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2007年12月に作成された記事

2007年12月30日 (日)

2007年回顧、2008年展望

2007年もあと二日で終わりです。今年5月からスタートした新ブログですが途中若干の休憩期間を挟みながらも本投稿を含め52本の記事をUPすることができました。記事投稿のなかで山田が留意したのは以下の点です。

・旭川で起きているがメディアに載りにくい情報を紹介する。(とくに陸上自衛隊第2師団や旭川の平和を求める勢力の動向など)

・政教分離問題は平和を崩す靖国派の策動と連携しており重視し、些細なことでもできるだけ見逃さない。

・メディアやウェブに掲載されたことでも情報蓄積としての意味を持つ情報は紹介する。(佐藤正久氏の自衛隊ぐるみ選挙運動や第2師団所属自衛官の不祥事などが特徴的か)

・以上を含めて事実に基づく記載を追求し、推測や主張については事実報道と区分しそれらが「推測」「主張」であることが分かるように記載する。

改めて振り返ってみると取材を進めて驚いたのは政教分離問題が曖昧にされようとしていることの深刻さです。上川神社例大祭の「市民パレード」問題では、神輿行列の後部を「市民パレード」と称することで堂々と自衛隊車両が人員(運転手)とともに提供されている例を紹介しましたが、その後判明し今後調査をすすめたい事例としては士別神社例大祭については神輿行列自体に自衛隊車両が提供されているらしいのです。旭川で曲がりなりにも建前として主張されている「理屈」すら不要だ、というのは地域の中で「政教分離」を問題視する勢力の小ささ(逆にいえば、神社支配の強さ)を表しているのではないかと考えます。2008年はこのような問題にも迫っていきたいと思います。

佐藤正久氏の「ぐるみ」選挙運動問題では護国神社に堂々と掲げられた政治活動ポスターの例や、自衛隊官舎敷地内に掲示された選挙ポスターの例を紹介しました。官舎敷地のポスターは誰か見知らぬ第3者の通報により旭川市選管から佐藤陣営に警告があったようで、一気に撤去されました。その後の話によれば、自衛隊演習場に隣接している民有地のキワドイところに設置されていた野党(民・共など)の政党ポスターに対し、自衛隊から猛烈な抗議と撤去要請・謝罪要求があったそうです。一部良心的な政党は撤去したものの、「江戸の敵を長崎で討つ」というか「八つ当たり」めいた攻撃にある関係者は「いままで何十年も何も言われなかったのにね。それに言われる筋合いのない場所だと思うんだけどね」と自衛隊の自己中心ぶりに唖然としていました。独特の論理が公然と通じる閉鎖社会の一部を垣間見たようなきがします。

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さて2008年ですが、基本的にはいまのスタンスを維持し、さらに取材網を広げる努力をしながら記事を発信していきたいと思います。当会の例会報告についても毎回の特徴がわかるような記載を心がけます。しかしながら、自衛隊の情報保全隊の活動は日本共産党の告発で周知の通りですし、当会としても個人情報保護の観点から会員個人を特定できる情報については掲載いたしません。その結果、報告に不充分さが生じるかもしれませんが、ご容赦ください。

また2007年に市民の方から当会までお寄せいただいていた情報として自衛隊のヘリコプター騒音問題があります。これはこれまで具体的な問題として記載しませんでしたが、当会会員からも騒音問題への取り組みの要望がありますし、自衛隊周辺でも一部飛行コース下の世帯では著しい騒音被害があると推察されます(コースから外れた場所だとさほどでもない、らしい)。声を寄せていただいた人のなかには自衛隊や市役所に何度も抗議しているものの「のれんに腕押し」で怒りを抱えている人もいます。よって当該地域住民の声を収集し、反映させながらの活動を組み立てていきたいと思います。これをご覧頂いている旭川市民で、ヘリ騒音に違和感を感じられている方はぜひメールでご意見をください。

第2師団は全国でも類例の無いIT化戦闘部隊の実験師団として当ブログ開設と同じ時期の2007年5月頃より研修と訓練をすすめています。これは今後も続きます。これらを通じて、自衛隊がどう変貌していこうとするのか、とりわけ対米従属ぶりや海外派兵型“軍隊”としての変質がどうすすもうというのかを見極めつつ、憲法違反のあり方に異議を唱えていきます。

