら佐藤氏は難と言いますか、注目したいところです。

P2110026 佐藤氏は最後に、「国益を守っていくということをどう実現していくか」と問題提起し、そのためにはこのような精神が必要ですと、内ポケットから取り出した「とある文章」を読み上げました。「これは何かわかりますか」と会場に問うと、大きな声で「教育勅語!」との返答。そうだろうな、とは思っていましたが、あまりに彼らなりすぎる落としどころに興ざめしてしまいました。読み上げたのは教育勅語の現代語訳(←リンク先のものとほぼ同じと思います)でした。佐藤氏は「私がこれを読めば『軍国主義』と言われますが、どこが軍国主義でしょうか」「こんないいことが書いてある」と述べ論を閉じました。

この論調はまさに靖国DVD「誇り」と同じではありませんか。大切にすべきは国でありみんなの利益だといいながら、家族愛や兄弟愛、支えあいといった道徳を持ち出し、それが無いのが問題だと復古調の主張を繰り返しています。そもそも家族の団欒を奪ったのは過重労働や低賃金化ではあるまいか。それは自民党と財界の経済政策の結果ではありませんか。それにこの教育勅語の現代語訳ですが、結局のところ「非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません」とし、それが「善良な国民」としての「当然の努め」であると結論付けており、これを子ども達に洗脳のように刷り込むことは軍国主義といわずしてなんであろうか、と思います。

旭川2・11平和集会

この日の夜、日本基督教団旭川六条教会において信教の自由と平和を願う人々により「旭川2・11平和集会」が開かれました。主催は同集会実行委員会。市内のプロテスタント教会を中心に準備されたものと推察します。

P2110030 集会は日本基督教団旭川豊岡教会の筒井牧師が司会を務められ、冒頭に礼拝、第2部として記念講演という似て非なるものなれど構成は靖国派集会とおなじように進められました。集会には40名強が集まり、少数なれど自発的意思に基づく力強い意思と祈りがあったように思います。

礼拝では日本パブテスト連盟東光キリスト教会の松坂牧師が説教されました。続く講演では無教会主義の牧師活動をされている元軍医で医師の荒川巖さんが「クリスチャン軍医としての体験」と称して自身の経験を話されました。

P2110028 荒川さんは海軍軍医中尉としてグアム・三重・台湾と勤務され、台湾で終戦を迎えられました。荒川さんによれば「海軍は陸軍と違って大らかだった」とし、「誰を尊敬しているか」と上官に問われたとき、本来なら「天皇陛下」というべきでしょうが「内村鑑三と矢内原忠雄と新渡戸稲造」と答えたと話し、上官は「お前、無教会主義か」と聞かれたものの特に罰はうけなかったことなどを紹介。「陸軍だったら大変だったでしょう」と戦前の陸・海軍の微妙な違いについても話されました。また軍医として兵士を治療すれば再び前線へ出て人を殺すかもしれない、との状況のなかで、「人としてあるべきことをしよう」「人を生かそう」と治療に専念したこと、終戦時に診察室を連合軍に明け渡した際もすべての医療機器・医薬品を整理して渡し「人を生かすために使ってほしい」と述べ連合軍から賞賛されたことなども紹介しました。

集会には旭川平和委員会青年部から4名が参加し、荒川さんの講演に耳を傾けました。

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2・9米軍来るな千歳集会/参加報告

この間、ご案内してきました催し物が開催されました。このうち2月9日に千歳市で開かれた「米軍来るな千歳集会」に参加してきましたので概要を報告します。

2・9米軍来るな千歳集会

千歳市民文化センターの大きな会議室で開催された同集会。会場には開会の30分前に到着するも、イスは会場の半分程度しか出てなく「少ない」と感じました。旭川からは5名が参加。このうち旭川平和委員会の会員が3名。うち2名が青年部。時がたつにつれて不安は一転、増える参加者にイスが足され、足され、最終的には参加は220名を超えました。

P2090011 集会ではDVD上映(「海上自衛隊もやってきた~辺野古からの緊急レポート」)、主催者あいさつに続き来賓挨拶として民主党・小林ちよみ氏、共産党・宮内さとし氏、社民党・山口たか氏がそれぞれ挨拶。余談ですが宮内さとしさんは原水爆禁止世界大会に一緒に参加したとき「個人加盟制の平和運動体に市民が自覚的に参加して粘り強く活動しないと平和は実現できない」と話されているのに感銘し平和委員会に入会するきっかけとなりました。

