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2007年9月に作成された記事

2007年9月28日 (金)

ブログ開設4ヶ月。防衛省関係者から91アクセスうける

当ブログも開設4ヶ月を経て約4000アクセス(閲覧総数)いただきました。この間、閲覧いただいた皆様、コメントくださった皆様、メールでご意見や実態報告等いただいた皆様、ありがとうございます。頂戴した情報のうち、ブログ未掲載のものもありますが、引き続き調査・検討を重ね、必ず社会的にお知らせできるようにしたいと思います。引き続き、旭川・道北エリアに関わる安保・自衛隊・靖国派・政教分離等の情報を当ブログまでお寄せください。

P9280007 6月8日当ブログ記事「当ブログも防衛省関係者がチェックしていた!」にも書きましたが、当ブログへの訪問者のうち防衛省関係者(mod.go.jpプロバイダを使ったアクセス)が定期的に訪問されています。この間の訪問履歴を改めて調べてみましたら、防衛省関係者が始めて訪問された6月1日~9月27日までの期間中の訪問者数2228名のうち、防衛省関係者が91アクセスありました。

6月8日の記事にも書きましたが、閲覧されているのが情報保全隊の方であろうと、第2師団関係の方であろうと、広く公開されているブログですから閲覧いただくこと自体は何も問題はありません(ただし、情報保全隊の記録として国民監視の一部として集積されることはお断りします)。

この間のアクセス記録から見えてきたものは、系統的な国民監視活動を引き続き行っていること、yahooやGoogleを活用し特定の検索ワードを用いて特定情報について収集していることなどです。以下にご紹介します。

P7050072 左は7月3日のアクセス記録ですが、yahooを使い「政教分離を守る北海道集会」で検索しています。これは6月5日の北海道護国神社慰霊大祭への制服自衛官の出席を問題視し、監視活動および5日夜に「政教分離を守る北海道集会」を開催している同実行委員会の活動を調査するための検索であったと推察できます。

当ブログでも同大祭について6月6日に「護国神社祭-見たまま、感じたまま」との記事を掲載しました。これが検索にヒットしたようです。

P7050073 7月5日のアクセス記録では、Googleで「佐々木卓也、共産党、プロフィール」の3語で検索しています。佐々木卓也氏は旭川平和委員会会員でもある現職の旭川市議会議員さん。共産党市議団長を務められています。当ブログでも「護国神社祭出席問題-共産党旭川市議団が旭川市長に申し入れ」の記事の中で佐々木議員の名前が登場します。これがヒットしました。防衛省はいったい佐々木議員の何を調べたかったのでしょうか?単にプロフィールが知りたかったのでしょうか?

P7200080 7月18日には「人権裁判」の検索語で調べています。このときは当ブログ「女性自衛官の人権裁判-原告の意見陳述」の記事や「女性自衛官の人権裁判-原告父の抗議、空幕長反論、署名開始」などの記事が閲覧されています。

この裁判はいまも係争中で、原告は現在なお現職自衛官として勤務しながら国とたたかっています。どうやらこの裁判についての情報収集をしていた様子です。ちなみに同裁判の次回裁判期日は10月15日午後4時から、札幌地方裁判所にて行われます。原告の好きなオレンジ色のものを身につけ、ぜひ傍聴してください。

P7230080 7月はどうも活発なようで、7月23日には「『ヒゲの佐藤』氏“自衛隊ぐるみ”支援を『赤旗』が告発」の記事を検索しているのですが、その検索語が「道北防衛議員連盟」なんです。不肖山田などは世間知らずですので、このアクセス記録を見て「道北防衛議員連盟」なるものを知りました。結局検索しても出てきませんでしたが、そういう組織がある(ある可能性がある)ということなのでしょうね。

この点については、つきあいのある旭川市議会議員さんに聞いてみることとします。

以上のように、防衛省はネットを駆使しての情報収集を日常的に行っており、その手法は恐らく準備されている「検索語」(きっと一覧でも作製されているのでしょう)で特定の情報を抽出しているように思います。最近でも防衛省プロバイダが検索語から当ブログにたどり着いている記録もあります。ですが最近ではすでに「お気に入り」登録された当ブログメインページアドレスからの直接アクセスが多いです。当ブログの監視レベルが「定期巡回」対象に「昇格」したのでしょうか。

いづれにしても、国民のささやかな発言を注意深く観察し、推測ですが情報蓄積しているであろう姿は、実力機関による国民監視以外の何ものでもないことを改めて指摘します。

このブログが何位になってるか?も貴重な情報では?

