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2007年6月24日 (日)

「大東亜戦争」の呼称についての疑問②-呼称論争

この問題、ネット上だけでも調べれば調べるほど「呼称論争」が行われていたことがわかりました。正確には、「太平洋戦争」という「連合軍が強制した呼称」をやめて「大東亜戦争」と呼ばせたい右派論陣からの論争、というべきでしょうか。まだ詳しく資料にあたったわけではありませんが、かなり古くからあったようですね。

比較的新しいものでしょうが「東京裁判開廷50年」といいますから1996年ごろの拓殖大学総長の文章「戦争の呼称を正そう」より引用。「今日の政官財界やマスコミ人の最大の缺陥は、自分たちの祖父が築き上げて来た自国の歴史を、「自分の」歴史として見ることができなくなったこと、換言すれば国民同胞感に裏付けされた歴史意識の喪失である。「太平洋戦争」も、「15年戦争」も、近時一部で用いられる「アジア・太平洋戦争」も、我々の敵国又は国籍不明者の見る戦争であって、決して「自分の」戦争ではない。政府が正しく「大東亜戦争」と呼称し、これを青少年に教育するとき、初めて日本は独立を回復したと言えるであろう」と述べています。

元特攻隊員なる方のサイトでは法律論とともに所見が述べられています。そこでは「 かりに、名称の改廃があったとしても、わが国があの当時「大東亜戦争」と呼称して、戦争を遂行してきたことは、歴史的事実である。事の善悪は別として、この事実まで抹殺することは不可能である。ところが、この歴史的事実を隠蔽するかのように、「太平洋戦争」などと根拠のない名称を使用するのが、今や報道機関などでは主流となっている」と述べています。氏は純粋な立場から述べているかもしれませんが、右派論陣のなかには「事実の善悪は別として」と宣告することで瞬時に思考停止させて「大東亜戦争」を持ち込もうという論理展開が見え隠れしています。これをイラク派兵時の「黄色いハンカチ運動」の論理と似ている、と考えるのは私だけでしょうか。あの当時、「派兵の是非は別として、隊員の安全を祈る」との宣告で「派兵そもそも」に思考停止させられた市民はどれだけいたことでしょう。あの時点でもなお「派兵に反対」し、現在陸自情報保全隊のリストに掲載されていたような「派兵反対運動」をしていたものを、あたかも「安全を願わない非道なサヨク」と描き出すことにより思想的な総動員体制を確立することが目的だったように思います。また氏は「そもそも「大東亜戦争」は、植民地化されたアジア地域からアメリカや西欧諸国の勢力を排除して、日本を盟主として共存共栄を図る「大東亜共栄権(ママ)」の建設がその目的である。そしてその目的が崇高なるが故に、「聖戦」と呼ばれたのである」とも述べ、「太平洋戦争」の呼称使用を批判しています。

このように戦前「日本帝国」の行った植民地主義的侵略主義的戦争を「大東亜共栄圏建設の崇高な目的があった」「自分達の祖先(一般論と言うか当時の政府・軍首脳部などの指導者たちが念頭にあると見ています)が選んだ選択は実現しなかったが間違ってなかった」と若い世代に教え込みたい勢力こそ「大東亜戦争」呼称に固執しています。その最たるものが「新しい歴史教科書をつくる会」がつくった扶桑社刊の歴史教科書なのではないでしょうか。

なお皮肉にも、扶桑社の歴史教科書に対する検定を実施した小泉前政権が閣議決定した政府答弁書では、扶桑社本が「大東亜戦争」についてカッコ書きで「戦後、アメリカ側がこの名称を禁止したので太平洋戦争という用語が一般的になった」と記述していたことについて「現在一般的には「太平洋戦争」と呼ばれている」ことが読み取れるからよいのだ、と説明していますが、当時の政府見解では「太平洋戦争」が一般的、との理解だったことがわかります。

以上見てきたような「大東亜戦争」呼称を持ち込もうという動きに対して、さまざまな論争があったようですが例えば外交官出身の金子熊夫氏は「アジア・太平洋戦争」を提唱しています。氏の主張は概念的な問題と、戦争の両当事者の思いに目を向けた比較的受け入れやすい内容かと思います。また対中関係にも触れ「日本にはこれまで、太平洋戦争が優れて日米戦争を意味し、最終段階で東京大空襲や広島・長崎への原爆投下で多数の非戦闘員が殺されたので、米国との関係で「被害者」意識が根強く存在する反面、朝鮮や中国に対する「加害者」意識はあまり強くない。そこに日中両国民間の認識の大きなずれがあるが、その最大の原因は、日中戦争と日米戦争を関連付けて正しく理解するような歴史教育がなされていないからだと思う」と言っている部分はなるほどと思う部分もあります。

ユーラシア21研究所理事長の吹浦忠正氏は自身のブログ「太平洋戦争」は米国がヨーロッパ戦線と区別して使った、日本との戦争に対する呼称。これをそのまま使うというのはなんとも「対米追随主義」ではないか。日ごろ、何かにつけて「対米追随主義」を批判する人に限って、太平洋戦争と言いたがるのは私には解せない。せめて、「第2次世界大戦」と言ってはいかがなものか」と述べていますが、「第2次世界大戦」ではあまりに大きくまとめすぎて「適切ではない」との批判もあるようです。

「しんぶん赤旗」では「聞きたい知りたい」欄への回答で、「この「大東亜戦争」という呼称も、侵略戦争の性格を覆い隠し、アジアの人々があたかも「共栄」できる「大東亜共栄圏」をつくる正義の戦争であるかのように思わせるものでした」と批判し、「歴史認識の深化とともに、「満洲事変」から「大東亜戦争」の終わりまでを含め、「十五年戦争」「アジア・太平洋戦争」という呼称も使われてい」ることを紹介しつつ「呼称の変化は、戦争の評価・位置づけと不可分です」と述べています。

この「しんぶん赤旗」の指摘する点が重要なのかな?と思うんです。それは現時点で安倍内閣が「大東亜戦争」を政府の公式定義としたことが、まさに戦前回帰主義というか天皇制政府が行った侵略戦争の目的であった「大東亜共栄圏」を現代に復興させようという靖国派の狙いそのものであるということです。

私たちは表面的な呼称論争だけに目を奪われず、靖国派の狙いをよく見定めていかねばなりません。同時に、「大東亜戦争」という呼称は1941-1945年の対米英はじめ連合国軍に対する戦争が「大東亜共栄圏建設のための聖戦だった」とする靖国派が植えつけたい思想を表す呼称であり、だからこそ彼らがその使用にこだわっていることについても注視し、これを許さない草の根の学習運動が必要だと思います。そもそも安倍内閣には、「大東亜戦争」呼称の使用は自らが堅持すると表明した「村山談話」の「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました」との歴史認識に反するものであり、1941年の閣議決定を今更持ち出すのではなく、現内閣として少なくとも小泉前内閣が「一般的に呼ばれている」と述べていた「太平洋戦争」を定義とするよう閣議決定すれば良いだけの話なのです。

蛇足ながら靖国DVD『誇り』も、彼らとしては当然なのでしょうが「大東亜戦争」の呼称を使っています。そのアニメをみた子どもらは「日本がすべて悪いわけではないと思った。戦争の見方が変わった」(島根の中学生。視聴後のアンケートへの感想)との声も出ており、靖国派の狙いが一体であることがよくわかります。

さてメディアの掲載記録は、いまのところまだ発見できていません。情報求めます。

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