自衛隊に対するスタンスは上記述べたとおりですが、個々の自衛官(特に士クラスの下級自衛官)の基本的人権を守り、憲法を共通項として連帯していきたい気持ちを特に表明したいと思います。私達は自衛隊を「敵視」しているわけではありません。憲法のスタンスからいまの自衛隊を眺めた場合、異議を唱えざるを得ないわけで、それは市民感情からいって仕方ない側面があります。しかし、市民が公然と自衛隊に異を唱えるのは困難さがあります。とりわけ「自衛隊の街」においては。防衛機密など自衛隊特有の隠れ蓑を被っての下級自衛官いじめや、セクハラ・パワハラ、安全でない場所への派兵を含む生命の軽視等については現行自衛隊制度の下でも現場自衛官と政治家、市民が手をとり改善可能だと信じます。そのための法令によって保障された勇気ある告発を推奨します。適法な告発であっても、現場での不利益があるかもしれません。しかし、そのことへの対処も含め、改善すべきことは改善しましょう、と呼びかけます。

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以上をもちまして2007年回顧、2008年展望といたします。新年も引き続くご閲覧、ご支援をよろしくお願いします。

旭川平和委員会青年部:ブログ担当 山田久志

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2007年12月29日 (土)

女性自衛官の人権裁判-加害自衛官、不当にも不起訴!

以前にも何回かご紹介している「女性自衛官の人権裁判」。現在なお札幌地裁に民事訴訟が係争中です。一方、航空自衛隊千歳地方警務隊が捜査していた刑事の扱いが12月27日札幌地検で決まり、不当にも不起訴となりました。以下、記事と弁護団声明、支援する会声明をご紹介します。

0005 1)新聞記事
■ 朝日新聞(2007年12月28日 金曜日 朝刊 道内14版 25ページ)
「わいせつ行為」同僚男性不起訴
  女性自衛官訴訟
航空自衛隊北部航空方面隊の道内基地に所属する女性自衛官(21)が同僚の男性自衛官からわいせつ行為を受けたとして国家賠償を求めている訴訟をめぐり、札幌地検は27日、空自千歳地方警務隊が強制わいせつ容疑で書類送検した男性自衛官を不起訴処分とした。女性自衛官の代理人を務める弁護士は、検察審査会に不起訴不当の申し立ても検討するという。
 この問題では、女性自衛官が深夜の基地で泥酔していた男性自衛官に無理やり体を触られるなどしたとして、国に慰謝料など約1115万円の賠償を求めて今年5月に提訴。国側は事実を否認し、争っている。

2)弁護団声明
■ 加害者不起訴処分に対する声明
          女性自衛官人権侵害・国家賠償請求訴訟弁護団
             弁護士  佐  藤  博  文
札幌地方検察庁は,昨年9月9日午前4時30分ころ北部航空警戒管制団の北海道内基地において発生した女性自衛隊員(原告)に対する強制猥褻被疑事件について,12月27日,不起訴処分を決定した(朝日新聞12月28日付朝刊)。

不起訴の理由は,証拠不十分とされる。

しかし,事件発生直後,原告が部隊上司に被害を訴え病院への診察を求めたのに,上司を含む複数の男性隊員の同行を条件にしてこれを事実上拒み,それどころか逆に,深夜に無断で犯行現場(ボイラ-室)に行ったとし,あるいは飲酒をした疑いがあるとして,原告を懲戒処分の対象として取り調べ,外出制限などの不利益を科し,犯罪被害者としての保護も捜査も行なわなかった。警務隊が捜査を開始したのは,事件から半年も経った本年2月26日のことであり,検察官送致に至っては,原告が5月8日に民事訴訟を提起してからのことであった(5月末)。

以上の経緯を見るならば,検察官の証拠不十分を理由とする不起訴決定は,事件後すみやかに原告の保護と厳正な捜査を行なわなかった基地の行為を追認するものと言わざるをえない。公益の代表者(検察庁法4条)である検察官は,このような部隊による組織的な犯罪隠蔽行為に対してこそ,徹底的に追及し,公開の法廷で真実を明らかにすべき責任がある。そうでなければ,圧倒的な組織力の前には,個人の基本的人権を保障することは不可能に等しいということになりかねない。

原告と弁護団は,今回の不起訴処分に到底納得できないので,「民意を反映させてその適正を図る」ために(検察審査会法1条),札幌検察審査会に審査申立を行う予定である。また,すでに4回の弁論を経た民事訴訟については,被疑者の犯罪行為と部隊ぐるみの隠蔽行為を明らかにすべく,引き続き全力を尽くすものである。

