「大東亜戦争」の呼称についての疑問
以下、靖国派安倍内閣に関わることなので「靖国派」カテゴリーで記事とします。
この間、北鎮記念館は四度訪ねました。その際、毎回疑問に思っていたのが「第七師団と大東亜戦争」のコーナー。私にとって「大東亜戦争」の用語は近しいものでは無く、むしろイメージとしては忌避したいところ。それは「大東亜共栄圏」をつくろうとの「建前」を掲げ「平和」を訴え突入した1941年~1945年対米英戦争に対する日本側の呼称だからです。公的機関として安易に「大東亜戦争」の用語を使うべきでないと考えています。写真の通り、北鎮記念館には「第七師団と大東亜戦争」コーナーがありますが、一方で説明文のなかでは「太平洋戦争」と記されている部分もあり、不統一感もあります。その辺は、「館側数名と商工会議所など市民(?)と共同で」(館長談)書いた、という説明文立案過程の手落ちなのでしょう。しかしこの「大東亜戦争」の呼称、ある意味、意図的に公然と使用されていたことがようやくわかりました。ちょっと遅かった感もありますが、平和を求める人々への問題提起のため書き留めておくことにします。
それは2007年2月6日、安倍内閣による閣議決定で「大東亜戦争」を1941~1945年対米英はじめ連合国軍との戦争の正式な呼称だと決めたそうなのです。これは新党大地(国会会派では「無所属」)鈴木宗雄衆院議員の2007年1月26日質問主意書に対する答弁書で決定されました。以下に引用します。
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平成十九年一月二十六日提出
質問第六号
大東亜戦争の定義等に関する質問主意書
提出者 鈴木宗男
大東亜戦争の定義等に関する質問主意書
一 大東亜戦争の定義如何。
二 太平洋戦争の定義如何。
三 大東亜戦争と太平洋戦争は同一の戦争か。
右質問する。
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で、これに対して政府答弁書(閣議決定されたもの)。
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平成十九年二月六日受領
答弁第六号
内閣衆質一六六第六号
平成十九年二月六日
内閣総理大臣 安倍晋三
衆議院議長 河野洋平 殿
衆議院議員鈴木宗男君提出大東亜戦争の定義等に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。
衆議院議員鈴木宗男君提出大東亜戦争の定義等に関する質問に対する答弁書
一について
昭和十六年十二月十二日当時、閣議決定において「今次ノ対米英戦争及今後情勢ノ推移ニ伴ヒ生起スルコトアルヘキ戦争ハ支那事変ヲモ含メ大東亜戦争ト呼称ス」とされている。
二について
「太平洋戦争」という用語は、政府として定義して用いている用語ではない。
三について
「太平洋戦争」という用語は政府として定義して用いている用語でもなく、お尋ねについてお答えすることは困難である。
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当時、報道では話題にならなかったかと思い、少し調べましたが記事掲載は見当たりませんでした。「しんぶん赤旗」でも2007年2月縮刷版CD-ROMの検索で「大東亜戦争」を調べても出てきませんでした。これらのやりとりが「ひっそりと」行われていて、報道にも出ず(実際のところどうなのか?についてもう少し調べてみます。少なくとも話題にならなかったのは事実)、これを前提として自衛隊の広報館で「大東亜戦争」の呼称を公然と使用している。これは驚きました。
ちなみに鈴木宗雄衆院議員は「質問主意書」を乱発することで有名ですが(国会で質問に立つ時間が短いためとのことですが・・・)、この「大東亜戦争」の質問主意書には経過がありました。それは2006年11月30日にも「大東亜戦争の定義に関する質問主意書」を提出していたのです。以下に引用します。
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平成十八年十一月三十日提出
質問第一九七号
大東亜戦争の定義に関する質問主意書
提出者 鈴木宗男
大東亜戦争の定義に関する質問主意書
一 大東亜戦争の定義如何。大東亜戦争という呼称の法令上の根拠を明らかにされたい。
二 太平洋戦争の定義如何。太平洋戦争という呼称の法令上の根拠を明らかにされたい。
三 太平洋戦争に一九四一年十二月八日より前に行われていた日中間の戦争が含まれるか。
四 政府は、いつから大東亜戦争という呼称を用いなくなったか。その経緯と法令上の根拠を明らかにされたい。
五 政府は公文書に大東亜戦争という表記を用いることが適切と考えるか。
右質問する。
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これを見れば、「四」の「政府は、いつから大東亜戦争という呼称を用いなくなったか」や、「五」の「政府は公文書に大東亜戦争という表記を用いることが適切と考えるか」のあたりに、鈴木宗雄衆院議員が政府に対し「大東亜戦争」の呼称を用いるよう迫っているようにも読み取れます。
この質問主意書に対する政府答弁書がこちらです。
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平成十八年十二月八日受領
答弁第一九七号
内閣衆質一六五第一九七号
平成十八年十二月八日
内閣総理大臣 安倍晋三
衆議院議長 河野洋平 殿
衆議院議員鈴木宗男君提出大東亜戦争の定義に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。
衆議院議員鈴木宗男君提出大東亜戦争の定義に関する質問に対する答弁書
一について
昭和十六年十二月十二日の閣議決定において、「今次ノ対米英戦争及今後情勢ノ推移ニ伴ヒ生起スルコトアルヘキ戦争ハ支那事変ヲモ含メ大東亜戦争ト呼称ス」とされているが、お尋ねの定義を定める法令はない。
二及び三について
「太平洋戦争」という用語は、在外公館等借入金の確認に関する法律(昭和二十四年法律第百七十三号)等に使用されているが、お尋ねの定義を定める法令はなく、これに日中間の戦争状態が含まれるか否かは法令上定められていない。
四について
昭和二十年十二月十五日付け連合国総司令部覚書以降、一般に政府として公文書においてお尋ねの呼称を使用しなくなった。
五について
公文書においていかなる用語を使用するかは文脈等にもよるものであり、お尋ねについて一概にお答えすることは困難である。
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この時点では政府としても「大東亜戦争」の呼称に対する態度は明確では無く、むしろ「呼称を使用しなくなった」ことを認めています。逆に「太平洋戦争」については「定義を定める法令はな」いとしながらも、昭和24年制定の法律に用語として使用されていることを明らかにしています。この答弁書の段階では「大東亜戦争」の呼称について、その使用は全否定されてはいませんが「一般に政府として公文書において」「呼称を使用しなくなった」のですから、仮に自衛隊がこれを使用することは適切でない、との判断が妥当だろうと思います。
これを覆すよう、さらに迫ったのが鈴木宗雄衆院議員だということでしょう。防衛「省」昇格法を通過させて勢いづいた靖国派安倍内閣はこれに便乗(同調?)し、ついには2月6日閣議決定に至ったものと考えられます。あくまで推察ですが。
いづれにせよ、この質問主意書と答弁書がなければ、北鎮記念館の当該部分では「大東亜戦争」の呼称を使用しなかったことでしょう。
さて残されたのは2007年2月段階での「閣議決定に対するメディアの反応」と「大東亜戦争呼称そのものに対する解明」ですが、それは次回への課題にしたいと思います。「大東亜戦争」「太平洋戦争」の呼称についてはWikipediaにも解説があります(あくまで参考まで)。
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