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2007年9月26日 (水)

陸自2師団所属隊員が続けて傷害容疑で逮捕

9月24日(月)と25日(火)、北海道新聞紙上に連続して自衛官の不祥事事件が掲載されました。逮捕された容疑者3名中、2名が陸上自衛隊第2師団所属の隊員。両名とも逮捕容疑は傷害罪。一人は34歳の2等陸曹。もう一人は49歳の陸曹長。

0002 24日付で掲載されたのは49歳の陸曹長Y氏による傷害事件。記事を読んでいただければわかりますが、飲み屋で9歳年下の無職男性を蹴り落としました。男性も「公務員の仕事は楽だ」と酔って軽口をたたいたのでしょう。「命をかけて」職務遂行にあたる自衛官ならば憤慨するのも理解できます。しかし蹴ってはいけないでしょう。そこをグッとこらえて聞き流すのが大人というもの。男性が無職であればこそ、無職の辛さからくる酒の上の失言。軽挙と言わざるを得ません。

ちなみに下の記事。並んで掲載されていましたのでご紹介しますと、札幌の2等陸士19歳が公然わいせつの現行犯で逮捕された、というもの。やはり自衛官の不祥事事件というのは傷害事件と性犯罪が多いのです。それは抑圧された階級社会の弊害でしょうか? そしてまた、女性人口が異様に少ない自衛隊ならではの減少なのでしょうか? 両者が相乗的に存在しているとしか思えません。

航空自衛隊女性隊員が国を相手取って裁判を起こしている事件は当ブログでも何度か取り上げていますが(「自衛隊」カテゴリーで検索していただければ読めます)、その提訴があった5月上旬後、第2師団関係で2件の女性がらみ不祥事事件が起きています。今回も含めると4件。ちょっと多いのではないか? と思います。

自衛隊には陸海空あわせて約24万人の隊員がいますが、このうち女性隊員は約11500名、4・8%に過ぎません。このうち約1500名は医官・看護関係の隊員(多くは自衛隊病院などに勤務)で、これを除けば一般隊員のなかでの女性隊員比率は4・2%弱まで落ち込みます。そのせいか、自衛官のなかでのセクハラ事例は一般公務員よりも発生比率が高いとの報告もあります。この問題については、別途記事を起こしたいと考えています。

0003 もう一件は翌25日付に掲載された留萌の事件。これもささいなトラブルに腹をたてての暴挙です。

このような事件が連続して起きると自衛官の市民に対する姿勢について疑ってしまいます。つまり、「国を守る」の「国」に「市民」が入っているのですか? ということです。もし万が一、自衛隊が防衛出動、または治安出動をすることがあったとして、このような下士官クラスに規律不徹底があったとしたら部隊を展開する地域で何が起こるか恐ろしくてたまりません。このような不祥事は下士官に限ったことではありません。士官クラスなら最近では汚職腐敗、兵士レベルでも不祥事は起きています。

このような疑問は不祥事事件のみならず、例えば情報保全隊による国民監視などを見ていても同様の危機意識をもちます。

いま裁判にもなり、近く県民大集会が予定されていますが、沖縄戦での日本軍による「集団自決強要」について文部科学省の教科書検定で「削除」が指示されました。しかし証言は「強要」があったことを明らかに裏付けています。きっとそうなのでしょう。いまの自衛隊の体質は旧日本軍から受け継いだもの、そのものなのではないでしょうか?自衛隊が真に祖国防衛を担う「国民の守護者」たらんとするならば、高度な規律と徹底した文民統制が必要です。

新たに防衛大臣になられた石破茂氏には、そのあたりの徹底もお願いしたいと考えます。そして女性自衛官人権裁判については、原告側の訴えを認め女性自衛官の地位向上を改めて指示すべきです。

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おや? いまこのブログは何位でしょうか?