今後とも,原告への激励とご支援を心からお願いするものである。

以上

3)支援する会声明
  ■声明文
 私たち「女性自衛官の人権裁判を支援する会」は、勇気を持ってはじめて自衛隊に在職のまま性暴力被害とその後の自衛隊のいやがらせ、退職強要を訴えて国を提訴した原告を支援し、女性の人権回復を求める会です。

 今回、原告が勇気を持って告訴したこの強制猥褻事件が、「不起訴」処分になったことを知り、被害者の人権に視点を当てた正しい「処分」をされていないと大変残念に思い、いくつかの問題点をあげさせていただきます。

 私たちは、実際に被害者である原告と出会う中で、彼女の受けた被害のひどさの事実、被害を訴え出ても被害者としては扱われず、自衛隊という組織が形だけの精強さを唱え現実にある人権侵害を認めず、あるはずがない性被害を訴えるトラブルメーカーとして、職場でもあり、生活の場でもある基地内の同僚や上司から、無視・疎外・排斥を受ける辛さと日々闘っている現実を見てきました。

 この事件の特殊性は自衛隊という組織のあり方、特殊性を抜きには考えられません。「精強さを保つ」と言いながら、その内容は、女性自衛官の地位が建前として男女平等であっても、体力的には男性自衛官に「劣る」 とされることであり、たとえば仕事内外を問わず飲食時に「侍らされる」ような「女性としての役割」を担わされ、「性的対象物」とみなされることが少なからず存在します。女性自衛官はその初任研修の最後に、圧倒的に女性が少数である基地の中では、女らしく気配りをすることの重要性を説かれると言います。

 もうひとつは、上官の命令には絶対服従という秩序や規律の維持が、自衛隊の中では絶対的に優先されていることです。性暴力という人間として大変苦痛な犯罪行為に対しても、大声を上げて逆らったり、強力に抵抗するなどということは許されるべくもありません。

 このような組織のままでは、人権侵害への適切な対処を行う仕組みが整わず、あっても形だけであり、セクシュアル・ハラスメントやパワー・ハラスメントが起きても防止できないし、組織のあり方自体が温床そのものとなるのは明白です。

 しかも、被害にあった女性がそれを訴えた場合には、被害の側が責任を問われ、秩序を破ったとして、彼女が自衛隊組織に存在し続ける正当性をも剥奪することができてしまうということなのです。

 今回の事件は、そのような中で起こるべくして起きた事件であり、この事件はこれまで声を上げることができず、隠され、退職に追い込まれた、多数の被害女性たちのセクシュアル・ハラスメント、性暴力事件に連なる初めての告訴でした。

 そもそも、この事件が強制猥褻であって、強姦未遂ではない、という当初の警務隊の判断も誤っています。性暴力被害当事者の声や気持ちに注意を払うことなく、加害者側の言い分を一方的に取り上げた大変偏った判断であったといわざるを得ません。

 現実の法秩序が、人格の重要な核をなす性の尊厳が蹂躙されることの重大さの認識に目を向けず不十分な判断がされているか、また身体の負傷の軽重、抵抗の状況のみに証拠を求めることがどれほどの女性の人権の侵害になるのか、というような問題点にもしっかり目を向けた「裁断」をいただきたかったと考えていましたが、この結果はきわめて残念です。

 原告と弁護団は検察審査会に不服申し立てを検討しているとのことで、支援する会としても原告の意志を尊重していきたいと考えていることを申し添えます。
                  2007年12月28日
                  女性自衛官の人権裁判を支援する会
                 http://jinken07.10.dtiblog.com/  
                        共同代表:影山あさ子  
                              清水和恵   
                              竹村泰子

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以上ですが、山田としても自衛隊警務隊のあり方に大いなる疑問を感じています。本人の訴えにもかかわらず、半年もの長期にわたり捜査を開始しなかった警務隊のあり方、そして民事訴訟の直後、あわてて送検した態度、これらは自衛隊の組織的隠蔽主義の表れとも受け取れます。警務隊は自衛隊内部犯罪の捜査を公平公正に行えるのでしょうか。自衛隊の命令系統の意思に逆らってでも、憲法と法に基づく正義を執行できるのでしょうか。甚だ疑問です。事務次官や幹部自衛官が逮捕・起訴される昨今、上意が必ずしも社会正義であるとはいえません。任務に携わる現場自衛官の遵法意識が問われます。

なお、民事裁判の第5回口頭弁論は以下の日程等で行われます。支援の傍聴と報告会への参加、原告への激励を心から呼びかけます。

●第5回口頭弁論

 日時 2008年2月7日(木)15:30~

 場所 札幌地方裁判所

●報告会

 日時 2008年2月7日(木)18:30~

 場所 かでる2・7 820号室

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2007年12月25日 (火)

防衛協力団体、とは?