P2090025 集会のメインスピーカーは新崎盛暉・沖縄大理事長。「米軍再編を考える」と題し、米軍再編とは何なのか、いま日本で何が起きているのか、これにどう立ち向かうべきか、等についてわかりやすく話されました。

よくわかった点は、2005年10月29日のいわゆる「中間報告」(『日米同盟 未来のための変革と再編』)において現在の「再編」のベースが明らかとなったが、そのなかで「日米の相互運用性の向上」と「ミサイル防衛(BMD)」が2大柱として重視されている、ということ。最近もPAC3の配備に関連して首都圏では問題が起きており、入間平和委員会の友人は2007年11月の入間基地航空ショーでPAC3を見て、「戦争に使う武器を市民の目にさらしたくないですよね。入間基地からは今でも10数人がイラクに派兵されているそうです。すっかり忘れられているけど、航空自衛隊は撤退していないんです」と感想をメールで送ってくれたのが思い出されます。「相互運用性」というところでは、現在第2師団が取り組んでいるC4I2部隊実験が深く関係しているものと思います。これら陸自のIT化は、単に「近代化すれば人員が削減できる」というコスト的な問題ではなく、もちろん「情報優越」が戦術的に必要だということもありますが、主として米軍との相互運用性を向上させ法律的な派兵体制が整ったときに遅滞なく陸上部隊を共同展開したい、という意図があったのではないか、と考えざるを得ないのです。

P2090013 そして改めて感じたのは「米軍来るな」というけども「沖縄に帰れ」ではダメだ、という新崎さんの指摘です。そうなんです。沖縄の負担は軽減しなければなりません。昨日も沖縄で14歳の女子中学生が海兵隊員に連れ去られ暴行されました。誰しも「またか」と思ったことでしょう。いつまで繰り返すのか。暴力支配が軍隊の本質である以上、軍隊が駐留している限りこの手の事件はまた起きるかもしれません。だから撤去しかないのです!岩国も厚木に返すわけにはいかない、千歳も沖縄に返すわけにはいかない。だからアメリカへ帰れ!なのです。

P2090012 さて集会ですが会場にはメディアの取材もきていましたが、目立ったのは千歳高校放送部のみなさんです。集会開催前には実行委員会の平井代表にインタビューし、集会中も熱心に取材していました。これがどのような成果となるか楽しみです。

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2008年2月 7日 (木)

「旭川 2・11平和集会」のご案内

「建国記念の日」とされる2月11日は旧「紀元節」の復活を懸念し、憲法の政教分離原則を徹底しようとする市民が全国各地で集会等を開いています。2008年、旭川では「信教の自由と平和を願って」と題して「2・11平和集会実行委員会」主催の同名集会が開催されます。以下、ご案内します。

旭川 2・11平和集会

P8010002 【集会趣旨】今年もまた2月11日(信教の自由を守る日)を迎えます。毎年この日、旭川では平和集会を催しております。今年は「信教の自由と平和を願って」を主題に、信教の自由と平和を考えます。講演をお願いさせていただきましたのは、「クリスチャン軍医としての体験」を荒川巖氏がお話くださいます。今、日本国憲法で保障されている信教の自由が、徐々に脅かされています。このような事態に直面し、私たちはキリスト者としていかにあるべきか、いかに考え行動すべきか、共に学ぶ機会となればと願っております。(集会チラシより一部抜粋)

日時:2008年2月11日(月)午後6時30分より

会場:日本基督教団旭川六条教会(旭川市6条通10丁目、℡0166-23-2565)

講師:荒川 巖 さん【写真】

1942年1月、海軍軍医中尉として召集をうけ、5月よりグアム島に約1年3ヶ月赴任。その後、三重海軍航空隊に1年3ヶ月、台湾にて終戦を迎える。2007年8月に90歳になられた。医師、元国立松丘保養園長。現在は老人保健施設「かたくりの郷」嘱託医。

入場:無料ですが、礼拝のなかで献金があるそうです。集会経費に充てられるそうですので、自由意志で協力ください

主催:2・11平和集会実行委員会

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2008年2月 5日 (火)

3・1ビキニデー旭川集会

Rp00128_1 3・1ビキニデー旭川集会が以下の内容で開催されます。ビキニデーについてはwikipediaの「第五福竜丸」をご覧ください。今年のビキニデー旭川集会には第五福竜丸の元乗員で被爆された大石又七さんが講師としていらっしゃいます。大石さんのお話を直接お聞きできる機会は少なく、70代となられた大石さんから、ビキニ事件の真実とは!核兵器廃絶の切なる願いとは!よく聞き、私達が世代を超えて伝えていきましょう。