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2007年9月14日 (金)

高校門前で「九条守ろう」署名行動

旭川平和委員会は9月上旬、国連NGO(※)の「新日本婦人の会」(新婦人)旭川支部が継続して取り組んでいる高校門前での「憲法九条守れ」「すみやかに核兵器廃絶を」署名行動に参加しました。署名行動は約20分の短時間行動ながら、65筆の署名を集約しました。

P9120040 この行動は「もし憲法が変えられたら真っ先に戦場に行かされるのは今の高校生かもしれない」と新婦人旭川支部の平和部が企画し8月から継続して取り組んでいるものです。市内全高校前での行動を目指しているそうです。

この日は陸上自衛隊旭川駐屯地に隣接する旭川北高校での行動で、署名板の後ろに長い列ができるなど平和への関心の強さが示されました。

P9120045 行動には、隣町の鷹栖町出身で日本平和委員会理事のあすみさん(福岡)も帰省中ながら急きょ駆けつけていただきました。ある女子高生は憲法九条について「授業で平和について考えたことがある」と述べ、積極的に署名してくれました。

行動後、平和委員会のメンバーは今年6月10日に移転新築した旭川駐屯地内の軍事資料館「北鎮記念館」を見学しました。

P9140001 開館から2ヶ月で来館者1万5千人を突破し(旧館は年間1万人ほど)たことが自衛隊準機関紙『朝雲』で紹介されています。記事では平塚清隆館長(一等陸尉)が「新記念館は相当の広報効果が期待できる」と述べており、実際に運動部のジャージを着た近くの私立高校生のグループが自衛隊員数名の説明を受けながら見学していたり、地域のグループホームが集団で見学していたりと見学者は絶えていないようです。彼らとしての問題は「物珍しさ」が過ぎた後の入館者数大幅減をどうするか、でしょうが、この点でも平塚館長は「あらゆる媒体を活用して積極的に情報発信」することと同時に、「市の観光行事などともタイアップ」することを述べています。これは「地域の町おこし」にと理由を述べつつ、西川将人市長が開館の日に師団創立記念行事で述べた「旭山動物園に次ぐ第2の観光名所に」との戦略と歩調をあわせています。これらは準備された方向性であると見たほうが自然です。

参加したメンバーの間でも自衛隊の若年層対策の現状が話し合われ「国際貢献とか災害救助とかばかり紹介されているが、実際に戦闘が始まれば自分の撃った弾で相手国兵士や民間人が死ぬかもしれない。カッコいいだけでは話は終わらない。そのことも紹介すべきなのでは」などの意見が出されました。

(※)国際連合の経済・社会理事会に認証登録され、関連の国際会議等に出席・発言できる非政府組織。「女性の地位委員会」など国際会議に参加し、提言しています。

さあ、今日は何位でしょう。数日前は二桁まで上昇してましたよ!

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2007年9月11日 (火)

終戦記念日宣伝-「赤紙」配布

今日は9月11日ですね。6年前、アメリカWTCへの2機の突撃テロ。ペンタゴンなどにも。イスラム過激派の仕業とも、アメリカの自作自演(映画『911ボーイングを探せ』など参照)とも言われています。少なくともアフガン戦争、イラク戦争の口実にされ、WTC・ペンタゴン周辺で亡くなった人も含め多くの罪無き人々の命を奪いました。改めて宣言します。私たちはテロも報復戦争も断固として反対です。支持しません。「軍隊があるから戦争が起きる」とは写真家・石川文洋さんの言葉。世界の全ての武器を、花に変えましょう。

少し前のことですが、8月15日はわが旭川平和委員会と道北原水協・安保破棄旭川・旭労連の4団体合同で終戦記念日宣伝-いわゆる「赤紙」配布-に取り組みました。30分間という短時間の行動ではありましたが、通行人の多くの人が受け取り、「憲法九条守ろう」の署名に協力してくれる人も多くいました。