12月例会の議論の中で「任期制自衛隊員」の任期満了後のことが話題となり、任期満了し退職する自衛官の受け皿となる企業が組織されていることがメンバーのなかでも意外と知られていませんでした。一般には広報されているものの、知ろうとしなければなかなか詳しく知る機会のないいわゆる「防衛協力団体」について、この機会に紹介しておくべきと考え、陸上自衛隊第2師団HPから該当部分をご紹介させていただきます。

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【自衛隊協力会】(財界の軍民協力推進母体)

→ご存知旭川財界の重鎮・髙丸旭川商工会議所会頭。髙丸会頭在任時で記憶に残るのは第2師団からのイラク派兵の頃、旭川財界が総力をあげて政・官・財一体となり取り組んだ「黄色いハンカチ」運動。2004年1月の「市民と自衛隊を結ぶ新年交礼会」でも「この運動を旭川から全国に広めてほしい」とあいさつし、河野芳久第2師団長(当時)は「みなさんの支援でわれわれも力が出てくる」と答礼しています。言葉の通り順次派兵される部隊の地元では「黄色いハンカチ」の「押し付け」が行われました。「黄色いハンカチ」は「派遣自衛官の無事を祈る」という誰でも賛同できる「錦の御旗」を掲げながら、「危険な戦地に自衛隊を送るべきでない。憲法違反でないか」という派兵そのものへの慎重論を押しつぶしていきました。まさに自衛隊(というか国)に協力する最前線を歩んでおられます。

→新しい北鎮記念館の中で売店業務をすすめるNPO法人北鎮友の会。この本部は登記上、旭川商工会議所がある道北経済センタービルにあります。旭川財界による自衛隊広報戦略協力組織ともいえるのでは?

自衛隊協力会道北地区連合会は、第2師団管内の各市町村、自衛隊協力会の連携協調を図り、自衛隊の諸活動に協力し、我が国の防衛に貢献することを目的とする。

沿 革

○ 昭和35年3月~37年7月、自衛隊員の激励並びに後援等に努めるとともに、自衛隊の実態を認識し、自衛隊の健全な発展に寄与する目的をもって、名寄(35年3月)、旭川(35年3月)、富良野(36年3月)、遠軽(36年3月)、留萌(36年4月)、稚内(37年7月)に各地方自衛隊協力会を設立した。

○ 昭和40年、管内全市町村が結成、会員数は約2万名に達し、これを契機に第2師団管内の各市町村の自衛隊協力会相互の連携協調を図り、活動をより効果的にするため、6月、自衛隊協力会道北地区連合会が誕生、事務局を旭川市役所に置いた。昭和48年11月、事務局を旭川商工会議所内に移し、以後、会長は旭川商工会議所会頭とした。
現在会員数は3654名(平成12年4月現在)を擁している。




■旭川市自衛隊協力会
会長 髙丸 修

旭川市自衛隊協力会は、自衛隊に対する理解と相互協力を通じて、市民の間に郷土を愛し、発展させ、これを防衛し、防災しようとする気運を高め、併せて自衛隊の健全な発展を図ることを目的とする。

事 業

1 自衛隊の各種活動に協力すること。
2 災害派遣、部外工事の機会を通じ市民に防衛、防災思想の普及徹底を図る。
3 隊員の福祉、厚生に協力すること
4 懇談会、見学会等を実施し、防衛に関する認識を高揚すること。
5 会員相互の親睦を図ること。
6 その他、本会の目的達成に必要な事項



■ 旭川自衛隊協力会婦人部
部長 渡部京子


■名寄自衛隊協力会婦人会
会長 吉田美枝子


■遠軽町自衛隊婦人協力会
会長 斉藤恵美子


■富良野地方自衛隊協力会上富良野支部
部長 村上和子

【隊友会】(自衛隊OB組織)

■ 社団法人隊友会旭川地方隊友会
会長 椛村 天臣

社団法人隊友会旭川地方隊友会は、国民と自衛隊とのかけ橋として、相互の理解を深めることに貢献し、もって我が国の平和と発展に寄与すると共に自衛隊退職者の親睦と相互扶助を図り、その福祉を増進することを目的とする。