以下、ご案内します。

「3・1ビキニデー旭川集会」

日時:2008年2月14日(木)午後6時30分~

場所:ときわ市民ホール101研修室(旭川市5条通4丁目)

費用:資料代として200円を当日頂戴します

講師:大石又七さん(第五福竜丸・乗組員)

演題:「これだけは伝えておきたい《ビキニ事件の表と裏》」

主催:原水爆禁止道北協議会(道北原水協)

【参考サイト】

都立第五福竜丸展示館

原水爆禁止日本協議会

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小樽やはり入港決まる、千歳米軍訓練2月下旬

20080205 今朝(2月5日)の朝日新聞によれば、やはり「ブルーリッジ」が小樽へ入港することになったそうです。記事では「寄港は当初の計画通り7~11日とされている」としながらも時間帯までは報道していません。現地では7日に「ブルーリッジ入港反対抗議集会」が予定されています。以下ご案内します。

小樽「ブルーリッジ入港反対抗議集会」

日時:2008年2月7日(木)午前9時30分~

場所:小樽港港町ふ頭

問い合わせ:小樽地区労連(℡0134-23-6756)

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9日に「米軍来るな千歳集会」が予定されている千歳基地への米軍飛行訓練は日米共同で行われ、1-5機の米軍機が1-7日間にわたり訓練を行うことになりそうです。ただし降雪状況によっては中止の可能性もあるとのこと。北海道新聞の報道によれば使用機種が米軍嘉手納基地のF15だけでなく、岩国基地のF18が参加するかもしれないとの記載がありました。F18ともなれば爆音のレベルはF15を超えます。道民が受ける被害は一層深刻になります。

北海道・千歳市・苫小牧市は国に対し「土日や早朝・深夜の訓練をしない」「自衛隊が通常使っている訓練空域や飛行経路・飛行方法で行う」との「訓練受け入れ条件」を再要請したといいますが、北海道防衛局は「最大限努力する」との回答。必要に応じて「努力したが判断により・・・」と道などの要請は守られないことがありうるということでしょう。防衛当局が米軍に対し弱腰では、訓練地域住民の生命や平穏な生活が守られないことは沖縄のこれまでと現状から明らかにもかかわらず、「努力」としか回答できないとは住民が不安を増すばかりではないでしょうか。

私達は改めて訓練の中止を要請するとともに、千歳・苫小牧両市民のみならず、北海道民全体でこの問題に意見を述べていくことを呼びかけます。

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2008年2月 4日 (月)

小森陽一さんと考える日本国憲法in旭川

Photo 九条の会事務局長の小森陽一さんが旭川でお話してくださることになりました。急きょ決まったもので、旭川冬まつりの真っ只中ではありますがこの機会を活かし、憲法と現代社会を考える時間にできれば、と呼びかけさせていただきます。

この集会はどなたでも参加いただけます。憲法に対するスタンスが異なっている方も参加できます。現元の自衛官のみなさん、一緒に考えませんか?しかしながら、実力または言葉による暴力等、集会の妨害となる言動が確認された方の参加はお断りします。

以下、ご案内します。

「小森陽一さんと考える日本国憲法」

日時:2008年2月10日(日)午後3時~4時30分

場所:道北勤医協一条クリニック・3階会議室(旭川市東光1条1丁目1-10

参加費:無料

内容:小森陽一さんの講演(60分)と質疑応答・活動交流など

主催:平和憲法守る運動推進・旭川の会

お誘いあわせの上、ご家族、ご友人でご参加ください。

今回、小森さんのプロフィールを確認しようとwikipediaを見て知ったのですが、小森さんのお母様・詩人の小森香子さんはわが全国組織・日本平和委員会の個人理事をなさっている方だったのですね。知りませんでした。

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2008年2月 2日 (土)

「商船予定変更、港に空き」に圧力を感じるのは当然

今朝の北海道新聞の記事に戦慄が走りました。

20080202 「米艦入港可能に/小樽市/商船予定変更、港に空き」の見出し記事(左の写真)。以下、北海道新聞ホームページからご紹介します。

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【小樽】米海軍の揚陸指揮艦「ブルーリッジ」の小樽港寄港問題で、商船のバース(岸壁)利用を優先させるため、米側の要請を断った小樽市に一日、商船の代理店から「入港予定が十日遅れる」と連絡があった。これを受け、同市は一日、小樽海保を通じて米側にバースが空いたことを通知した。