P8150085 「赤紙」とは、いわゆる太平洋戦争中の召集令状のことです。当時は赤紙一枚で兵士が次々に駆り出されました。「兵士は赤紙一枚分でただ同然だが、軍馬は天皇陛下の軍馬。兵士は軍馬以下」などと揶揄され、命が軽く扱われた、との話も聞いています。私たちが配っているのは実際の赤紙(召集令状)の複製品で、戦争を知っている世代にも、知らない世代にも手にとってもらうことで「戦争とは」「徴兵とは」「人の命とは」を考えていただく機会になれば、と続けています。今年の行動では4団体から13名が参加し、たった30分間で500枚の赤紙が配られました。これは通常の街頭でのチラシ配布と比べても凄い受け取りぶりです。時節柄もあるでしょうが、市民の関心の強さに驚きました。

P8150090 当日はNHKや北海道新聞などメディア各社も駆けつけ、普段はない取材が繰り広げられました。NHKは赤紙を受け取った人、署名に協力した人からコメントを撮影しようと何人も、何人も声をかけ、思いを聞いていました。北海道新聞も署名活動の姿を写真におさめ、市民の思いをあつめていました。「季節ネタ」でもあるのでしょうが、こちらとしてはメディアサイドがどういう趣旨であろうと、宣伝の姿や市民の声をありのままに報道してくれるならば協力は惜しみませんし、有益だと考えます。晴天にも恵まれ、この日の夕方のニュースでは写真の子ども連れ女性のコメントや宣伝の様子が放映され、何人もの知人から「宣伝、テレビに出てたよ」と声をかけられました。

若い世代の反応もよく、自転車に乗った高校生らが赤紙を受け取り、信号待ちの間「これ何?」「戦争、あるの?」などと質問。元高校教諭で安保破棄旭川の湯川事務局長が丁寧に説明していました。私たちは引き続き、街頭で直接声を届ける活動に取り組んでいきたいと思います。ご支援、よろしくお願いします。

■ご意見・ご質問はこちらまでどうぞ。

今日はこのブログ、何位でしょうか?クリックして確認を。

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2007年9月 5日 (水)

キャンプシュワブ・辺野古・キャンプハンセン・都市型戦闘訓練施設

8月半ば頃、所用があり沖縄を訪ねてきました。用事を終え、帰る日の午前中だけでしたが沖縄の「いま」に触れる時間をとれましたので、簡単にレポートしたいと思います。写真中心で見たこと、感じたことをありのまま、でご紹介します。

この日は朝5:20に起床。名護の反対側からキャンプ・シュワブを経て辺野古に。余談ですが沖縄というのは細長い島であることがよくわかりました。出発の際に地図を確認し、島の反対側に向かう、と聞いて、北海道感覚の私は「何時間走るのだろう?そんな時間あるのかな?」と思いました。しかしちょこっと山を登れば、もう降りている。「もうすぐキャンプ・シュワブだよ」と案内&運転のA氏。すぐに「米軍施設」の看板が目に入ります。

P8200038

辺野古弾薬庫:あの半島全部が弾薬庫だよー、とA氏。米軍の保有するすべての種類の弾薬を管理できる部隊が駐屯しているそうです。核兵器も可、ということ。遠くから眺めている限りでは緑豊かな半島(実際は辺野古崎、というようです)にしか見えません。

P8200040

キャンプ・シュワブ:歩哨の米海兵隊員が「やめろ」という仕草。A氏によれば、写真真ん中あたりの赤字に白文字の看板が危険度緊張度を表示する看板なのだそうです。コンディション・ノーマルから始まって、緊張度が増すごとにアルファ・ブラボー・チャーリー・デルタの5段階とのこと。9・11事件の頃はコンディション・デルタが発令されたとのこと。アメリカ本土から程遠い沖縄で、アメリカの事情で最高度の緊張状態が発令されるということは、地元で暮らしている人々にとっても緊張を強いられるのではないでしょうか?米軍が隣にあるということの意味を、いまは米軍がいない地域の日本人も考えるべきです。ちなみにこの日はコンディション・アルファだったようで、普通の状態ではなかったようです。何があったか?