沿 革

○ 昭和33年1月、第2管区隊総監部を退職した、新妻義次氏を発起人代表として「鳩友会」が結成された。当時防衛庁が各地に自衛隊退職者の全国組織の推進と育成支援を提唱、「自衛隊退職者の全国統一団体結成発起人会議」が開かれ、昭和34年7月10日、東京虎の門共済会館において、「中央結成大会」が実施された。旭川においては、これにさきがけ昭和34年2月13日「退職者団体発会準備委員会」が発足、「隊友会旭川支部」の結成式を実施した。 

○ 昭和35年12月27日、隊友会が社団法人としての設立が認可され、昭和39年11月1日、旭川支部を核として、旭川支部連合会が設立、それまでの名寄・留萌・遠軽及び稚内の4部会がそれぞれ支部に格上げとなり、平成8年7月現在、隊友会旭川地方隊友会に改名された。平成12年4月現在、9支部約2,000名を擁している。

【自衛隊父兄会】(隊員家族の組織)

■ 社団法人全国自衛隊父兄会旭川支部連合会
会長 生駒 耕作

→生駒氏は旭町に本社を構える中央警備保障(株)の代表取締役を務められています。2004年には募集相談員活動で防衛庁長官感謝状、2006年には会社に対して防衛庁長官感謝状が授与されています。

社団法人全国自衛隊父兄会旭川支部連合会は、自衛隊旭川地方連絡部長管内の地区支部協議会(以下「地区協」という)の連携を強化し、定款第3条に示す目的のほか、旭川管内における本活動の核心とし、地区協の育成指導にあたるものとする。

沿 革

○ 第2管区隊(現第2師団)内において、自衛隊父兄会の結成が最も古い支部は、昭和30年6月に結成され、以来逐次増加して21個市町村に及び、それぞれ独自の活動を実施していたが、昭和36年、これを組織化し、「自衛隊父兄会旭川連合会」として発足した。

○ 昭和38年1月30日、「自衛隊父兄会北海道連合会」が発足、これに加入すべく直ちに準備を整え同年3月10日、「自衛隊父兄会道北連合会」を設立した。事務局を旭川地方連絡部内に設置し、23個支部・会員数1562名の組織となった。

○ 昭和41年、「全国自衛隊父兄会連合会」の発足と同時にこれに加入、昭和51年10月18日、全国自衛隊父兄会連合会の社団法人化に伴い、会則の改廃を実施し、呼称が「自衛隊父兄会旭川支部連合会」となり、平成12年4月現在、60個市町村に支部を持ち、会員数約2,900名となった。 

事 業
1 防衛思想の研究及び普及
2 自衛隊員の募集に対する協力及び自衛隊の諸行事に対する協力
3 自衛隊の慰問及び激励
4 殉職隊員遺族の援助
5 会員の親睦及び福祉の増進
6 機関誌等の発行
7 その他、この会の目的達成に相応しい事業

【自衛官志願推進協議会】(募集相談員:民間有志の組織)

■ 自衛官志願推進協議会道北連合会
会長 山田 允孝

→「旭川地方連絡部」は組織改変で「旭川地方協力本部」となっています。第2師団HPは旧組織名のままでしたので、そのまま掲載しました。

→山田氏は「自動車技術会北海道支部」HPによれば「旭川地方整備振興会・専務理事」の肩書きをもつ民間人。自動車技術会北海道支部幹事もされている。

自衛官志願推進協議会道北地区連合会は、主として志願者情報の提供及び地域住民等に対する啓発活動等による自衛隊旭川地方連絡部の募集広報活動に自主的協力するとともに、会員相互の研修及び親睦を図ることを目的とする。

沿 革

○ 募集事務の委任は、当初法律(保安庁法第150号)に定める「地方公共団体の組織を通じて行う募集」により、通常は市町村役場の特定吏員に委任されていたが、募集の効率化・円滑化を図るため協力者を募りその人方を「募集相談員」と定め全国的に普及された。旭川地方連絡部管内では、昭和45年7月25日、留萌自衛隊協力会が市内の有志12名に対し、「募集相談員」として委嘱したのが始まりで、昭和47年1月には、旭川地方連絡部管内で募集相談員の数は373名となった。

○ 昭和47年9月13日、募集相談員と旭川地方連絡部の担当者とが密接に連携して勧誘に当たるため、組織の一元化を図る必要性から「自衛官志願推進協議会」が発足、同時に「自衛官志願推進協議会道北地区連合会」を設立し、道北62市町村を10地区に区分し、「地区協議会」とした。平成12年4月現在、会員数は約370名を擁している。

事 業
1 自衛隊旭川地方連絡部の募集広報業務に関する業務
2 自衛隊に関する地域住民等への啓発活動
3 自衛隊旭川地方連絡部の実施する諸行事に関する協力
4 研修会等の実施に関すること
5 その他、第2条の目的を達成するに相応しい事業

