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2007年9月 5日 (水)

キャンプシュワブ・辺野古・キャンプハンセン・都市型戦闘訓練施設

8月半ば頃、所用があり沖縄を訪ねてきました。用事を終え、帰る日の午前中だけでしたが沖縄の「いま」に触れる時間をとれましたので、簡単にレポートしたいと思います。写真中心で見たこと、感じたことをありのまま、でご紹介します。

この日は朝5:20に起床。名護の反対側からキャンプ・シュワブを経て辺野古に。余談ですが沖縄というのは細長い島であることがよくわかりました。出発の際に地図を確認し、島の反対側に向かう、と聞いて、北海道感覚の私は「何時間走るのだろう?そんな時間あるのかな?」と思いました。しかしちょこっと山を登れば、もう降りている。「もうすぐキャンプ・シュワブだよ」と案内&運転のA氏。すぐに「米軍施設」の看板が目に入ります。

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辺野古弾薬庫:あの半島全部が弾薬庫だよー、とA氏。米軍の保有するすべての種類の弾薬を管理できる部隊が駐屯しているそうです。核兵器も可、ということ。遠くから眺めている限りでは緑豊かな半島(実際は辺野古崎、というようです)にしか見えません。

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キャンプ・シュワブ:歩哨の米海兵隊員が「やめろ」という仕草。A氏によれば、写真真ん中あたりの赤字に白文字の看板が危険度緊張度を表示する看板なのだそうです。コンディション・ノーマルから始まって、緊張度が増すごとにアルファ・ブラボー・チャーリー・デルタの5段階とのこと。9・11事件の頃はコンディション・デルタが発令されたとのこと。アメリカ本土から程遠い沖縄で、アメリカの事情で最高度の緊張状態が発令されるということは、地元で暮らしている人々にとっても緊張を強いられるのではないでしょうか?米軍が隣にあるということの意味を、いまは米軍がいない地域の日本人も考えるべきです。ちなみにこの日はコンディション・アルファだったようで、普通の状態ではなかったようです。何があったか?

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辺野古:午前7時前。美しい海。穏やかな波。突然目の前に開けた海岸の美しさに、暫し目と心を奪われました。

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辺野古:向こう側のちょっと突き出た部分(辺野古崎)に新基地を建設しようとしています。次の写真(↓)をご覧ください。だいぶ海を潰さねば作れません。この美しい海を。

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辺野古:こんなふうに。赤線は滑走路予定地。上のピョコっとTの字に飛び出しているのは軍港ができるとのこと。「移転じゃなく、新築で増強なんだよ」と説明してくれた女性。政府の説明がいかに欺瞞に満ちているかがわかります。

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辺野古:海岸が有刺鉄線で遮断され、向こう側は米軍用地。上陸演習などしょっちゅう行われ、漁業被害は日常茶飯事だそうです。

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辺野古:しかし、そこにも基地反対の声を押しとどめることはできません。有刺鉄線に結ばれたたくさんのリボンに、人々の思いを感じました。普段は有刺鉄線に近づくと、海兵隊員が出てきて威嚇されるそうです。

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辺野古:ちょうどヘリ基地反対協議会のボート隊の出動に遭遇できました。いまボート隊は高齢の方々が毎日がんばっている、と。本当なら支えるべき幅広い人々が駆けつけられなくなっているとA氏。高江問題も起きている、というなかで多くの人々が知らねばならないですね。

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キャンプ・シュワブ:キャンプ・ハンセンに向かう途中、「これ戦車が通る道」と停めてくれました。「LZ」はLanding Zoneで着陸地点の意味だそうです。

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キャンプ・シュワブ:アスファルト道路の途中で、この部分だけコンクリート。本州ではあまり見ませんね。アスファルトのほうは国道です。

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キャンプ・シュワブ:戦車道を下るとすぐ浜辺です。この浜辺も米軍用地。装甲車などが轟音をたて、この美しい浜を切り裂くのです。

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戦車橋:キャンプ・ハンセンから海岸(たしかブルービーチだったような)の上陸訓練場に抜ける直線上に国道を越える形で戦車橋がありました。短距離です。ほんのちょっと走れば、向こうはキャンプ・ハンセン。

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キャンプ・ハンセン:メインゲート。緊張感が漂う。ちなみに「ハンセン」とか「シュワブ」とかの名称は、沖縄戦で亡くなった海兵隊員の名にちなんでいるそうです。

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キャンプ・ハンセン:沖縄はやはり米軍車両が目立ちます。国道を走っていると、何台も何台もすれ違います。自衛隊の黒に近い緑というか黒というか、あの一色よりも迷彩のほうが「軍用車」であることを思い出させます。

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キャンプ・ハンセン:そしてやはり米兵が住んでいる場所なのだと思わされたのは、公用の非軍事関係の車両も多く走っていることです。こちら(↑)のボンネットバスなどは、日本ではかなりレアな車両に類するのではないでしょうか?このバスとは違いますが、基地間移動のための定期運行バスが走っている、というのははじめて知りました。