 市港湾部は「商船の日程変更の理由は分からない」とする一方、再度、米側から寄港要請があれば「容認することになるだろう」としている。

 小樽市によると、パナマ船籍の穀物船が八-十三日に小樽入港を予定し、七-十一日に寄港要請したブルーリッジと日程上、かち合っていた。

 米側には、ブルーリッジ寄港を求める場合は再度文書で要請するよう求めており、週明けにも何らかの返答があるとみられる。

 同市にはここ数日間、外務省から「入港を断る根拠は何か」「先に入港すると通知した米軍側を優先すべきだ」など、圧力とも取れる連絡が繰り返しあった。一日は同省北米局日米地位協定室長が山田勝麿市長を訪問。同市幹部によると「市長はこれまで通り商船を優先する考えに変わりはないと回答した」という。

http://www.hokkaido-np.co.jp/news/society/73794.html?_nva=29

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これは誰が読んでも「商船オーナー筋と荷主筋に某国外務省関係から圧力がかかったのではないか」と推察することでしょう。実際に同日付北海道新聞コラム「卓上四季」もそのような指摘をしています。

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美女には弱いが殺しのライセンスを持つ。スパイ映画の主人公007だ。今年は原作者イアン・フレミングの生誕百年に当たる。「マイ・ネーム・イズ・ボンド」。007がいつものせりふで身分を明かすと、悪役たちは強いプレッシャーを受ける▼「米軍艦船が寄港を希望している」。そんな言葉にも、ボンド並みの神通力はあるのだろうか。米第七艦隊の旗艦ブルーリッジの入港を拒否した小樽市に、外務省が圧力めいた問い合わせを繰り返した▼米艦が寄港を求める期間、岸壁は商船でふさがっていた。だから小樽市は要請を断った。外務省は米艦を優先するよう求め「調整しないのは港湾管理者としての能力に欠ける」などと受け取れる発言をしたという▼商都・小樽の港だ。市長は「商船を追い払ってまで入れるとしたらまるで軍港だ」と語った。正論である。ところが急に岸壁が空いたそうだ。米艦は寄港できる。妙な展開だ。どこかに圧力があったか、誰か「調整」したのか▼道内港湾は近年、米軍艦船の寄港が目立つ。イラクで戦った空母も来た。室蘭、函館に続き、昨年からは石狩湾新港にも入る。米軍戦略にどう組み込まれているのか、わからない点は多い▼自治体の都合や住民の不安に構わず、地位協定を盾にして、入港が実現するよう繰り返し圧力をかける。外務省はそんなライセンスを、一体いつ取ったのだっけ。

http://www.hokkaido-np.co.jp/news/fourseasons/73857.html

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この「理屈」を容認すれば、日本全国、いつどのような場所でも、米軍が望めば、市民がどんなにささやかに暮らしていても、その場所は提供せざるを得ないことになるのです。そんな法治国家がありますか。一方でアメリカ本土では米軍が訓練場に予定していた場所が住民の反対により断念したとのニュースも届いています。

よく「日本はアメリカの51番目の州だ」などと冷やかす声を聞きますが、アメリカ国民ほども人権と抵抗権を持ち合わせていないことが、この事例からも明らかです。米軍は日本を、いまだ占領地程度にしか考えていないのではないでしょうか。

やはり6日は小樽に駆けつけねばなるまいか・・・。小樽市には今回のことで完全屈服するのではなく、地方自治の役割を改めて認識する機会として活かしてほしい。

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2008年2月 1日 (金)

2月前半、米軍に対する道民の会合案内

2008年2月、米軍のさまざまな動きが北海道で活発化します。これに対して「平穏な北海道を守りたい」「非軍事の街を守りたい」と道民が会合・集会を企画しています。以下、ご案内します。

2月6日(水)/米艦入港反対石狩集会

米海軍第7艦隊所属のイージス艦「ジョン・S・マッケイン」の入港要請を石狩湾新港管理組合は受け入れました。寄港は「友好・親善」が目的とされ、2月6日から10日までの予定。