【自衛隊退職者雇用協議会】

■ 北海道自衛隊退職者雇用協議会旭川支部
会長 湯佐 英司

→湯佐氏は旭川市内で運送業を営む北興グループ代表(北興運輸㈱会長、㈱谷内代表取締役)。ライオンズクラブ役員なども務める財界人。

自衛隊退職者雇用協議会旭川支部は、隊員相互・旭川市自衛隊協力会並びに旭川公共職業安定所、社団法人隊友会旭川支部及び社団法人全国自衛隊父兄会旭川支部連合会との緊密な連携の下に自衛隊退職者の雇用及び旭川市内定住の促進を図り、有能な労働力を確保して、旭川市経済及び各産業の発展に寄与することを目的とする。

沿 革

○ 昭和30年代の後半、我が国は高度経済成長期のまっただ中にあり、経済界は、労働力不足に悩まされ、地元旭川地区の産業経済発展のために、人材の確保が急務となった。その時期、旭川経済界の中に自衛隊で訓練を受け、かつ各種の技術を身につけた自衛隊退職者を企業に採用したいとの声があがり、当時の旭川商工会議所会頭、中保恭一氏を代表とする発起人会の尽力により、「企業体・公共機関・自衛隊及び協力諸団体相互の緊密な連携のもとに、自衛隊退職者雇用及び旭川地区での定住の促進を図り、有能な労働力を確保して、旭川経済圏各産業の発展に寄与する」ことを目的として昭和38年5月参加55社で、北海道自衛隊除隊者雇用協議会旭川支部として旭川商工会議所内に発足、次いで昭和40年6月、旭川商工会議所から独立し、初めて組織的な活動を開始した。(参加企業74社)じ後、昭和60年度以降の退職者急増期に対応すべく、昭和58年5月、名称を現在の北海道自衛隊退職者雇用協議会旭川支部として新たに発足し、現在加盟企業数404社を擁している。

事 業
1 自衛隊退職者の雇用推進
2 自衛隊退職者の旭川市内定住促進に関する協力
3 隊員の職業訓練に関する協力
4 隊員に対する地元産業の紹介及び職場見学
5 会員の部隊見学等
6 その他第2条の目的を達成するに相応しい事業



■ 遠軽自衛隊退職者雇用協議会


沿 革
昭和54年2月 遠軽自衛隊退職者雇用協議会が発足
加入企業
78社



■ 名寄自衛隊退職者雇用協議会


沿 革
昭和56年 自衛隊退職者雇用協議会(仮称)の発足を準備
昭和56年 士別・名寄・美深地区38事業所で設立総会を開催し、正式に名寄自衛隊退職者雇用協議会が発足
加入企業
110社



■ 北海道自衛隊退職者雇用協議会留萌支部


沿 革
昭和59年以前 留萌市自衛隊協力会の一部会として存在
昭和59年10月 参加企業45社をもって留萌市自衛隊協力会から独立し発足
加入企業 
120社



■ 富良野地方自衛隊退職者雇用協議会

沿 革
昭和53年4月 上富良野町、昭和55年1月美瑛町、同年7月富良野市、昭和56年2月中富良野町で雇用協議会が発足
加入企業
177社

【北友会】

■ 北友会
会長 田下 昌明

→田下氏は小児科医、豊岡中央病院長であり、右寄りの改憲運動をすすめる靖国派団体「日本会議上川会長」や近現代史の改ざん(第二次世界大戦の戦争目的=侵略の隠蔽)をはかろうとする「新しい歴史教科書をつくる会道北支部長」の肩書きをもつと日本会議上川HPに記載があります(平成15年当時)。

北友会は、国家的視野に先立ち、祖国防衛の重要性を認識し、自衛隊との親睦協力を深めるとともに、会員相互の親睦、研鑽に努め、もって社会の健全な発展に寄与することを目的とする。

沿 革

○ 昭和50年「国家的視野に立ち、祖国防衛の重要性を認識し、自衛隊との親睦協力を深めるとともに、会員相互の親睦・研鑽に努め、もって社会の健全な発展に寄与する」ことを目的に発足した。

事 業
1 講演会、映画会及び演奏会の実施
2 啓発資料の作成配布
3 自衛隊の見学及び体験入隊の実施
4 第2師団の行う行事に対する協力
5 その他、本会の目的達成のために必要な事業

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以上、赤字部分は山田による加筆部分です。

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2007年12月18日 (火)

