2008年2月例会:治安維持法下の自由に対する「弾圧」
当会青年部2008年2月例会を開催しました。今回は戦前の治安維持法下で、人々の自由と平和を求める活動に対する特高(特別高等)警察による弾圧(というか拷問)の実際について、体験者の手記をもとに学びました。
ノンフィクション:拷 問
実は青年部のメンバーの一人Hさんのお祖父さんが体験者その方。便宜上、おじいさんをKさんといたします。Kさんは戦前、某地方で業界紙記者をされていました。その活動のなかで、貧困に喘ぐ農民達の状況を目の当たりにし、戦争に突き進む国の前途を憂い、平和と民主主義の活動に身を投じておられました。Kさんは戦前、6度(または7度)も逮捕されながら、終戦まで人々のためにたたかいぬきました。私達が学んだのはKさんの自費出版の著作集。このなかに「実録と実話」という項があり、そこに「拷問」というタイトルの文章が掲載されています。孫であるHさんは「怖くてこの『拷問』の部分だけ読めなかった。みんなと一緒なら読めると思う」と今回の学習テーマを提案してくれました。
内容については余り細々とは書きませんが、戦前活動を続けながら当時非合法とされた日本共産党員だった某氏を3ヶ月自宅に匿ったことからKさん自身が「共産党員ではないか?」との疑惑をうけ(実際は党員ではなかった)、それが被疑事実として100日間にわたり特高警察に逮捕・拘留され、江戸時代を思わせる酷い「拷問」をうけるのです。Kさんは拷問の最後に、「共産主義のために死ぬなら、それでもいい」と思い至り、ある意味「悟り」に似た境地に入られます。その結果、「落ちない」(または「違ったか」)とわかった特高警察は拷問を止め、傷の回復を待って釈放します。それでも公的には「起訴留保」となり、「いつでも再逮捕できる」ことを臭わせ、活動再開しないよう警告されるのです。手記は拷問の全過程を詳細に記録してあるほか、そのことによってさらに深められたKさんの平和と民主主義への気持ちの高まりがよくわかるものとなっています。
注意していただきたいのは、戦前の日本では国民総動員の戦争協力体制が敷かれ、政党では日本共産党以外の政党が全て解散し「大政翼賛会」を結成していました。そのような中、戦争反対を唱えることはそれ自体が非合法とされ、政党では「日本共産党」(現在の国会で議席をもつ日本共産党と同一。同党は1922年に結党し、今日に至っています)だけが反戦を貫き、宗教者では宗派を問わず多くの教団が天皇の神格性を容認する中、一部良心的な僧侶(竹中彰元氏とか)や牧師などが「戦争反対」を唱えたに留まりました。
さて手記を読み終えた後に感想を出し合いましたが、メンバーは口々に「いまの日本でも、いつ同じことが起きても不思議ではない」と感想を述べました。例えば、反戦の意思表示のビラを自衛隊官舎に配布したことのみで逮捕・起訴された立川自衛隊監視テント村反戦ビラ裁判。開かれたマンションで議会報告を配布しただけで逮捕・起訴された葛飾マンションビラ配布裁判。国家公務員が休日に職場と関係ない地域で政党ビラを配布したことが違法とされた二つの国公法弾圧事件(2003年国公法弾圧堀越事件、2005年世田谷国公法弾圧事件)。何をおいても最大限保障されなくてはならない「言論(表現)の自由」が、法の「曲解」とも受け取れる「運用」によって制限され弾圧されている現状がすでにあるのです。治安維持法のように、心の中で「思った」だけで弾圧される治安立法も決して皆無とはいえなくなっています。
このような時代だからこそ、日本国憲法の平和条項のみならず、それを保障する人権条項を活かす活動が大切なのではないでしょうか。私達は改めて「平和」を訴える自由が保障されていることの大切さを理解し、平和な日本と世界を実現するため、多くの人と手をつなぎ行動をひろげたいと思ったのです。
| 固定リンク
「例会・活動報告」カテゴリの記事
- 参加報告:6・23旭川集会「イラク派兵違憲判決vs派兵恒久法」(2008.06.24)
- 2008年5月例会:イラク問題を考える(2008.06.02)
- 政教分離問題で旭川市長西川将人氏宛「要望書」提出(2008.05.26)
- 2008年4月例会:映画「夕凪の街 桜の国」視聴会(2008.05.16)
- 上富良野演習場外の国立公園散策フィールドワーク(2008.04.14)

コメント