管理組合は北海道・小樽市・石狩市の3者で構成されており、トップである管理者は北海道知事。小樽市は「ブルーリッジ」を入港拒否したものの、自らが管理に加わる石狩湾新港に別艦艇の同時入港打診があったのも影響しているのかもしれません。石狩湾新港には米海軍イージス艦「ステザム」が2007年に入港しており、2年連続の入港となり、事実上の軍港化が懸念されます。

以下、集会をご案内します。

日時:2008年2月6日(水)午前9時30分から(集会開会時刻)

集合場所:午前9時に石狩市図書館前(石狩市役所向い、石狩市花川6条1丁目30-2)

主催:石狩市平和を守る連絡協議会・道安保破棄実行委員会

2月9日(土)/米軍来るな千歳集会

「沖縄の負担軽減」といいながら全国に移転しようとしている在沖米空軍F15飛行訓練。地元市民は「事故の危険性」を危惧し、一昨年から反対運動を続けてきました。昨年11月にはF15戦闘機がアメリカで空中分解し長期の飛行停止となり、自衛隊F15は1月8日、百里基地で尾翼脱落事故を起こすなど住民の不安は増すばかりです。岩国では米兵による女性暴行事件が起こり、訓練移転後の北海道はどうなのか?と危機感が強まります。

この訓練移転は千歳を中心とする周辺自治体だけの問題では無く、訓練自体は広く北海道上空、旭川上空でも行われるものと予想されます。私達、北海道民の問題なのです。

以下、集会をご案内します。

日時:2008年2月9日(土)午後1時~3時

場所:千歳市市民文化センター・大会議室(千歳駅より徒歩5分、駐車場完備)

講演:新崎盛暉さん(沖縄大学元学長・現理事長)

演題:「沖縄から見た千歳への米軍訓練移転」

主催:米軍問題を考える会

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外務省が米艦入港拒否の小樽市に圧力か

2008年2月1日付北海道新聞によれば「米艦入港拒否の小樽市に・・・外務省が圧力?」との見出して記事が掲載されています。以下、ご覧ください。

20080201

記事では「商船のバース(岸壁)利用とかち合うため」に、米海軍の揚陸指揮艦「ブルーリッジ」の入港を拒否した小樽市に対し、「外務省から圧力とも取れる問い合わせやバース利用状況の照会が相次」いでいるというのです。そしてその「問い合わせ」「照会」の具体的な内容は通常では考えられないもので、客観的にみれば「圧力」以外の何ものでもない、というのが感想です。

入港要請を断った28日から31日までの4日間、外務省北米局課長補佐クラスの幹部から10回近い電話(カウントしていないのだろうけど8-9回としても1日2回)があり、日米地位協定室長(という担当者がいるのですね!さすがだわ)が直接小樽市役所を訪れたそうです。日米地位協定室によれば「一般的な意見交換」だという。

これに対して小樽市幹部が証言する外務省の主張は?といえば、「米軍側は1月16日に入港を伝えたんだから、商船との競合が分かった25日の判断より優先すべきだ」「(入港できるよう)調整しないのは港湾管理者としての能力に欠ける」と言っているようなのです。これは事実上、「ブルーリッジ」を最優先し商船の接岸を断れ、との威圧であり、市幹部も「ある種のプレッシャーだ」と述べています。

これは今回の入港がダメだったとしても、「次はわかってるな」という猛烈な圧力でしょう。政府からのこの種の圧力は、「言うことを聞かないと交付金に影響するぞ」と言っているのと同じではないでしょうか。地方自治体幹部にとっては地方自治と圧力との辛い板ばさみといわざるを得ません。

小樽市は「商船を追い払ってまで入れるとしたら、まるで軍港だ」(山田勝麿市長)と市長先頭に地方自治の「最後の砦」を守ろうとしています。山田市長は保守系で、これまでも米空母の入港を積極的に受け入れ歓迎してきました。米艦の入港拒否は今回が「初めて」。記事では港湾法に基づく港湾管理者の権限への介入、総務省所管の地方自治体に対して管轄外の外務省からの干渉に、小樽市は「疑問」をもっているとのこと。当然のことと思います。

小樽市としては「これまで友好・親善のために協力してきたのに」との思いや、なし崩し的に軍港化されるという危機感、そしてまた古来の商業都市として商船の利益を最優先すべきとする「誇り」がそこにあるのではないでしょうか?そのような気持ちをなぎ倒して札束で屈服させようとする「力の政治」は長続きしないことを歴史は証明しているのではないでしょうか。

■参考のため入港拒否を表明した際の記事を貼り付けます。

20080129

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