P8200044

辺野古:午前7時前。美しい海。穏やかな波。突然目の前に開けた海岸の美しさに、暫し目と心を奪われました。

P8200043

辺野古:向こう側のちょっと突き出た部分(辺野古崎)に新基地を建設しようとしています。次の写真(↓)をご覧ください。だいぶ海を潰さねば作れません。この美しい海を。

P8200068

辺野古:こんなふうに。赤線は滑走路予定地。上のピョコっとTの字に飛び出しているのは軍港ができるとのこと。「移転じゃなく、新築で増強なんだよ」と説明してくれた女性。政府の説明がいかに欺瞞に満ちているかがわかります。

P8200047

辺野古:海岸が有刺鉄線で遮断され、向こう側は米軍用地。上陸演習などしょっちゅう行われ、漁業被害は日常茶飯事だそうです。

P8200049

辺野古:しかし、そこにも基地反対の声を押しとどめることはできません。有刺鉄線に結ばれたたくさんのリボンに、人々の思いを感じました。普段は有刺鉄線に近づくと、海兵隊員が出てきて威嚇されるそうです。

P8200067

辺野古:ちょうどヘリ基地反対協議会のボート隊の出動に遭遇できました。いまボート隊は高齢の方々が毎日がんばっている、と。本当なら支えるべき幅広い人々が駆けつけられなくなっているとA氏。高江問題も起きている、というなかで多くの人々が知らねばならないですね。

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キャンプ・シュワブ:キャンプ・ハンセンに向かう途中、「これ戦車が通る道」と停めてくれました。「LZ」はLanding Zoneで着陸地点の意味だそうです。

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キャンプ・シュワブ:アスファルト道路の途中で、この部分だけコンクリート。本州ではあまり見ませんね。アスファルトのほうは国道です。

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キャンプ・シュワブ:戦車道を下るとすぐ浜辺です。この浜辺も米軍用地。装甲車などが轟音をたて、この美しい浜を切り裂くのです。

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戦車橋:キャンプ・ハンセンから海岸(たしかブルービーチだったような)の上陸訓練場に抜ける直線上に国道を越える形で戦車橋がありました。短距離です。ほんのちょっと走れば、向こうはキャンプ・ハンセン。

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キャンプ・ハンセン:メインゲート。緊張感が漂う。ちなみに「ハンセン」とか「シュワブ」とかの名称は、沖縄戦で亡くなった海兵隊員の名にちなんでいるそうです。

P8200085

キャンプ・ハンセン:沖縄はやはり米軍車両が目立ちます。国道を走っていると、何台も何台もすれ違います。自衛隊の黒に近い緑というか黒というか、あの一色よりも迷彩のほうが「軍用車」であることを思い出させます。

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キャンプ・ハンセン:そしてやはり米兵が住んでいる場所なのだと思わされたのは、公用の非軍事関係の車両も多く走っていることです。こちら(↑)のボンネットバスなどは、日本ではかなりレアな車両に類するのではないでしょうか?このバスとは違いますが、基地間移動のための定期運行バスが走っている、というのははじめて知りました。

P8200091

キャンプ・ハンセン:ゲート出口には車止めが設置してありました。逆走して突入しようとすればタイヤに突き刺さり、侵入を防止する、というわけです。

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ところで余談ですが、米兵所有の非公用車両は日本ナンバーみたいですが、ナンバーの「と」とか「ふ」とか書いてある部分が「Y」とか「E」なんだそうです。これは在日米軍には共通したことだそうで、横須賀や他の在日米軍基地のあるところでは常識みたいです。A氏には「そんな珍しいの?」と珍しがられましたが、自衛隊ナンバーは見慣れていても、こういうのは見慣れませんので。

P8200090

キャンプ・ハンセン:ゲート正面の歓楽街。夜になるとアメリカ人で賑わうそうです。

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都市型戦闘訓練施設:金武町内にあるこの施設は、いわゆる市街戦での接近戦訓練のため作られた施設で、無人の街並が広がっているそうです。金武町は町として反対しているとのことで、監視やぐらが組まれています。ここはやぐらに登る入口。