安保破棄大阪が北鎮記念館に公開質問状を送付

今年(2007年)8月、安保破棄諸要求貫徹大阪実行委員会(大阪安保)のメンバーが旭川を訪問され北鎮記念館を見学されたそうです。そこで展示物のあまりの「侵略戦争・・・美化」(大阪安保の公開質問状より)に驚き、以下の公開質問状を送付したそうです。

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質 問 状
     北鎮記念館副館長・●●●●准陸尉殿

第2師団司令部のある旭川で、北鎮記念館を見る機会がありました。

 私がまず驚いたことは、戦前の第7師団とその戦歴に関する展示が文書、写真、のぼりなどさまざまな遺留品によって大規模に紹介され、展示物の大半を占めていることです。

 明治初期から軍都とされた旭川の第7師団が日清、日露戦争をはじめ満州、中国侵略から太平洋戦争に至る長い戦争の時代に、第一線の派遣部隊とされて各地で多くの「戦果」と犠牲を生んだことが詳しく展示・説明されています。

 しかし、それは戦前の師団の話です。同じ場所に自衛隊の師団がおかれているからといって、天皇制下の帝国陸軍とは本来なんの連続性ももたない陸自の第2師団の資料館展示が、なぜこういう内容になるのでしょうか。

 新記念館は「旧兵器庫をイメージしデザイン・設計され」「歴史教育の場としての役割を果たしている」、「先人たちの遺した『北鎮』という旭川師団精神を継承し・・」、明治37年12月の「二〇三高地攻撃の師団命令」などを展示、桂太郎陸軍大将による石碑の説明文には「建立以来、百五年余の時を越えて北を睨み、その意思を陸上自衛隊第二師団が受け継いでいます」とまで明記しています。

 いうまでもなく、1945年の「ポツダム宣言」受諾と無条件降伏によって、戦前の帝国軍隊は武装解除され、侵略軍として断罪されました。その国際的な審判を受け入れたうえで、戦後の日本は憲法で「再び戦争はしない」ことを明らかにして国際社会への復帰が認められ、再出発しました。

 憲法9条のもとで、その存在自体が憲法違反としかいいようのない自衛隊が、1954年以来増強され、その経費の一部で戦前そこに置かれた帝国陸軍の威容と戦果を称揚する、そして「北の守り」という「伝統を継承する」、歴史にたいする無反省な立場にたってそのことを内外に誇示する、まるで戦前の軍国主義体制への回帰という危険なもくろみを隠そうともしない・・こんなことが許されていいのでしょうか。

 貴職の説明によれば、同新館の建築費用に4億円以上、ビデオ・パネル展示施設などの経費として1億数千万円がかかったといいます。これは国民の税金の不法・不当な使用といえるのではないでしょうか。現在の国民の負担で、国際社会と日本国憲法がきっぱり否定した戦前の軍隊と侵略戦争を美化する展示をおこなう・・このことが自衛隊法上、あるいは国の財政支出に関する法律、規定、基準からいって許されるのかどうか。その法的根拠を明確に示して、私の疑問に文書ですみやかに回答してください。

 2007年8月28日

     竹 馬  稔(安保破棄大阪実行委員会事務局長)

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戦後、自衛隊を創設する際に「旧軍との連続性の排除」ということが不文律的に約束され、一定時期までは厳格に守られていたそうです。山田自身、今回この公開質問状を読むまではそのことを知らず、旧第七師団のことを展示すること自体の問題性を認識していませんでした。しかし、確かに「戦前の軍隊と侵略戦争を美化する展示」という側面があり、その具体的な指摘のポイントは(大阪安保と当方とで)多少違っても、大筋では賛同できる主張で論立てしている公開質問状だと思います。

よって、これへの回答がどうなっているか関心あるところですが、大阪安保にお聞きしたところ「北鎮館副館長に再三電話をしましたが『師団司令部を通じて北部方面総監部にあげているのでそちらを詰めるように』といって回答回避に終止。総監部にも幾度か電話をしましたが、明確な返答のないまま気にはなりながら今日にいたっています」とのことでした。

北部方面総監部は「すみやか」な回答をすべきであるとこの場にて改めて訴えます。今後、北部方面総監部からの回答があり次第教えていただけることになっていますので、回答内容に注目したいと思います。

久々に訪ねてくださった方もクリック、クリック

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2007年12月17日 (月)