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キャンプ・ハンセン:ゲート出口には車止めが設置してありました。逆走して突入しようとすればタイヤに突き刺さり、侵入を防止する、というわけです。

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ところで余談ですが、米兵所有の非公用車両は日本ナンバーみたいですが、ナンバーの「と」とか「ふ」とか書いてある部分が「Y」とか「E」なんだそうです。これは在日米軍には共通したことだそうで、横須賀や他の在日米軍基地のあるところでは常識みたいです。A氏には「そんな珍しいの?」と珍しがられましたが、自衛隊ナンバーは見慣れていても、こういうのは見慣れませんので。

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キャンプ・ハンセン:ゲート正面の歓楽街。夜になるとアメリカ人で賑わうそうです。

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都市型戦闘訓練施設:金武町内にあるこの施設は、いわゆる市街戦での接近戦訓練のため作られた施設で、無人の街並が広がっているそうです。金武町は町として反対しているとのことで、監視やぐらが組まれています。ここはやぐらに登る入口。

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都市型戦闘訓練施設:やぐら最上部から見えるのはこの部分だけ。この向こうに無人の街並が広がってるらしい、という話です。ここで模擬戦闘を行えば、逸れた弾丸が民有地まで飛来する事だって充分あります。通常の射撃場と異なり、射撃の向こう側に弾丸止めなどありません。住民は、いつ飛来するかわからぬ弾丸への恐怖に怯えねばなりません。

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この図は少々古いのですが北海道平和委員会発行『平和の炎-89沖縄-北海道平和委員会、沖縄基地調査・交流の記録』から抜粋したものです。ちなみに『平和の炎』とは読谷村の記念誌の名称だとのこと。それにちなんで命名させてもらったそうです。でもって、この図は時期は不明(少なくとも89年より以前)で、古いものですが金武町伊芸地区で発見された被弾痕や弾丸の一覧図です。レンジ6という射撃場での移動射撃訓練でこれだけの飛び出しがあるわけで、都市型戦闘訓練施設ではどうなるか・・・。今後明らかになっていくことでしょうが、その過程で人々への被害がないことを祈るばかりです。

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都市型戦闘訓練施設:そういう説明を聞いている最中にも米軍機が低空で飛行していきます。住民が接する恐怖は一つだけではなく、山から、上空から、国道から・・・いたるところに存在します。

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都市型戦闘訓練施設:これもA氏に「珍しいの?」と尋ねられましたが、送電線の鉄塔と鉄塔の真ん中につけられているポチッとした丸いもの。これは低空で飛ぶヘリが接触事故を起こさないようにつけられている目印だとか。そういう低空をヘリが飛ぶことの証明でもあります。

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また余談ですが、金武町の国道沿いの店で沖縄そばを朝食代わりに食べました。美味しかった。A氏が食べていた名前は忘れましたがモツ煮込みみたいな汁、メッチャ美味かったです。沖縄の味、サイコー。

本当はこの後、普天間飛行場へ向かう予定でしたが、突然と言うか私も驚きましたが那覇空港で中華航空機の燃料漏洩による爆発・炎上事件がありまして・・・事件の2時間後くらいの便で東京へ向かう予定でしたから「まずは空港へ」と進路を変え、行けずじまいでした。

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那覇上空:少し距離があるところからも事故機の黒煙は空を覆うように見えました。この時点では事故の状況が細かいところまでわからず、不安でいっぱいでした。

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那覇空港:事故機は鎮火していました。不幸中の幸い、と申しましょうか、死者もでず最小限の被害に留められたことは何よりでした。しかし、これが滑走路上であったら、空のダイヤは大幅に乱れます。ましてや共同使用の自衛隊や、さらに緊急着陸などで米軍機などが炎上したならば、ことは早々には収まらないでしょう。そういう可能性とも隣り合わせなのだ、と理解しました。

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駆け足で見てまわったために、不充分さや理解の浅さもたくさんあることと思います。今回、ブログの記事を準備する過程でもA氏には幾つかの貴重な指摘を頂戴しました。改めて感謝します。そして、沖縄の基地問題は広範囲で問題が深く、単純でないこともよくわかりました。今回の沖縄訪問で感じたことは、再び沖縄を訪ね、在沖米軍の現状をさらにリアルに見てこなければならない、ということです。そして沖縄から北海道まで、日本国民が一丸となって基地撤去の深い意思をかちとらねばならないのだ、ということです。

さて宣伝というわけではありませんが、「2007年日本平和大会」が11月に沖縄でひらかれます。日程は11月23-25日の2泊3日。先立って22pm-23日amまで国際シンポジウムが開かれます。大会第一次案では那覇市民会館での全体会以外にも、那覇市内での動く分科会や、最終日は名護市内で名護行動が予定されています。実行委員会は「この沖縄の地でしっかりと戦争の実相と歴史の真実を学びましょう」と呼びかけます。ぜひあなたも、2007年日本平和大会in沖縄へ!

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