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都市型戦闘訓練施設:やぐら最上部から見えるのはこの部分だけ。この向こうに無人の街並が広がってるらしい、という話です。ここで模擬戦闘を行えば、逸れた弾丸が民有地まで飛来する事だって充分あります。通常の射撃場と異なり、射撃の向こう側に弾丸止めなどありません。住民は、いつ飛来するかわからぬ弾丸への恐怖に怯えねばなりません。

Photo

この図は少々古いのですが北海道平和委員会発行『平和の炎-89沖縄-北海道平和委員会、沖縄基地調査・交流の記録』から抜粋したものです。ちなみに『平和の炎』とは読谷村の記念誌の名称だとのこと。それにちなんで命名させてもらったそうです。でもって、この図は時期は不明(少なくとも89年より以前)で、古いものですが金武町伊芸地区で発見された被弾痕や弾丸の一覧図です。レンジ6という射撃場での移動射撃訓練でこれだけの飛び出しがあるわけで、都市型戦闘訓練施設ではどうなるか・・・。今後明らかになっていくことでしょうが、その過程で人々への被害がないことを祈るばかりです。

P8200100

都市型戦闘訓練施設:そういう説明を聞いている最中にも米軍機が低空で飛行していきます。住民が接する恐怖は一つだけではなく、山から、上空から、国道から・・・いたるところに存在します。

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都市型戦闘訓練施設:これもA氏に「珍しいの?」と尋ねられましたが、送電線の鉄塔と鉄塔の真ん中につけられているポチッとした丸いもの。これは低空で飛ぶヘリが接触事故を起こさないようにつけられている目印だとか。そういう低空をヘリが飛ぶことの証明でもあります。

P8200094

また余談ですが、金武町の国道沿いの店で沖縄そばを朝食代わりに食べました。美味しかった。A氏が食べていた名前は忘れましたがモツ煮込みみたいな汁、メッチャ美味かったです。沖縄の味、サイコー。

本当はこの後、普天間飛行場へ向かう予定でしたが、突然と言うか私も驚きましたが那覇空港で中華航空機の燃料漏洩による爆発・炎上事件がありまして・・・事件の2時間後くらいの便で東京へ向かう予定でしたから「まずは空港へ」と進路を変え、行けずじまいでした。

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那覇上空:少し距離があるところからも事故機の黒煙は空を覆うように見えました。この時点では事故の状況が細かいところまでわからず、不安でいっぱいでした。

P8200110

那覇空港:事故機は鎮火していました。不幸中の幸い、と申しましょうか、死者もでず最小限の被害に留められたことは何よりでした。しかし、これが滑走路上であったら、空のダイヤは大幅に乱れます。ましてや共同使用の自衛隊や、さらに緊急着陸などで米軍機などが炎上したならば、ことは早々には収まらないでしょう。そういう可能性とも隣り合わせなのだ、と理解しました。

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駆け足で見てまわったために、不充分さや理解の浅さもたくさんあることと思います。今回、ブログの記事を準備する過程でもA氏には幾つかの貴重な指摘を頂戴しました。改めて感謝します。そして、沖縄の基地問題は広範囲で問題が深く、単純でないこともよくわかりました。今回の沖縄訪問で感じたことは、再び沖縄を訪ね、在沖米軍の現状をさらにリアルに見てこなければならない、ということです。そして沖縄から北海道まで、日本国民が一丸となって基地撤去の深い意思をかちとらねばならないのだ、ということです。

さて宣伝というわけではありませんが、「2007年日本平和大会」が11月に沖縄でひらかれます。日程は11月23-25日の2泊3日。先立って22pm-23日amまで国際シンポジウムが開かれます。大会第一次案では那覇市民会館での全体会以外にも、那覇市内での動く分科会や、最終日は名護市内で名護行動が予定されています。実行委員会は「この沖縄の地でしっかりと戦争の実相と歴史の真実を学びましょう」と呼びかけます。ぜひあなたも、2007年日本平和大会in沖縄へ!

さあて、このブログは何位になってますかね?さあ、クリックしてみましょ。

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