2007年12月例会「望年会」

当会12月例会を開催しました。年末ということもあり、この一年の活動を振り返り、2008年を展望する意味も込めて「望年会」(旧年を忘れず新年に活かし、新たな希望を望もう、という意味。自己解釈ですが)を開きました。望年会には今年最高の82%の青年部の仲間が参加してくれました。子育て世代が多いなか、子ども連れも2組。メンバーの周りを子どもが駆け回る賑やかな例会となりました。

12月例会では11月24日に東京で開かれた「九条の会第2回全国交流集会」に、旭川から参加してきた部員Hさんから参加報告をしてもらいました。九条の会は11月24日現在全国で6801の会があるそうで北海道は465で全国3番目。この日の交流集会には北海道から43名、旭川周辺からはHさんと当麻九条の会の女性が参加したそうです。この二人は9月に開かれた「ピース・ピース・コンサート」(旭川西地域九条の会が呼びかけ、実行委員会主催)での収益から派遣費を捻出。学んできたことを旭川に還元しようということで参加してくださいました。

集会では全体会のほか、分散会と青年分科会が開かれ活発に活動が交流されたとのこと。Hさんも参加した分散会で「ピース・ピース・コンサート」の取り組みなど発言したそうですが、1団体あたり5分の発言を厳格に守らねばならないほど、みな積極的で活発だったそうです。集会の最後には「『九条の会』からの訴え」が提起され満場の拍手で採択されました。Hさんは「会を立ち上げていく、という段階から、立ち上げたけども孤立孤しがちな各地の『会』の相互ネットワークを広げる段階に入っている」と報告。メディアが取り上げないなかで「相互ネットワーク」が単位「九条の会」の活性化につながるのでは、と提起しました。

Hさんの報告の後、食事もとりながらこの間の活動の報告や、初めて会う部員同士の自己紹介なども行われました。ここでせっかくなので1年間を簡単に振り返ってみたいと思います。今年2007年は2月から活動がスタートしました。

2月例会:千歳への「米軍機飛行訓練移転」を考える

3月例会:イラク戦争4周年・イラク戦争は何なのか?

6月例会:銃社会を考える・「ボウリング・フォー・コロンバイン」を題材に

7月例会:「女性自衛官の人権裁判」から考える軍隊と人権

8月例会:靖国DVD「誇り」の視聴と意見交換

9月例会:〔公開例会〕靖国DVDを子ども達に見せていいのか考える

10月例会:沖縄問題・「辺野古」など現地訪問報告

12月例会:望年会・九条の会全国交流集会の報告

以上の例会を軸に、その合間に各種講演会や学習会、自衛隊創立記念行事や北鎮記念館の見学、護国神社・上川神社等の例大祭の実態調査、旭川以外から来られる北鎮記念館見学希望者の同行・解説等などに取り組んできました。

2008年は毎月例会を開くことを軸に、さらに部員の声や社会情勢を反映させ多彩に取り組んで行きたいと思います。ブログ更新は年内も行う予定です。

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2007年12月 6日 (木)

また第2師団隊員が逮捕される

ご無沙汰しています。旭川平和委員会の山田でございます。この間、ブログへの記事掲載が2ヶ月ほど滞っておりました。この間も9月・10月例会の開催、当会も共催団体となり「名寄集産党事件80周年記念集会」の成功等、地道に活動を続けておりました。その成果は近く当ブログにてご報告できるものと考えています。

以下は北海道新聞2007年11月28日付記事です。

20071128jgsdf2d 9月に連続して起きた2件の逮捕事例は暴力・脅迫事件でしたが、今回は児童買春でした。それも発覚のきっかけが「金を渡さなかったため」という。児童買春そのものの問題と同時に、「金を渡さなければ買春にならない」とでも思ったのか短絡的思考はあきれるばかりです。

前回も指摘しましたが、自衛隊では女性がらみの事件が多すぎる。まるで日頃のストレスを発散するがごとく。公の説明では自衛隊は「軍」ではないという。いま国を相手にたたかっている航空自衛隊の女性自衛官は「軍でなかったから自分は闇に消されずたたかうことができた」との趣旨のコメントをされています。それはそうかもしれない、と思いました。アメリカ軍でも多くの女性兵に対するレイプ・セクハラ事件が起きているそうですが、表面化するのはごく一部とのこと。

本当に祖国防衛を第一義とするならば、民主国家をまもる組織として他者の人権を守る為の組織に脱皮する必要があります。いま軍事利権問題が国会でも追及されていますが、自衛隊が今後も存続しようと思うならば徹底して改革すべきことは金権腐敗だけではないことを現場の隊員こそが考えてほしいと思います。

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